母の死
「エレナ。忘れないで。どんなに辛くて苦しい時が来ても必ず光があなたを導くわ。だから諦めないで。どんな困難も乗り越えるのよ」
聖女の血を引く一族として村を救い守り続けた母様が死に際に幼かった私に言った言葉だ。
病に伏した母様はやせ細り、とてもやつれていたがいつも私の前では笑顔を絶やさない優しい人だった。
その優しさは私だけに向けられたものではなく、困っている人にも手を差し伸べるようなまさに聖母そのもの。
私はそんな母様が大好きだった。母様の様な大人になりたいと願う程に。
けれど、どんなに人に尽くしても神様は残酷な運命を突きつける。
不治の病に犯された母様の命は尽きようとしている。私はそんな母様の側を離れられなかった。
死なないでほしい。神様、お願い、母様をお空に連れて行かないでとずっと願っていた。
母様はそんな私を慰める様にある物を私の首にかけた。それは赤い精霊石でできたペンダントだった。
「母様…これ…」
「今日からこれは貴女のものよ。先祖の頃から受け継がれてきた聖女の一族の証」
聖女に選ばれた者にしか与えられないそれを私はぎゅっと握りしめた。
母様の思いが込められている気がしてならなかった。もう私の元を去って空へ行ってしまうということも。
私は母様みたいな聖女になんかなれない。行かないで、ひとりにしないでと泣く私の頰を母様は優しく撫でた。
「大丈夫。貴女ならできる。それに独りじゃないわ。聞こえているでしょ?精霊達の声が」
精霊の声は聖なる力を持つ者にしか聞こえない。母様の言う通り精霊達が悲しむ私を慰めてくれている。
"泣かないでエレナ"
"大丈夫。死は終わりではないよ"
"ひとりじゃないよ。僕たちがいるよ。安心して"
「みんな…」
「だから大丈夫。母様は貴女を空から見守るから。悲しまないで」
「母様…!!!」
「笑顔と優しさを忘れないで。必ず貴女を導いてくれる光がくるから…」
母様はそう言い残しこの世を去った。
私は冷たくなった母様に縋りつき泣き続けた。
周りの使用人達も一緒に泣いてくれた。皆、母様のことが大好きだったから。
葬儀の間、私は母様から授かったペンダントを肌身離さず持っていた。
母様がいた屋敷はいつも明るくて優しい時間を与えてくれていたのに、今は悲しみに染まって静かになってしまった。
けれど、母様の死を悲しまない人がいた。私の父と当時不倫相手だった継母。そして、その娘のアリーシャだ。
その3人だけは母様の死を喜んでいた。
母様が病に伏していた時も殆どうちには帰って来ず、帰ってきたとしても母様を心配なんてせず冷たい眼差しで見ていただけだった。
きっとその頃から継母との関係はすでに始まっていたのだろう。
そして、母様がこの世を去ってからそんなに立たないうちに継母とアリーシャは屋敷に転がり込んできた。
義妹となったアリーシャと仲良くなろうと努めようとしたが全て無駄に終わった。アリーシャはいつも私を見下し、父様達を味方につけていた。
どんなに真実を訴えても、アリーシャに溺愛する人達に通じない。
2人が来た頃から屋敷の環境が変わり始めてしまった。
母様や私を慕ってくれていた使用人達は全員解雇。新たに来たのは2人にとって都合のいい人間達だった。
私の居場所がなくなってゆく。大切にしていた小物やドレス等も殆どアリーシャに奪われてしまった。
極め付けに、父様と継母は私を我が子として扱おうとしなかった。
それが決定的になったのは私が聖女の力を使えなくなった時からだった。