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15話 宵月に立つ

舞台と呼ぶには、あまりに簡素だった。


ミセフの民が築いたのであろう石の台座。


その周囲には、神を思わせる白い像が静かに並んでいる。


天を見上げる。円形に開いた穴の向こう――宵の月が、こちらを覗いていた。


木々がざわめく。聞いたことのない、醜い鳥の声。


私は石像の陰で、額の汗を拭った。


(……あれが、本当に)


舞っているのは――母上なのか。


形見の衣を、強く握る。脳裏に焼きついている光景。


邪鬼に貫かれた母。「助けられない」と嘆くジゲン。


それでも最後に残ったのは、あの笑顔だった。


「ナタレ、立派でなくてもいいわ。優しい人になりなさい」


――そう言って、母は逝ったはずだ。


なのに。


今、目の前にいる母は、クオンの姿で狂ったように神楽を舞っている。


(……夢だ)


そう思いたかった。だが、気づく。


あの舞は――結界だ。


ざわり、と空気が揺れた。


木々の隙間、崖の闇。無数の“目”が、こちらを見ている。


「……!」


反射的に神楽刀を抜く。かつて母が握っていた、あの目玉の魔物。


本当に、存在していた。


目が連なり、形を成す。獣となり、谷を覆う。


――来る。


その瞬間。


「破邪封殺の舞――鬼封神楽」


声。扇が、ぱちんと鳴る。


白い稲妻。世界が弾けた。


息を呑む。私の神楽とは、比べ物にならない。


同時に、冒険者たちが悲鳴をあげる。


「うっ、うわあああああああああああああ!」


母は、くすりと笑う。


「ごめんなさい。少し……削ぎすぎてしまったわ」


だが、ミセフの民は誰一人として叫ばない。


やがて、倒れていた冒険者たちが起き上がる。


「……なんか、肩が軽い」


「金儲けとか……もう、どうでもいい……」


「帰ろう……家族の元へ……」


呆然とした。


鬼封神楽は、心を浄化する舞。そう教わってきた。


けれど――ここまで変えてしまうなんて。


その時、奇妙な既視感が胸に引っかかった。


「うぉおおおおおお!」


轟く怒号。


「貴様、今、何をしたぁ!」


振り向く。赤髪の大男――オルフェウス。


静止させようとしたフレハラウは、腰を押さえて沈んだ。


「何もしてはいませんよ」


母は愉快そうに扇を広げる。


「ただ、邪鬼を払い。穢れを知らぬ赤子のような心に戻しただけ」


オルフェウスが大斧を振り上げ――地が揺れた。


「危ない子は嫌よ?」


「ほざけ」


「ふふ。……あなたには、この子で十分」


――え?


気づいたときには、私は前に突き出されていた。


「えっ、ちょっと――」


「これも修行よ」


あの笑顔。


胸の奥で、何かが砕けた。


「うぉおおおおおおおおおおお!」歓声が沸く。


(勝てるわけ、ないでしょう?)


いつだってクオンが守ってくれた。


それに――あの鬼封神楽すら、この男には効いていない。


目の前で、オルフェウスが立つ。


巨体。圧。呼吸ひとつで、空気が揺れる。


「来い、小娘」


低い声。その目に揺らぎはない。


「……どうして」


呟く。


「あれだけの力で……なんで、あなただけ」


オルフェウスは笑った。


「効くわけがねえだろうが」


斧を拾い上げる。


「俺はな、好きでやってんだよ」


巨体が迫る。


一歩。「奪うのも」


二歩。「壊すのも」


三歩。「殺すのもなぁ!!」


大斧が振り下ろされる。


「――っ!」


後ろへ仰け反りながら、反射で受ける。


衝撃が腕を貫いた。


指の感覚が消える。骨まで砕けたかと思うほどの一撃。


握っていたはずの刀が、勝手に弾き飛ばされた。


軌道が変わる。胴を裂く刃。


(……死んだ)


そう思った。だが、止まる。


「おい、戦えよ。つまんねぇだろうが」


私は息を詰まらせながら刀を拾い、構えた。


手が震える。足が言うことを聞かない。


オルフェウスはそれを見て、鼻で笑う。


そして、軽く弾いた。


また刀が飛ぶ。


私は小走りで拾いに行く。


(……無力だ)


鬼封神楽が効かない相手には――何もできない。


「……まじかよ」


「どう? 私の娘は手ごわいでしょー?」


誰も言葉を失っていた。


逃げたい。


その場から消えたい。


そう思った、その瞬間。


――ナタレ。


声。


外じゃない。内側に響く。


考えるより先に、言葉が浮かぶ。


「逃げるの?」


「……っ!?」


振り向く。母は何もしていない。


なのに、声は止まらない。


「それで、いいの?」


胸の奥に、触れてくる。


「……戦えって言ってるのに」


オルフェウスが吐き捨てる。


「泣いて逃げるだけか?」


「……ちが……」


言い返せない。


「どうせ守られてきたんだろ。

顔に書いてあるぜ。自分じゃ何もできねえ“腰抜け”ってなぁ!」


図星だった。


全部、クオンがやってくれた。


私は――何も。


その時、頭の奥で何かが軋んだ。


罪悪感が浮かび上がる。


消えたはずの記憶が、鮮明に蘇る。


炎の海。赤の鬼。


対峙する、満身創痍のクオン。


何度も膝をつきながら、それでも立ち上がり――


血を流しながら、私を守るために剣を振るっていた。


なのに。


私は、近づけなかった。


安全な場所で、ただ神楽を舞っていただけ。


今も、同じだ。


けれど。


ここで逃げたら――


もう、会えない気がする。


「……勝つ」


呟く。


違う。これは祈りじゃない。


決めた。


「逃げない」


足は震えている。手も止まらない。


それでも。


一歩踏み出した。


足が、止まらなかった。


「……今度は」


息を吸う。


「私が、守る」

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