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16話 星の音

「ジゲン。ありがとう。でも今は、私を守らないで」


「はて、なんでしょうか」


「……気づいていないとでも?

 あの赤髪の攻撃が何度も止まったのは、あなたの髪の糸でしょう?」


「……」


空間に張り巡らされていた糸が、ほどけるように消える。

やはり、守られていた。


「母上も、手を出さないでください」


「ふふっ。あと少しで彼を真っ二つにするところだったわ。

 一瞬だけ、右手が勝手に動いたのよ」


扇が、くるりと回る。


視線を外す。

もう、頼らない。


前を向く。


巨躯の赤髪――オルフェウス。

右の額に鬼の角。目は布で覆われているのに、視線だけが鋭く突き刺さる。


空気が、ひりつく。


勝算なんてない。

剣も、武も、何一つ持っていない。


それでも。


この状況は、知っている。


圧倒的な力を持つ鬼――赫鬼。

その前に立ち、なお膝をつかぬ従者の背中。


――では。


主である私が、この半端者に膝をつく道理はない。


母を見やると、微笑んでいた。


違う。


クオンは、そんな風に笑わない。


拳を握る。

それだけで、足が前に出た。


「死ぬ気か?」


「やめておけって」


「ハハハ!」


野次が飛ぶ。嘲笑。


――視線が集まる。


粘つくように、まとわりつく。

けれど、もう聞こえない。


一歩ごとに、迷いが削れていく。


その時、はっとした。


――赫鬼との戦いの後、どうなった?


私は、知っているはずだ。


この結末を。


だが、記憶は霧に覆われ、形を結ばず。

全貌はまだ、闇の奥に隠されていた。


オルフェウスの前に立ち。

剣を、地に突き立てた。


「さぁ、私を殺しなさい」


ざわめきが走る。


「は? 何言ってんだ。戦うんだろうが」


「えぇ。ですから――これが、私の戦いです」


「敵に殺されることがか? フハハ!」


「……本当にやるぞ」


「来なさい。半端者」


大斧が、振り下ろされる。


速い。

重い。

避けきれない。


――その瞬間。


声が、弾けた。


(姫様!)


太陽みたいな声。


呼吸が、止まる。


(大丈夫ですよ)


胸の奥が、ふっと緩む。


(そんなに力まなくても)


すぐそばで、笑っている気配。


(ちゃんと見えていますから)


――見えている。


何を。


刃の重さじゃない。

力の強さでもない。


その“流れ”。


考えるより先に、体が動いた。


踏み込みをずらす。


触れる。


――撫でる。


ぶつけない。

受け止めない。

ただ、添える。

流す。


大斧は軌道を逸れ、空を裂き――地を砕いた。


轟音。


遅れて、風が頬を打つ。


「……なんだ、それ。抵抗でもするのか?」


初めて、オルフェウスの足が止まる。


手が、震えている。


けれど、感触だけが残っていた。


掴まれる感覚。

引かれる力。

転ばされた、あの時間。


脳裏に浮かぶ。


陽だまりのような横顔。


(無理に勝たなくていいんです)

(倒さなくても、止められますから)


――サモン。


彼の名を、誰も知る由は無いだろう。

ここに、いないはずの人だから。


胸の奥が、静かに熱を帯びる。


怖さは消えていない。

それでも、もう、逃げない。


「さぁ、戦いましょう」


手を、構える。


――大丈夫。


そう言われた気がした。


「あなたが負けを認めるまで」


その言葉は、震えていた。


沈黙が場を包む。


オルフェウスが一言告げた。


「やってらんねぇ……降参だ」


「え?」


「芝居はもういいだろ? フレハラウ」


「そうだな」


「すまんかった、怪我はねぇか?」


「……」


言葉が出ない。


さっきまでの殺気が、嘘みたいに消えていた。


「あんたらに敵意がねぇか……それだけ分かりゃいいんだ」


「……そういう、話でしたね」


息が、遅れて戻ってくる。

指先が、わずかに震えていた。


母上の鬼封神楽が通じなかったのは、

オルフェウスに邪念が無かったから?


「つえぇ奴は好きだぜ」


大きな手が、頭に触れる。


「……っ」


――反射で、流す。


触れられた力を、やわらかく逃がす。


「……はは」


オルフェウスが、肩をすくめた。


「大したもんだな」


「その技、誰に教わった」


「サモン……という、大切な友からです」


「そうか、友達思いの奴ぁ、気にいったぜ」


「お前ら!

 歓迎の宴だ!!」


「おおぉ!」


「嬢ちゃんの神事、楽しみだなぁ」


「……え?」


まさか、こんな緊張感と熱気の中で、

私が神事を執り行うことになるなんて……。


「これも修行……」

そう自分に言い聞かせながらも、

心は底なしの闇に沈んでいくようだった。


その一方で、野次馬に紛れた母上とジゲンは、

フレハラウ様と楽しそうに会話しながら笑っている。


人が人を呼び、場はまるで祭りのような賑わいだった。


「まさか、私だけで……?」


その笑顔は、夜空に煌めく星々のように、

遠く、胸の奥に柔らかく刺さった。

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