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幕間 一方その頃、聖女は

「ありがとうございます………聖女様」

「傷が、痛みが………!」

「あなた様の歌で皆が救われています!」


 柚愛達が、人魚姫を救っている頃。

 王国では聖女が民達の前で歌っていた。


 透き通るような白い肌、夜を思わせる黒髪とたった2色で構成される無駄のない美しさに、王宮前の広場に集まった人々はうっとりとため息を漏らす。


 笑いかける民には笑いかけ、泣きそうな人には悲しげな顔を除かせ、恍惚とした騎士には色っぽく微笑んで見せるなど、まるで鏡合わせのように聖女は歌いあげる。


 澄んだ声に似合わない迫力があり、されどそのギャップが彼女の華奢すぎる容姿を引き立てる。

 彼女が、いや彼女こそが聖女であり──偶像であると誰もが疑わなかった。


「時間だ。撤収しよう。ノア」

「はい」


 あっという間に時間は過ぎ、殿下に連れられて彼女は王宮へと消えていく。口数が少なく、冷たいと思われても仕方ないが、それも聖女ならばと民達は納得した。


 むしろ、2〜4代目に比べればまだマシだと長く生きてる人間ほどそう思う。何せ、2〜4代目は王宮から出て来ず、贅沢三昧、男漁りばかり来た当初はしていたのだから。


 5代目に当たる彼女はそんな前代達に比べれば、毎日決められた時間に歌を歌い、自分達の顔を見に来てくれる。それだけでどれだけマシな事か。


 きっと彼女なら、この世界を本当の意味で救ってくれるだろうと、民達は思い、皆が決められた仕事へと戻っていく。


 そして、王宮に帰ってきたノアと呼ばれた聖女は殿下に手を握られたまま、自室までエスコートされると、最後に笑いかけて自室へと入る。


「はぁ〜〜つっかれたぁ〜! でも、気持ちいいなぁ〜! 皆が私を見てくれるのって!! あっちの世界とは段違いだし、異世界最高ー!!」


 ノア、と呼ばれたその少女は同時に表情を崩し、ベッドにそのまま飛び込んだ。聖女の為にと用意された5人寝ても問題なさげなベッドで聖女はだらだと転がるが、ノックの音に瞬時に体を起こす。


「はい」

「私だ。ジゼルだ」

「あ〜、あんたか。いいよ、入って」


 よそ行きの声が瞬時に切り替わり、彼女はまたベッドに身を委ねた。そして、扉を開けて入って来たのは背筋が伸びた凛とした美女だった。


 空を思わせる髪色を頭の上で結び、引き締まった体つきから伸びる手足はまるで彫刻のようだった。

 服を捲れば、下腹が乗っている聖女とは比べ物にならない、女性なら憧れる身体をしたジゼルはつかつかとベッドに近寄ると、ノアの腕を掴む。


「ひっ!? な、何!? 今日もちゃんと歌ったし、殿下にべたべたしないようにしてたじゃん!? なんか他に文句あるわけ!?」

「あるに決まっているだろう! 訓練はどうした? 聖女とあれど、基礎体力は必要だと王妃様から言われて時間割を渡されていただろう!」

「あっ、やばっ………忘れてた。で、でも私悪くないし、そ、そう! だって誰も教えてくれなかったから!」

「なら、誰かに聞くなりあっただろう!? しかもこれで3回目だぞ!? 聖女だからって何でもかんでもしてくれると思うな!」

「う、うるさい! 私がいなきゃ世界も救えないくせに、そんな事言っていいわけ? 殿下に言いつけるから!」

「やってみろ。その時は責任持って私が召喚された片割れを探しにいく。地下牢からどうやってか、脱出したようだがそれだけの行動力があるならお前より優れてるだろう。穀潰しが」


