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厄災2『幽霊船の撃退』

「ぜぇ………はぁ………やっと追いついた」

「どうして、そんなに息が荒いんですか? 興奮してます?」

「貴女様が逃げるからですよ!! 結局、港町まで戻ってきてしまったじゃないですか! 海上で迎え撃つつもりだったのに!」

「その場合、船長との戦いで貴女を庇って傷を負ったウィズが親指立てながら海に沈んでいきますけどね。それも感動的ですし、いいんじゃないですか?」

「くっ、口喧嘩で勝てる気がしない………!」

「そもそも女神と敬いながら口喧嘩しようってなる貴女の精神に驚きですよ」


 肩で息をするアグネスに陸に打ち上げられた魚のようにぐったりしてるウィズ。衰弱しているレインを転がしながら、私は水平線の彼方に映る水飛沫を見ていた。


 あの水飛沫こそ、こちらを追ってきている魔物なのだろう。このまま突っ込んできたら、この街はひとたまりもありませんね。


「なので、アグネスなんとかしてください」

「無茶振り!? あまりにも距離が遠すぎます! ボクの闇魔法で何とかなると思ってるんですか!?」

「『()()()()』」

「………っ!」

「出来ないとは言わせませんよ? 貴女の切り札とはいえ、何故私がその設定を与えたのか。まだ気づいていなくてもです」

「〜〜っ! エリス!! ボクに最大級の風魔法を!」

「はーい」


 見抜かれていたのが悔しいのか、すぐさま視線を逸らすとエリスに声をかけ、アグネスは影の中から武器を取り出す。

 それは、命を刈り取る形をしていた。農作物を刈る為のものがいつからか魂を刈り取るものとして、武器になった──大鎌。

 

「行くわよぉ」

「来い!」


 同時にエリスの手から小型の台風とも呼ぶべき弓矢がアグネスに向かって放たれる。それをアグネスは鎌を持つ手とは逆の状態で受け止めた。


「闇の真髄は引力。加えてボクの種族特性は吸収に特化している………それを掛け合わせた切り札がこれだ!」


 漆黒が台風を飲み込み、彼女の体を影が覆う。鎌もまた闇に覆われ、姿を変えていき──


「『干渉』! 『把握』! 『旋律奏天』!!」


 立っていられないほどの風が吹いた。勿論、私は吹っ飛んだ。ごろごろと筋力0の私が自力で止められるはずもなく、地面を凄い勢いで転がっていたが、何か柔らかいものに当たって止まった。


「無事かい? ユア様?」

「体が擦り傷だらけで痛いです………とはいえ、ありがとうございます」

「気にする事はないさ。それより、彼女のアレは何だい? 今まで見た事がない姿だ。旋律奏天と言っていたけど」

「そうですね………魔族であるアグネスは悪魔の力を身に宿しています。彼女は夢魔、サキュバスとしての力を持ち、精気の吸収などや淫夢を見せる事が出来、男女が好きな肉体に変化させる事も可能です」

「ああ、彼女の種族は知っている。それが関係しているのかい?」

「闇魔法の引力と夢魔の特徴を活かし、他者の魔法を吸収、自分の肉体を同じ属性に変化させ、爆発的な戦闘能力を得る切り札。それが『旋律奏天』」

 

 風が止む。巻き起こっていた砂嵐が、収まった先に彼女はいた。


「『聖装外衣』『信仰の翠風』」


 淡いグリーンを主にした裾にかけて大きく広がるスカート、華やかかつ可愛らしいまるでお姫様のような出立ちへと変わった。

 そんな彼女の手には、黒い鎌ではなく、似つかわしくないほどの巨大な槍が握られており、狙いは水平線の彼方へ向けられている。


 そして、そのまま陸上のクラウチングスタートの姿勢を取る。

 

「……ふぅー……」

 

 彼女はゆっくりと息を吐き、更に全身に力を籠めて行く。先程と比べ、魔力の密度が上がっていることをウィズは理解したらしい。

 流石に笑みを消し、真剣な表情で構える。龍や虎を思わせる魔力の膨張は、少しづつ収まり凪いでいく。

 

「っ!! 来る……!!」

「おおおおお!!!」

 

