1話 生きろ
目を開けると、私は横たわっていた。
静かな世界が広がっている。
足元には、名の知れぬ青紫の花が一面に咲いていた。
「あれ……、ここは……?」
声を出して、すぐに気づく。
前後の記憶が、ない。
隣に、従者――クオンが倒れていた。
抱き起こした瞬間、胸元から零れ落ちる血に、息が詰まる。
「……え……?」
意識が無い。
胸を深く、刺されている。
「なぜ……?
どうして……また死にかけてるの!?」
彼女を抱いた手が、
血で濡れる。
分からない。
何も分からない。
――嫌だ。
彼女を、失いたくない。
「神様……どうか、救いを……」
成す術も無く、私は祈ることしかできなかった。
そのとき。
背後に、気配を感じた。
振り返ると、仮面をつけた着物姿の人物が立っていた。
「あー……お前たち、ちょっといいか」
「だ、だれ……!?」
「怪しい者じゃない。
そこにいる娘の……父であり、母みたいな存在だ」
「もしかして、クオンのお師匠様……!?
刃を受けて……今にも死にそうなんです! 助けられませんか!」
「喚くな。……深いが、綺麗な傷だ」
お師匠様は即座に手を動かした。
「今から治す」
低い声で祝詞が紡がれる。
「かしこみ、かしこみ、申す、かしこみ。
天の御神、地の御神、穢れたる病根を祓い給え。
かしこみ、かしこみ……」
瞬く間に、血が止まり、裂けていた肉が塞がっていく。
私は言葉を失った。
お師匠様の視線がクオンの胸に落ちる。
「……ゲッ。息、止まってるじゃねぇか!!」
「……え?」
「人工呼吸だ!」
「え、え……!?」
「説明は後だ! 息を吸え! 口をふさいで、空気を送り込め!」
「……私は……な、なにをすれば!?」
「間に合わなくなるぞ! 接吻だ、接吻!」
頭が真っ白になる。
けれど、理解できたことは一つだけ。
今、私がやらなければ、クオンは死ぬという事実。
「……こ、こう……?」
「いい。そのまま続けろ!」
お師匠様はクオンの胸に両手を置き、容赦なく押し下げた。
一度、二度、三度。
「え、えっ――!?」
その光景に思わず私は声を出した。
「止めるなッ!!」
怒声に我に返る。
私は必死に続けた。
お願い。
生きて……クオン……!
――次の瞬間。
「げほっ……! ゴホッ!!」
クオンの胸が、大きく上下する。
「クオン!!」
思わず、抱きついた。
「よかった……!」
「姫……? 私は……なぜ……」
直後、クオンは吐いた。
「ご、ごめんなさい……!」
「内臓圧迫したんだ。仕方ねぇ」
お師匠様は軽く肩をすくめた。
「……その声は……師匠?」
クオンが、驚いたように呟く。
「よう、久しぶりだな。
元気にして――るわけ、ねぇか」
クオンは周りを見渡し、軽く息をつく。
「ここは……どこですか」
「お前らがいた世界とは理を異にする地。
――"異世界"」
「異世界……?」
「死にかけてたからな。連れてきた」
「感謝しろ」
本当かどうかは分からない。
けれど、クオンを救ってくれたこの人を、私は信じた。
私はクオンと並び、深く頭を下げた。
「……まことに、かたじけなく存じます」
お師匠様は花畑を一瞥する。
「礼を言うなら、俺にじゃない。この華を咲かせた奴にな」
疑問に思いつつも、私たちは黙祷し、花に掌を合わせた。
――しばしの沈黙。
「……で」
お師匠様が言った。
「なんで姫と従者の衣が、真逆なんだ?」
「……」
私は答えに詰まる。
「……分からないのです」
お師匠様の視線が鋭くなる。
「記憶がねぇのか」
「……はい」
クオンが、私を見た。
その目に、はっきりとした不安が浮かんでいる。
「……なるほどな。」
「二人とも同じ顔の女だし、
やりにくいから着替えてくれ」
「はい……」
私は物思いにふけながら、
幾重もの衣を淡々と着付けした。
――最後の仕上げにクオンが私の衣を整える。
お師匠様は背を向けて遠くを見つめた。
「……母の形見が血まみれに……」
「すみません……」
「クオンが謝ることではないわ!
きっと、あなたが私を庇って受けた傷なのでしょう?」
「はい。私の命は、姫のために――」
「……はいはい。尊いのはわかった」
お師匠様が着替えの終わった私達の間に割って入り、ため息をつく。
「その続きは、生き延びてからやれ」
お師匠様は小さく息をついた。
「いいか。ここは安全じゃない」
花を一輪、踏み折る。
その奥――花畑の向こうで、影が動いた。
「……今、なにか……」
「気づいたか」
仮面の奥で、お師匠様が薄く笑う。
「この世界は、
死にそこなった奴を歓迎するほど、優しくねぇ」
風が吹き、花がざわめく。
「まずは生き残る術を叩き込む」
クオンが、無言で刀を握った。
「元の世界に戻りたいなら――な」
私は息を呑む。
「……戻れるのですか」
「時間はかかるがな」
背を向け、お師匠様は言い切った。
「今のままじゃ、戻った瞬間に死ぬ」
花畑の奥で、魔物の気配が、静かに笑った。
次の瞬間、影の群れが、わき出る。
「――それで」
私は震える声で問う。
「……私は、なにをすれば……?」
お師匠様は振り返らずに答えた。
「決まってるだろ」
「生きろ。――それだけで、今は十分だ」
本作は作者によるオリジナル作品です。
執筆にあたり、推敲補助としてAIを使用していますが、
発想・設定・展開・文章はすべて作者自身によるものです。
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