前編 運命の出会い(※主人公、一人称)
人間の愛と幸せ(書けていたら良いな)をテーマにした作品です。
所作は、良い。でも、態度が醜い。貴族の意識に刃向かうような、そんな姿勢が許せない。家の教育に熱心だった父はいつも、そうやって私を躾ていた。
言葉の端々に華やかさが無ければ、お仕置き部屋(我が家には、そう言う拷問部屋があった)の中に私を連れ込み、硬い鞭で私の身体を嬲る。所作の終わりに見栄が無ければ、井戸の中に私を沈める。
父は王国の貴族が得意とする傲慢と自信、自意識と自尊心を重んじて、私に「それら」を植え付けようとした。「どうして、出来ない? お前は、ナリアブル家の女だぞ?」
そう言ってまた、私の頭を掴んで、机の上に「それ」を打ち付けた。父は私の声を無視して、その頬や腹を殴り、髪の毛を引っ張り上げて、私に「休むな!」と怒鳴った。「死ぬ程に頑張って、王族好みの女になれ!」
私は頭の痛みと鼻血の痛みに朦朧とする中で、何度も「分かりました」とうなずいた。「頑張ります、頑張りますから!」
放して下さい、とは言えなかった。父の気が収まるまでは、この手は決して止まらない。私の母上や姉妹達、家の使用人達すらも、その暴行に口を出さなかった。
彼等は立場の違いこそあれ、父の行いを正当化、私の抵抗を犯罪化して、その暴行自体を黙認しつづけた。
私は、そんな生活に「死」を感じた。自分の魂が壊される生活に。あらゆる恐怖、あらゆる狂気を感じてしまった。私は暴力の狂気に晒される中で、ゆっくりと大きくなって行った。
両親は、その様子を眺めた。厳密にはただ眺めていただけだが、私が十三歳を越えた頃には、王家とのコネを作って、その王子と会わせるようになった。彼等は私の気持ちを無視して、王子の所に私を導いた。「失礼のないようにな?」
私はただ、二人の命令に頭を下げた。目の前の王子が「ニコニコ」と笑う前で、二人の眼差しに「分かりました」とうなずいたのである。私は両親、特に父が部屋の中から出て行くと、不思議な安堵感に覚える中で、目の前の少年に嫌な緊張を覚えた。「あ、あの?」
よろしく。そう言い掛けた所を押し倒された。私は突然の事に驚いたが、王子の豹変にもっと驚いて、彼の腕から逃れる意思を忘れてしまった。「ちょっ!」
王子は、「それ」を無視した。無視して、私の身体に触れた……だけではない。最初は子どものじゃれ合いだったが、次第に荒っぽく……彼自身の性質なのだろう。私の髪を掴んだり、頬を叩いたり、足の部分を蹴ったりした。
「凄い! 乞食の連中とは、全然違う。髪も、身体もみんな、艶々だ!」
私は、その言葉に恐怖した。私以外の比較対象が居た事で、王子の性格がより正確に分かったからである。王子は無邪気な気持ちで、例えば子どもが虫の羽を毟るような気持ちで、相手の身体をいたぶれる、そんな気性の少年だった。
私は彼の無自覚な心を浴びる中で、彼に対する恐怖を感じた。「この子と付き合ったら、壊れる」と、そう無意識に感じてしまったのである。だから、王子の悪戯にも「止めて!」と叫んでしまった。「お願い!」
王子は、それを無視した。それどころか、ある種の玩具を見つけたように「へへへっ」と喜んでしまった。彼は妖艶な笑顔の裏側で、真っ黒な欲望を燃やしつづけた。「たのしー」
私はまた、「止めて!」と泣きじゃくった。それが通らなくてもなお、身体の痛みに耐えて、相手に自分の意見をぶつけつづけた。でも、やっぱり終わらない。私の叫びが響くだけで、彼の心が盛り上がるだけだった。
私は王子の手に嬲られて、その心にトラウマを植え付けられた。「助けて、嫌」