 ウィズの声と同時に、アグネスは空気を震わせるほど叫び、両脚の筋肉が一瞬更に膨れ上がったかと思うと、右腕に抱えていた槍を天高く放り投げる。

 直後、大地を砕きながら一歩前に踏み出して、更に全力で跳び上がりながら体を全力で捻る。

 

「なっ!? 何をする気だ……!?」  

 

 彼は目を見開いて、動きを見守る。それを気にせず、彼女は回転しながら体を横にし、槍に近づいて行く。

 

「まさか……! あの槍を蹴る気か……!?」

 

 何をする気か気づき、目を見開くがその言葉通り、アグネスは膨大な空気を全て右足に集中させる。

 

「おおおおお!!!」

 

 叫びながら、右脚を全力で振り上げ、そして、叩きつけるように槍の石突を蹴りつける。

 空が大きく凹み、破裂するような感覚を味わいながらも直前で大砲を撃ったかのように爆音を轟かせながら放たれた。

 

 音速かと思うほどの超高速で放たれた槍は、強烈な回転をしながら彗星の如く魔物へと迫り、


「ウィズ・サージェス枢機卿。貴女が、アグネスを教皇として認めないのは、女性が前線に立つ事を嫌がっているからですよね」

「………ああ、そうだね」

「では、聞きますが………貴方は彼女より強いと言えるのでしょうか? 前線に立つ事で、傷だらけになるような可憐な乙女に見えますか?」


 魔物など跡形もなく吹き飛んだ。それどころか海に空いた穴に水が流れ込むほどの威力に、空から飛沫が降り注ぐ中、ウィズは引き攣ったような笑みで。


「訂正しよう。彼女は鰯なんかじゃなく、鮫だったと。もう彼女を乙女としては見れないかな」


 さらっと、女性とは思えないと乾いた笑い声をあげるのだった。


 さて、その後はどうなったのかと言えば魔物が跡形もなく消えた事で縛られていた魂が天に昇っていきました。

 それを魚人達は驚きのあまり、言葉も出ず、海に空いた穴など気にせずにただ空を見上げていた。


 人魚姫ことレインはかなり衰弱していた事もあり、そのまま海底王国に搬送。残された私達は兵士達を惨殺したことも踏まえて、港町に軟禁される事に。


 とはいえ、軟禁の割には美味しい海鮮物などを使った食事や海辺までの散歩は出来たので実質、港町から出るなよと釘を刺されているようなものでした。


 ゲームなら、攻略対象との水着イベントや夕陽の海岸をお散歩するスチルがあるのですが、私はアルビノなので日差しにとても弱く、泳ぐことはしませんでした。


 代わりにアグネスやエリスは砂浜でパラソルの下、本を読む私を尻目に水遊びするなど微笑ましい息抜きの時間にはなったようです。


 さて、ここからどうしますか。

 レインを連れて行くのは絶対です。彼女の歌は聖女の歌と同質のもの。美徳の楽譜を集めれば、こちらの戦力強化にも繋がります。


 何しろ、美徳の楽譜は聖女たる主人公にしか歌えない………『日本語』で書かれた楽譜なのです。しかも、歌い手が変われば歌詞も変わるという優れもの。おかげで解読出来ないと攻略対象が嘆いてましたね。


 効果は主に2つ。1つ目はバフ。舞姫の舞がデバフなので、2つ合わせるだけでもかなり戦闘を有利に進める事が出来ます。

 もう1つは厄災の沈静化です。そもそも厄災が起きる原因は地脈の流れに淀みが出来、それが噴き出す事によるもの。


 しかし、聖女の歌があれば厄災を鎮める事が出来ます。とはいえそれは暫定的な解決。今回の撃破と変わりません。


 最終的には流れの中心、王国で楽譜全てを繋げた際に生まれる『純真の楽譜』が必要になりますが私には関係ありませんね。

 ヒントだけ与えて、私が帰った後にレインを使って歌わせればいいでしょう。そうすれば大団円。誰も死なないハッピーエンドです。


「いいですよね。誰も死なないハッピーエンド………何でか、妙に泣きたくなります」


 私のハッピーエンドは1人死んだと言うのにね。


 そんな言葉は誰にも言えないまま、私はただ泣きたくなるくらいの青空を見上げるのだった。

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