溺愛の始まり
亡くなる前に私に言ってくれた母様の言葉が響き渡る。
「エレナ。忘れないで。どんなに辛くて苦しい時が来ても必ず光があなたを導くわ。だから諦めないで。どんな困難も乗り越えるのよ」
そして、いつもそばにいてくれる精霊達の声。
"ひとりじゃないよ。僕たちがいるよ。安心して"
奪われ続けているけれど精霊達までは奪われずに済んだ。
「ねぇ、エレナ。僕が立派な皇子になったら君を迎えに行ってもいいかな?」
聞いたことのある男の子の声。会ったこともあるはずなのにどうして覚えていないのだろう。
「僕が迎えに行く時に全てを思い出すから。その時まで待ってて。どんなに苦しくてもこの魔法が君を光の道に導いてくれるから」
どんなに苦しくても光の道に導いてくれる。母様も言っていた言葉だ。
私が狼達に襲われた時も光が降り注いだ。この光が私を導いてくれる道なのだろうか。
そう考えていると聞きたくなかった声も響いてくる。
「アンタは幸せになっちゃいけないのよ。お姉様」
アリーシャの声。私の幸せを許さないと話す彼女の首には母様の形見の精霊石の赤いペンダントが下げられている。きっと今も彼女の胸元で美しく輝いているのだろう。聖女の力を失った私に持っていい資格はない。
でも、唯一残った母様の形見。ドレスとかは殆ど継母とアリーシャ、彼女に仕えるメイド達によって奪われてしまった。
「お姉様の幸せは私のモノ。お姉様の大事なモノ全部奪ってあげる」
「ごめんよ。エレナ。やっぱりアリーシャの方が好きだったんだ。あのプロポーズは忘れてくれ」
「いつまでも死んだ母親のことを嘆くな!!」
「あの女に似て可愛くない子」
アリーシャの声に混じってテレンスと父様と継母の声が聞こえる。どの言葉も私を蔑むものしかない。
全身に殴られた時の痛みと、熱湯をかけられた時の痛みが走る。苦しい。助けて…!!!!
「っ!!!!」
目を覚ますと今まで聞いてきた言葉と全身の痛みは夢の中での体験だった。現実で無かったことに安心しつつ、私は初めて見る天幕の天井に驚く。
「此処はどこ…?」
しかも、気を失う前に着ていたドレスではなく、上品な素材でできた白い寝巻き用のワンピースに着替えてあったことにも驚いてしまった。
さっきまであの暗い森の中に居たのに。
一体此処はどこなのだろうとベッドから起き上がり周りを見ると、私がいる部屋にある家具は全て高級な物ばかりだった。
アリーシャ来る前の実家でもここまでの絢爛豪華な物はあまりなかった。
(本当に此処はどこなの?!まるでお城の中みたいな…!!)
こんなにすごい場所に連れて来られたことにあたふたしていると、ガチャっと扉が開く音がした。音がした方に顔を向けると、そこに現れたのは濃い茶髪の顔の美しい男性が現れた。
「えっと…」
「エレナ!目が覚めたんだね!!」
「あの、これはどういうって…わぁ!」
その人は嬉しそうに私に抱きついてきた。
抱きしめてくれる力がとても強い。私が目覚めたことに心の底から感激しているのだろうと痛いほど分かった。
そういえば、狼から逃げる時に痛めた足が治っている。彼が治してくれたのかなと思っていると、そっと少しだけ私から離れた男性は微笑んだ。
「よかった。本当に良かった…!!」
「あの、貴方は…」
「あ!ごめんね!まだ思い出してないよね!僕の名前はセミオン。セミオン・フェシリア」
「貴方が私を助けてくれたの?」
「そうだよ。君を死なせるわけにはいかなかったから」
セミオンという名の人は私を愛おしそうに見つめてくる。まるで初めてあったという感じではなく一度会ったことがあるような素振り。私は必死になって頭の中の記憶を探るも彼にあったという記憶はなかった。
それに彼のファミリーネームをどこかで聞いたことがあった。
(セミオン・フェシリア…。フェシリアって確か…)
少し前に見た新聞に載っていた帝国の名前がフェシリアだったのを思い出す。広大な領地を治め、強力な軍事力を持つ帝国。そして、神と精霊に愛される神聖な国だとは聞いたことがある。
セミオンの姿を改めて見ると、彼の服装が城を基調とした皇子のような姿に目を見開く。
「えっと…ここはどこなの?貴方は何者?」
「此処はフェシリア帝国。僕が住む城の中」
「城?!ってことは…」
「フフ。僕はこの帝国の第二皇子で皇太子。まぁ、皇太子になったのは最近なんだけど」
皇太子という言葉を聞いて私は内心慌てふためく。
とんでもない人に助けられてしまった。まさか皇子だなんて思わなかった。
しかもあの大陸一最強という噂のフェシリア帝国の王子に。
「ご、ごめんなさい!私知らなくて!!しかもタメ口なんか…!!」
「謝る必要はないよ。寧ろそう話してくれた方が僕も嬉しいし。立ち話もアレだしお菓子でも食べながら話そうよ。エレナに飲んでもらいたい紅茶もあるんだ」
「え、ええ…」
とても楽しそうに話すセミオンとは対照的に私は慌てていた。どうして何もない私を助けてくれただけでなくこんなにもてなしてくれるなんてと。
私は、セミオンに促されるままソファーに案内される。
ソファーの近くの机には、スコーンやサンドイッチやケーキが沢山のった3段のティースタンドと、可愛らしい形のティーポット、そして紅茶のいい香りが漂っていた。
実家から飛び出してから何も食べていなかったせいもあって余計に美味しそうに見えてしまった。
「セミオン様。その、こんな立派なケーキとか本当にいただいていいの?」
「いいよ。だって全部エレナの為に用意した物だから。あ、それと様は付けなくていいよ。セミオンでいい」
「セミオン…」
「そう。セミオンって呼んで」
美しい顔が近くにあって顔が熱くなる。恥ずかしくて凝視できない。
場違いな私をここまで大切に扱ってくれる理由はなんだろう。
そういえば、私が気を失う前に約束を果たせるとか言っていたのを思い出した。でも、私は彼に会ったことも約束を交わした記憶も本当にないのだ。
どうして私を愛おしそうに見ているのかも理由が分からない。
私は緊張したままソファーに座り、メイドが淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。
今まで飲んだことのないぐらいほのかに甘くとすっきりとした紅茶がほんの少しだけカチカチの心をほぐしてくれたのだった。