そう叫んだが、やっぱり聞き入れられない。次女が今の話にほくそえむ中で、両親にも「我慢しなさい」と怒られた。私は身分の事こそあれ、「これは、明らかにおかしい」として、両親に自分の気持ちを訴えつづけた。
「あの子にはもう、会いたくありません! 私の事をこんなに虐めて!」
両親は、それを無視した。正確には、「うるさい!」と怒鳴り返した。私がどんなに叫んでも、「これは、王家に取り入るチャンスだ」と言って、私にも我慢を、暴力への服従を強いた。
両親は私の心を無視して、つまりは私の人生を私物化して、次の一手を考えはじめた。「大人になったら、家の娘を貰って欲しい」と言う。文字通りの政略結婚を企てたのである。
彼等は自分の後ろに私を追いやって、王家との間に繋がりを作った。「家の娘を是非!」
そんな事を言った。王子は「それ」を受け入れた、わけではない。受け入れた風に見えて、自分の奴隷を作っただけだ。自分と対になる、一人の女性を認めたわけではない。
自分が怒りたい時に怒れて、喚きたい時に喚ける。そう言う相手を見つけただけだった。王子は私の事を奴隷として、特に身体の部分を従僕として、私の事を振り回した。
私は、それに疲れた。最初は「負けてたまるか!」と思ったが、王子はもちろん、その両親にすら「うるさい!」と怒られたので、その気持ちをいつしか忘れてしまった。
私は自分の心が次第に枯れていく、不毛の大地と化す感覚で、自分の人生に終わりを求めはじめた。「死にたい……」
そう、何度も呟いた。死にたいの反対を求めなくなった。空の空気が、風と一緒に流れるように。私の心も、砂のように流れて行った。私は自分の生を諦めた状態で、空虚な日常を送りつづけた。
そんな時……これは、「偶然」と言うべきか? 父の友人が一人、その子どもを連れて、私の家に訪れた。彼は少し怖い顔で館の中を見渡し、そして、娘の私に一瞥をくれた。私は、その視線に姿勢を改めた。「ご、ごきげんよう」
相手は、顔の表情を崩した。「礼儀」や「作法」に五月蠅そうな人だが、それが分かる相手には優しいらしい。私の頭を撫でて、私に「良い子だ」と微笑んだ。
彼は父の顔に視線を戻し、父や母に「自分が訪れた理由」を話して、私や妹達に自分の息子を紹介した。「息子の教育にね。封土の中では、学べる事も限られる」
父は、「ほほう」とうなずいた。「自分の跡継ぎには、そう言う教育も必要である」と。政略結婚で一発逆転を狙う父には、そう言う努力が微笑ましかった。父は自分の野心を隠して、娘の私に目をやった。「シュリノ」
それに「はい」と応えた。無視すればまた、父の折檻を食らうから。「何です?」
父は、その「何です?」に苛立った。「そんなのは、聞かなくても分かるだろう?」と。「ガリア君のお世話をしなさい」
予想通りの命令。だが、それを拒む力はない。向こうの親は「ん?」と驚いたが、それを無視して、父の命令に従った。「分かりました」
私はご令嬢の礼節を以て、少年の前に歩み寄った。私の事をじっと見つめる、美しい少年の前に。「よろしくお願いします」
相手は、それに応えなかった。「無愛想」と言うわけではないが、感情の起伏が少ないらしい。私の声にも頭を下げるだけで、反応らしい反応は見せなかった。彼は私の案内に、親の方は父の案内に従って、来客用の部屋に向かった。
来客用の部屋はそこからしばらく行った所にあるが、私が部屋の扉を開けると、それぞれの部屋に別れて、その中に荷物を置いた。私は少年の手から荷物を預かって、所定の場所に鞄を置いた。「食事は、午後の六時です。家の食堂で」
