悪魔と呼ばれた女の子
幼い頃から、人の運命が見えた。
正確に言えば、他人の声や表情に性格が分かればその人が辿る道筋が見えるというべきか。
キャラクターの内面を掘り下げれば下げるほど、私の運命視は正確になった。
この人は怒りっぽいから、こんな人物がいたらキレる。泣き虫な彼女にはこんな男なら恋人になるように、選択肢に最善を用意してやるのだ。
運命とは選択の繰り返しで、人はより良い選択に飛びつきがちだと知っている。だから、そうしてやれば人の運命は思うがままに操れた。
そんな私を父は閉じ込めた、13年もの長い月日を。まあ、それでも14年かけて運命操作して外の世界に飛び出して、私の運命に出会ったのは別の話。
今は、目の前にいる男を何とかしないといけません。盛り上がる筋肉に、鼻についたピアス、生臭い息、膨れ上がる股間と。見なくても分かる、私を犯してやりたいという気持ちに私はため息をついて、笑顔を浮かべた。
「取引しませんか? 兵士様?」
「取引だぁ? そんなことよりさっさと服を脱げ! 嫌なら俺が脱がしてやろうかぁ!?」
頭が悪い人間は大嫌いだ。話よりも力を優先する。私とは非常に相性が悪いが、この男には関係ない。だって、この世界が私の味方なのだから。
「構いませんが………その代わり、貴女は全身を焼かれた挙句に魂の安らぎは訪れませんがいいですか?」
「はっはっはっ!! でかいホラを叩くじゃねえか! お嬢ちゃん! その口で何人の男を騙してきたんだ? うん? 言ってみ?」
「信じるも信じない者貴女次第ですが………貴女には死相が見えています。次に貴方がスキットルの度数が強い酒を飲んだらもう後戻りはできません」
男の動きが僅かに止まる。徐に腰につけたスキットルを手に取るとこちらを見て、意地悪く笑い、スキットルを開けた。
「やれるもんなら、やって見ろ!」
馬鹿を通り越して、羨ましくなるほどに脳みそが小さいらしい。そもそも死ぬキャラとして設定したのだから、当然か。
男は酒を飲むと、汚くゲップして肩を竦める。スキットルの蓋は開いたまま、中身もまだあるようで、ちゃぷちゃぷと揺らしている。
「では始めましょうか。貴方が死ぬまでの物語を」
私は力の限り、男の足を踏みつけた。痛みのあまり、男がスキットルをこぼし服全体に酒が飛び散る。
「この売女がぁ!!」
思いっきり壁に叩きつけられて、私の真上に位置するカンテラが揺れて嫌な音がした。それに気づかず、男は私の足を引っ張ると股を開かせ、のし掛かる。
「さあ、お楽しみの時間だ!! これだから、ここの仕事はやめられねえ!」
ズボンを膝下に引っ掛けて、上半身の服を脱ごうとして、荒れた生地に鼻ピアスが引っかかる。男は私を襲う興奮のあまり、無理矢理服を脱ごうとするが、上手くいかずに暴れるのみ。
そして、その衝撃でカンテラを固定していたネジが外れる。カンテラはそのまま男の頭に当たるとかち割れて、中の炎が服に引火した。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
慌てて私の上から退いたが、膝下に引っ掛けたままのズボンのせいで転がる事しかできない。腕は上半身の服に絡みついたまま、燃えるのみ。
「まあ、こんな感じですね。お目にかかりましたか?」
男がただの炭になった後、ネグリジェの裾を破いて熱された鍵を手に取る。そのまま、牢を出るとエリスの牢を開ければ、彼女の顔は引き攣っていて。
「? どうかしましたか?」
「まさか、いきなり燃やすとは………運が良かったというのかしら、それとも狙ってやったの?」
「狙ってやりましたよ。先に言いますが、忠告はしましたし、私自身は手を下していません。ただ、男が選択を間違えただけ………貴女もああなりたいですか?」
軽く脅せば、彼女は凄い勢いで首を横に振った。話が早いのはいい事だ。そもそも直ぐに死ぬキャラだ。私が殺した方が良かっただろう。なにせ、
「──直ぐに迎えが来るんですから。ねえ? アグネス?」
「──貴様、何者だ?」
振り向いた先に、銀髪の麗人が立っていた。ノイズの女教皇、アグネスだ。
彼女は鳴皇候補だったのだが、先代の聖女によって正体を明かされて、候補落ちしたという悲しい過去があるのだ。
なぜ、彼女がここにいるのかと言えば聖女が召喚された事で視察に来たのが1つ。もう一つは、エリスを助けに来たのだ。
さっきの男はエリスに乱暴しようとし、アグネスに殺される未来しかなかったのだ。かわいそうに。
「神名柚愛っていいます。この名前が示す意味はわかりますか?」
「──ああ、よく分かるとも。まさか、ボクの前でそう名乗る人がいるなんてね」
「疑うならば、貴女の本名でも当てましょうか? アグネス・アングリウス。本来の名前はヨハンナ。先代聖女によって女の身である事をばらされ、男にしかなれない鳴皇の座を追われた──」
「いや、もういい。やめてくれ。ボクに貴女を………いえ、貴女様を傷つける気などございません」
彼女は私に対して、静かに首を振ると片膝をつく。エリスもまた、自分の上司が膝をついたのを見て、直ぐに並んで片膝をついた。若干、震えてるのは見なかったことにする。
「──女神ユア様。我らの願いに遂に応えてくださったのですね」
畏れ多いとゆっくり口にした言葉に笑みが溢れた。敵であれど正しく信念を持たせておいて正解だった。ここまで掌で踊ってくれるとは思わなかったが。
まあ、こうなるように運命に愛された瞬間を見せたのだ。異世界から召喚されてる事や私の名前を聞けば、直ぐにでも勘違いする筈だと。
「私は答えるつもりはありませんでした。だって、世界を作った後は、貴方達のものですもの」
「っ!! 申し訳ありません! 我らの不手際のせいでこのような………っ!!」
だが都合はいい。女神様ムーブは続けさせて貰おう。事実、私はこの作品の作者である以上、女神なのは違いないのだから。
「今更、ごたごた言っても仕方ないですよね。やるべき事はやりましょう。代わりに私が求めるものが何か、わかりますよね? エリス?」
「えっ!? え、えーと、えーと………アグネス、パス!」
「おまっ………か、神々の世界へ帰還するという事でよろしいでしょうか?」
素晴らしい。拍手してあげたいところだ。私の考えをちゃんと理解している。私が生み出した存在なだけはある。
「正解です。なので、貴方達にはそれを求めます。代わりに私は貴女たちに提供しましょう」
「そ、それは一体………?」
「──神々の世界の知識を。我が世界の美食、育成、武器。知りたい事は何でも答えます。代わりに命をかけて私を元の世界に帰すのです」
彼らの前に手を差し出せば、アグネスは強い意志を宿した目で指先を握り、私の手の甲に唇を寄せる。
「忠誠を。我らが女神ユア様。この身に変えても必ずや貴女を元の世界にお返しいたします」
「わ、私も誓わせてもらうわ! だから、何とぞ私の妹もお救いください!!」
「忠誠には褒美で答えます。貴方達の働きには期待していますよ?」
さて、久々にスイッチを入れるとしましょうか。かつて、13年間軟禁されていた………犯罪組織、それを滅ぼして脱出したあの頃に戻って。
「私は、必ず元の世界に帰るんだから」
私の運命の伴侶に再会するのだから。