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12話 姫の名は。

腕と脚を組み、

沈黙だけを纏っていたジゲンが、ようやく口を開いた。


「――話は、済みましたか」


低く、抑揚のない一言。


私は、母上に抱きしめられたまま、はっと顔を上げる。


その視線の先――

母上の顔には、表情がなかった。


生前は、あれほど感情を隠さぬ人だったのに。


そのとき、ふと気づく。


生前、見上げていた母上の顔と――

成長した私、そしてクオンの面差しが、

不意に重なった。


「……ええ。ごめんなさい、ジゲン。あなたには――」


言葉を続けようとした、その瞬間だった。


白く続いていた空間から、音もなく光が失われる。


息を呑む暇すらない。


気づけば、私と母上は

無数の槍に囲まれていた。


結界の内側に、影が重なる。

――ジゲンの髪から増殖した刃。


「近づくな、妖怪」


氷のように冷たい声。


「――私まで惑わすつもりか」


「ジゲン……!? どうしたというの……!」


震える声で叫んでも、彼女は一瞥すら寄こさない。


「おかしいのは、姫様の方です」


ぴしゃりと、断じる。


「その者が、クシナ様であるはずがない」


胸の奥が、締め付けられる。


「彼女は――」


ジゲンの声が、わずかに低くなる。


「私の目の前で、死にました」


「“白い邪鬼”に殺されてな」


空気が、凍りつく。


「……ですから……セイメイ様の秘術で……」


縋るように言いかけた私を、

ジゲンは容赦なく遮った。


「セイメイが、仕組んだと?」


嘲りすら滲む声。


「本人すら気づかぬまま、

 クシナ様の魂が“目覚める”と?」


「――あの術師を、どれほどの間抜けだと思っている」


それは、私が知るジゲンから、

向けられたことのない罵りだった。


それでも、私は怯まなかった。


この人は、

クシナ母上、その人だ。


「でも……クオンは……!」


叫びに、再び言葉が被さる。


「クオン殿の魂が縛られている。それは事実でしょう」


槍の一本が、音もなく母上へ向けられる。


「だが――

 それは、貴様が本物である証明にはならない」


沈黙。


目を閉じ、二人の言葉を聞いていた母上が、

静かに口を開いた。


「……いいでしょう」


槍に囲まれてなお、声は揺れない。


「では、少しだけ――お話を」


「その話を聞けば、確証が得られると?」


「さあ……どうでしょう」


母上は、薄く微笑んだ。


「少なくとも、

 私が“敵ではない”ことは――理解してもらえるはずです」


そして。


母上は、私を見た。


その眼差しに、

迷いが一瞬だけ滲む。


だが、意を決したように――

静かに、告げる。


「ナタレ」


「あなたの名の由来は――」


その言葉の途中で、

時が止まったかのように、空気が沈んだ。


誰もが悟っていた。

これから語られるのは――

他人には決して知り得ない、母上だけの記憶だと。


「……“ハナタレ”です」


言葉は、落ちただけだった。


笑いは起きない。

否定も、起きない。


母上は、そっと目を伏せる。


「昔ね……あなた、いつも鼻を垂らしていたの」


その一言で、思考が止まった。


「抱き上げるたびに、

 服を汚してしまって」


槍の先が、わずかに揺れた。


「だから――

 最初は、そう呼んでいたわ。

 その名の重さも、知らずにね」


母上は、懐かしむように微笑む。


「……ええ、ひどい母でしょう?」


誰も、答えない。


答えられなかった。


「……長い話になります」


そう前置きしてから、

母上は、ぽつりと付け足す。


「その前に――」


視線を逸らし、困ったように笑う。


「お酒、無いかしら」


張り詰めていた空気が、

ほんの少しだけ、揺らいだ。

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