少年はまた、私の話を聞き流した。「無視」と「無関心」の間か、それくらいの感覚で。私がお風呂の場所を教えてもなお、その無愛想な顔を浮かべつづけた。少年は部屋の中をしばらく見て、私の顔に視線を戻した。
「シュリノさん」
「は、はい!」
急に呼ばれて、ビックリした。見掛けに寄らず、優しい声。「何でしょう?」
彼は初めて、その質問に微笑んだ。今までの無愛想が「嘘」と思える程に。彼は穏やかな顔で、目の前の私に頭を下げた。「ありがとう」
私は、返事に困った。「い、いえ」でも返せば、良いのに。同年代の少年に「ありがとう」と言われて、妙な緊張を覚えてしまった。私は恥ずかしい気持ちと情けない気持ちとが混ざって、彼の言葉に「あ、ううう」と俯きつづけた。「そ、そんな、事……」
彼は、それに首を傾げた。私も私で阿呆だが、彼も彼で鈍感らしい。私が今の流れにドキドキしている事も知らず、私の手を握って、私の顔を覗き込んだ。彼は私の顔をしばらく見たが、私が彼に謝ると、私の手を放して、ベッドの上に腰を下ろした。「明日は、暇ですか?」
私はまた、返事に困った。明日は封土の休日だったので、私も休みを貰っていたが……。彼の言わんとする事を察して、その返事に「う、うううっ」と困ってしまった。私はいくつかの深呼吸を交えて、彼の顔に視線を戻した。「暇、です」
彼は、嬉しそうに笑った。子供が新しい玩具を得たように。彼もまた、年相応の笑顔を見せた。彼はベッドの上から立ち上がって、私の目を見つめた。
「なら、案内して下さい。貴女の町を、貴女が住んでいる所を。俺は、貴女の世界を知りたい」
「わ、分かりました」
思わず、そう応えた。強引ではないものの、有無を言わぬ雰囲気がある。彼が「ニコッ」と笑う顔にも、「仕方ない」と諦めるしかなかった。私は目の前の少年に頭を下げて、部屋の中から出て行った。「それじゃまた、夕食の席で」
そう言い終えた所で、自分の後ろから声が! これは、次女の声だろう。私が部屋の中った辺りから、今までの様子を眺めていたようだ。妹は呆れた声で、私の背中に話し掛けている。
「アレは、ダメ。顔は良いけど、ダサダサよ。女の子に気を遣わせるなんて」
私は、それに押し黙った。確かにそう、とは言えない。今の様子を見た限りでは、妹の言うような人ではなかった。
王子のような華やかさは無いが、地味さの中に優しさを持つ少年。
相手の中に入って、その乾きを癒してくれるような少年。
年頃の少女には「物足りない」と思うかも知れないが、私の感性では「充分に素敵な男の子」と思った。
私は(彼を擁護するわけではないが)妹の意見を否めて、彼女に自分の意見を言った。「私は、好きだよ? ああ言う子は」
妹は、「え?」と引いた。それも、露骨に。「信じられない」と言う顔で、私の意見を退けた。彼女はまるで珍獣でも見るように、姉の私を「バカだな」と笑った。「男の趣味、悪すぎぃ」
私は、それに「カチン」と来た。「カチン」と来たが、顔には出さなかった。こう言う人間、特に妹のような人間に正論擬きは通じない。妹は(母親譲りなのだろうが)、男に華やかさ……つまりは、「快楽」を求める。快楽の中に利益と満足を求める、そう言うタイプの人間だった。
人としてどんなに素晴らしくても、それが自分にとって気持ち良くなければ、途端に「最底辺」の捺印を押す。正に「快楽こそ正義」の人だった。三番目の妹は、そう言う事ではないけれど。私と一つ違いの次女は、「色」と「遊び」が大好きな少女だった。私は、そんな妹が文字通りに疎ましかった。
「そんな風に生きていると」
「なに? 『いつか痛い目に遭う』って? はっ!」
なら、それまで楽しめば良いじゃない?