 ノアと呼ばれた聖女、もとい地球から召喚された彼女は言葉に詰まる。最初はそれはもう調子に乗っていた。

 自分が大好きな乙女ゲームに転生できた事は勿論、不登校歴10年を突破してやりこんだ甲斐があり、攻略対象を攻略するなど朝飯前。


 今では決められた日に歌うだけで、あとは部屋でゴロゴロしていても文句を言われない生活を送っていたのだが、ジゼルが帰って来てから話が変わった。


 ジゼルは王妃に怠惰に過ごす聖女の世話を任され、帰るにしろ、残るにしろ、最低限の教育は必要だと彼女を付き添いにしたのだが、ノアはそれを袖にした。


 由緒正しき、公爵令嬢たるジゼルは根気よく付き合った。それはもう、新しい世界に来たばかりで慣れてない彼女への配慮をしっかりして、その上で最早、役割以外のことを彼女には求めなくなった。


「ほんと、口煩いなぁ………うちのばばあかよ」

「お前の母も大層嬉しいだろうよ。お前みたいな穀潰しの世話を押し付けられたんだから」

「あっ、やっぱりー? 私は理想のヒモ生活出来るし、ババアはキレなくて済むし、WIN WINだよね!」

「言ってる意味は分からんが、皮肉も通じないとは恐れ入る。ここまで、成長する気もない女は初めてだよ」


 もはやため息すらつかない。此度の聖女は、歴代の聖女に比べれば悪意こそないものの自己中心的でコミュニケーション能力に欠ける社会不適合者と呼べるだろう。


 今はまだ、聖女らしき仮面を被っているが調子に乗ってボロが出るのは目に見えている。未だ、鳴皇が目覚めてないのに聖女たる『歌姫』と『舞姫』たる自分で何とか出来るのかと考えるばかりだ。


(それに加え、最近の亜人の動きもおかしい。耳人や魚人の動きからして厄災が起きているのかもしれないが………今だに要請がないとはな)


「にしてもお腹すいたなぁ。そうだ、あのメイドさん読んでよ! お茶会にしよ! お茶会!」


(それにあの片割れも怪しい………一目で分かった。アレは、怪物だ。私の事を見ていながら見ていなかった。恐らく聖女よりも上位の存在、そんなのが亜人側についたら)


「ねえってばー! 早く、ジャスミン呼んでよー! 今日はクリームティーがいいなー!」


(私達、人間は亜人以下の存在にされるかもしれない………それを踏まえても、どうにかしてこの女にやる気をださせないと)


 雛鳥のごとく餌を求める穀潰しを尻目に、ジゼルの背中を冷や汗が流れる。もし、自分の予想が当たっていれば、それは人族の終わりだ。

 何としても、次の厄災を聖女たちで抑えて求心力を維持せねばなるまいと、ジゼルは気を引き締める。


(ならば、やるべきことは1つか)


「あのー?」

「分かった。ジャスミンを呼んでクリームティーでも飲もう。今日は好きなだけ食べるといい」

「え! マジで!? 太っ腹じゃん!」

「──代わりにお前を次の遠征に連れていく」

「………は?」

「厄災が起きているかの調査だ。丁度、明日出発予定だからな。目指すは鬼人の里。あらゆる武器が集まる砂漠の都市だ」

「い、いやいやいや! そんなの私には危ないって! ジゼルだけで行って来なよ! 私はここにいるからさ!」

「悪いが甘いのはもう終わりだ。誰がなんて言おうとお前を連れていく。分かるか? 片割れがいる以上、お前が死んでも問題は私にはない。それとも、何だ? 今ここで死ぬか?」

「わ、わかった! わかったから! ねっ!? 殺さないで!? ねえってば!」


 ジゼルが手にしたバトンから、光が伸びて光剣になる。ライトセーバーやビームサーベルのようなそれに、ノアは引き攣った顔のまま頷くと、ジゼルは踵を返した。


 扉を閉めて、部屋の前で待っていた自分のお付きであるメイド、ジャスミンに指示をして、最後の晩餐になるだろうお茶会を開く。


「私が死のうと、聖女が死のうと問題無いはずだ。何せ、私の立ち位置すら金で買ったものだからな。誰にだって代わりはいるものだ」


 ただ1人、彼女は王宮を出る為に歩き出す。脳裏に浮かぶ美しく舞うダークエルフを思い浮かべながら。

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