「死ぬ瞬間まで『気持ち良い』って。人生は、自由に」
「生きられるわけがない」
「え?」
「私は、王子と結婚させられる。あんな……」
妹は、私の言葉を遮った。それも、悔しげな顔で。私の言おうとした事を阻んだ。彼女は嫌みったらしい様子で、私の顔を下から覗き込んだ。
「素敵な人じゃない?」
「え?」
何処が? あんな屑野郎、何処が良いって言うの? 私の、他人の事なんか、「遊び道具」にしか思っていないのに? 「どうして?」
妹はまた、私の声を遮った。「お前の反論は、許さない」と、そう思わせる雰囲気で。
「顔も良いし、お金もある。男の子は……うんう、『男の子も』かな? 男の子も、神様じゃないんだから。そう言う部分があって当然。寧ろ、格好いいくらいだよ。下心もなしに女の子の気持ちを考える。そう言う人の方が、余程偽善者だね。女の子と仲よくしたい、沢山のお金を手に入れたい。周りの人に本音を見せられる人は、どんな人よりも……。まあ、お姉ちゃんには分からないだろうね? あんな子にドキドキしている人には」
私は、右手の拳を握った。「この子の顔面を思い切り殴ってやりたい」と。価値観の違いで相手を否めるのはおかしいが、それでも「許せない」と思った。
私は右手の拳から力を抜いて、彼女に「クスッ」と笑いかけた。相手の価値観を見下す、文字通りの嘲笑を。「婚約の相手が、貴女だったら良かったね?」
妹は、目を見開いた。怒りと妬み、そして、悲しみの浮かんだ表情を。彼女は青筋の浮かんだ顔で、私の顔をじっと睨んだ。「そう、ね。あたしだったら、王子と幸せに。貴女のような人では、王子もきっと不幸だわ」
私は、妹の顔を睨んだ。今の言葉、今の真意にイラついて。彼女が私を睨むように、私も彼女の顔を睨んでしまった。私は相手の顔をしばらく睨んだが、相手が私の前から歩き出すと、それに釣られて、相手の目から視線を逸らした。「お母さん、そっくり」
それに会わせて、「殴れば良かったのに」の声が! 私は今の声に驚いて、自分の後ろを振りかえった。私の後ろには一人、三番目の妹が立っている。妹は今のやりとりを見ていたのか、客観的かつ無機質的な顔で、私達の背中を眺めていた。
私は彼女の無表情に「またか」と思いつつも、表面上では冷静を装いつづけた。「いつから居たの?」
そう訊いて、「自分がバカだ」と思った。この子にそれを訊いても、仕方ない。いつ、どのタイミングから居ようが、彼女の存在に「はい、はい」とうなずくしかなかった。私は、幻影のような末っ子に尊敬と畏怖を抱いた。
「人を殴っちゃ、ダメじゃない? あんな」
「あんな人は、殴らないとダメ」
さらっと、怖い事を言う。三女は二人の姉が怖がるような虫や獣、蛇や蜥蜴の類いは可愛がる癖に、こう言う相手にはまったく容赦しなかった。ムカつく人間は、とことん虐める。力による虐めは(たぶん)ないが、ああ言う相手には酷評を止めなかった。
「わたしなら、殴っている。自分がそんな風に言われたら」
彼女は無感動な顔で、私の顔を見返した。私の奥にある、その本質を貫くように。「姉上は、甘過ぎ」
私は、「うっ」と言い淀んだ。確かにそうかも知れない。気持ちの中では、あの子を恨んでも。それを表に出せないのは、私が「単に甘いだけ」と思った。
自分の本心を隠す、ただの臆病。
臆病を超えた、卑怯者。
末っ子の目に「それ」がどう映っているかは分からないが、今の言葉から察して、「相当に軽んじられている」と思った。
私は自分の不甲斐なさに泣いて、三女の顔からも視線を逸らしてしまった。「そう、かもね? 私は」
三女は、私の手に触れた。そうする事で、私の気持ちを慰めるように。
「待っていて」
「は?」
な、何を?
「待って?」
「わたしがすべてを変える、いつか」
私は、「う、ううん」と返した。それ以外に返す答えがなかったから。私は三女の瞳が燃やす、言いようのない感情に身震いした。「と、とにかく! 案じてくれて、ありがとう!」
最後の部分は噛んでしまったが、彼女の前から(とにかく)逃げるように歩き出した。相手に悪気はないだろうが、その雰囲気にどうしても飲まれたくなかったからである。私は自分の背中に視線を感じる中で、自分の部屋に戻り、そして、夕食の時間を待った。
夕食の時間は、すぐに訪れた。「教養」と称した拷問に入り込んでしまった所為で、夕食の時間はおろか、自分の仕事すらも忘れてしまったからである。
私は自分の父親にこっぴどく叱られながらも、ガリア君(と読んで良いだろう)にも「御免なさい」と謝って、夕食のご飯も最後に食べはじめた。「今後は、気を付けます」
父親は、その反省に「ニヤリ」とした。「お世話係」と称した、練習。将来結ばれるだろう王子へのご奉仕として、その練習を兼ねた仕事。その本音があるからこそ、私の反省が心から嬉しい。
貴族の娘が普通はやらない諸々も、家のメイド達がドン引くような調子で、私に「あれやれ、これやれ」と命じました。父親は家のお客すらも驚く調子で、娘の私に様々な事を命じつづけました。「何をやっている? 彼の器が空だぞ?」
私は、「もう止めて」と思った。思ったけど、それに従ってしまった。お客達の反応は別にして、私の母も喜んでいますし、次女も「やれやれ」と呆れている。
三女は今の光景に不満な様子だが、それでも父親の暴走を泊めようとはしなかった。私は両目の端に涙を溜めて、ガリア君の器にジュースを注いだ。「御免なさい」
ガリア君は、容器の注ぎ口に手を触れた。「これ以上は、要らない」と言う顔で、私にも「自分の席に戻って」とうなずいた。彼は自分の席から立って、どう言う気持ちかは分からないが。例のボトルを持って、私のグラスにジュースを注いだ。「これで、イーブン」
私は、呆気に取られた。恩着せがましいわけでもなく、相手の厚意にただ「ありがとう」と返す。その確かな心遣いが、私の恐怖を解かし、そして、心の中を癒した。癒やしの中に熱すら感じた。
私は身体のすべてが変に熱くなって、彼の顔から視線を逸らしてしまった。「ありが、うう、御免なさい」
相手は顔の表情を変えないで、私に「だいじょうぶ」とうなずいた。「その方が、自分も気持ち良い」と言って。彼は私の注いだジュースを飲んで、自分の父に目をやった。自分の父に許しを請うように。「もし、良ければ」
そう言ってまた、私の顔に視線を戻した。彼は真剣な顔で、私の目を見つめた。「明日一日、封土の中を案内して欲しい」
私は、返事を忘れた。急な申し出に「え、え?」と戸惑ってしまった。私は父の顔に視線を移して、それが「ニヤリ」と笑うのを見た。本音の所は分からないが、とりあえずは「行け」と言う事らしい。「それが私の経験になるのだ」と。
次女や三女は「それ」に「ムスッ」としていたが、父と思考が似ている母親は、それに「クスクス」と笑っていた。私は十人十色の反応に困ったが、最後には「分かりました」とうなずいた。この雰囲気は、流石に断れない。「何時から回りますか?」
彼は、「貴女に会わせます」と応えた。「貴女が起きた時間から」と。私の事を思ってか、「貴女の調子に合わせる」と言った。「俺はただの、客人だから」
私はまた、返事に困った。そう言われるのが、一番困る。「相手をもてなす立場」としては、「任せる」よりも「この時間が良い」の方が嬉しかった。私は少しの不満を感じたが、胸の熱に負けて、その不満にすらも満足を覚えてしまった。
「わかり、ました。では、私の起きた時間に」
「ありがとう」
彼は「ニコッ」と笑って、自分の夕食を食べはじめた。それに会わせて、周りの人々も食事を頬張りはじめた。彼は「う、うううっ」と俯く私を無視して、今日の夕食と、そして、度の話に花を咲かせた。「ここでもきっと、良い物が見られる」
私は今日の夕食が終わるまで、自分の顔を上げなかった。




