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追放聖女? いいえ、私は女神です。

 ──きっと私は疲れているんだろう。


 珍しい仕事だった。有名ゲーム会社からのご指名依頼。ある乙女ゲームの物語を書いてほしいと。


 普段の私では書かない物語を作るのは非常に楽しかったし、書き上げた作品がゲームとして発売されて大ヒットだと聞いた時には肩の荷を下ろしたくらいだ。


 恋人の労いも受けつつ、ゆっくりと自分の部屋で休んでいたはずだった。

 だから、眠ってしまったのだろう。でなければ、あまりにもおかしいだろう。


「陛下! 聖女の召喚に成功いたしました!!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()西()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あまりのことにしばし茫然としていたら、それに気付いた歓声をあげていた人たちもだんだん落ち着いてきたらしい。

 一番偉そうなローブ姿の人がこちらに一歩進み出て口を開いた。


「して、どちらが『聖女』ですかな?」


 どちらとは? 思わずそのおっさんの目線をたどって見てみれば、私のすぐ後ろには、同じように茫然と座り込む女性がいたのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ゲームのユーザーだろうか。


 となれば、今の私たちはゲームのOPの段階にいる………つまり、次に彼女が取る行動は。


「わ、私が聖女です!! 何故なら、私は貴方の名前を知っているからです! ユスティーツ大司教に、それに………アルモニア殿下!!」


 しくじった。と舌打ちをする。本能であれ、愚者であれ最良の選択を彼女は選んだ。見知らぬ人の名前をいきなり当てる。少なくとも、只者ではない評価は得られるはずだ。


 そして、当然のようにその場にいた全員が驚いて、そしてその場にひれ伏す。なにしろ召喚されたばかりの人間が、いきなりその場にいる人の名前と地位を言い当てたのだ。


 であれば、誰もが思うだろう。


「おお! 素晴らしい! さすが『聖女』様です。我々はあなたを歓迎します。ぜひ我が国をお救いください」

「まあ喜んで」


 そして唖然としている私などは視界にも入れずにうやうやしく彼女の前で跪いたアルモニア王子は、彼女の手を取って、そして二人は仲良く連れ立って行ってしまう。


 私とした事がらしくない。初手から選択を誤るとは。残された私はゆっくり立ち上がり、膝についた汚れを払いながら視線を巡らす。


 逸らすもの。困惑するもの。訝しげにみるもの。

 疑うもの。頬を染めるもの。下衆じみた目をするもの。


 様々な視線に晒されながら、私の目の前に立つユスティーツ大司教にネグリジェの裾を掴んで頭を下げる。カーテシーという奴だ。礼儀はこれだと設定した覚えがあった。


「申し訳ございません。ユスティーツ大司教。どうやら、私は間違えて召喚されてしまったようです。どうか、私を本来の世界に帰していただけませんか?」


 そして、この設定もつけた。もし、この世界が私が書いた物語の通りならば主人公は最後のEDで帰還する事が出来るのだ。


 その時に好感度の高い攻略キャラと一緒に帰還するか、残るかを選ぶのだ。いやほんとに大変だった。マジで大変だった。攻略キャラ4人×2通りの結末だ。まあ、書いたのは私ですが。


 ともかく、聖女は彼女に任せよう。彼女はこの世界に鼻息荒くなるほど、興奮していた。つまり、やり込みのプレイヤーなのだろう。


 私がわざわざ残る必要もないし、ましてや大好きな恋人がいるのに、キャラを攻略する気にもならない。さっさと帰って、次のネタ出しにでも、


「すまんが、それはできん」

「して………今、なんと?」

「聖女ならばいざ知らず、ただの人間に対して使うほど容易い魔法ではないのだよ。悪いが、理解してくれるね? え〜、あ〜、貴殿、名前は?」


 あからさまに興味をなくした目、私の事なんて路傍の石のような扱い。まあ、それはいい。怒りを覚えるが仕方ない。理解はできる。


 ()()()()()信頼を得るのは慣れている。まずは自己紹介だと、頭を下げて恭しく、


「私の名前は柚愛──神名柚愛と申します」

「──今、なんと?」


 頭の上で、息を呑む音がした。疑問を覚えながら、顔を上げればそこには顔を真っ赤にした大司教の姿があった。


 怒りだ。怒りだけがそこにあった。自分の母が侮辱され、慰み者にされたとばかりの怒りに脳内の設定集を選ぶがそんなものはない。

 だが、答えは直ぐにわかった。


「貴様!! 邪教の女神を名乗るとは!! 悪しき者の手先だな!! 兵士!! こいつを地下牢にぶち込んでおけ!!」


 横から兵士が飛び出してきて、腕を掴まれる。いきなり召喚されて、乱暴すぎる扱いだが体力なめくじ以下の私にとっては暴れても意味がないのでそのまま連れていかれる。


 しかし、些かおかしい話だ。確かに、私が書いた物語『聖女の伴侶はラブソングが歌えない』に出てくる敵役として、邪教………『ノイズ』を設定した筈だ。


 ノイズはこの国の正しき流れを乱す存在として、設定しており、あらゆる場所で問題を起こしているのだ。

 そのせいで作物やら天候やらが乱れまくっており、主人公の『聖なる歌姫』………つまり、聖女は異世界で出来た親友『舞姫』と共に最後のピース『鳴皇』を探しつつ、問題を解決していく物語。


 その途中で仲良くなった攻略キャラが鳴皇として選ばれて結ばれるのだが、まあそれはどうでもいいだろう。


 問題は、私の名前がノイズの女神として扱われている事だ。実際、この世界を作ったのは私なのだから、女神として扱われるのは当然だろう。


「問題は、敵役の女神なんですよね………」

「ブツクサ何を言っている、この魔女め!!」

「確かに私は御伽の魔女(作者名)ではありますけども」

「自白したな!! ならば貴様のような下賤の魔女にはここが相応しい!! 貴様の首に縄がかかるまで大人しくしておくんだな!」


 死刑宣告と共にかびた匂いがする地下牢にぶち込まれた。石でごつごつした床に水捌けの悪い壁、トイレやベッドもなく、日本人の私にはあまりにも厳しい所だ。


「おい、見ろよ………女だ! 女が来たぞ!」

「おいおい姉ちゃん! おっぱい見せてくれよ!! 代わりにぶっかけてやるからよ!!」

「兵士さんよお! 鍵を開けてあの女、やらせてくれよお! そうすりゃもっと真面目に働くぜえ!!」


 その上、欲望に溢れた目線が私の胸や尻に刺さってくる。日本にいた頃から変わらないお猿さんたちに辟易しながらも、私はにっこりと笑う。


「皆さん、ここから出たくはありませんか?」


 目線が馬鹿な奴を見る目に変わった。指先で頭をくるくるするやつもいる。下半身に右手を当てる奴もいた。全員、馬鹿でどうしようもない奴だった。


「ねえ、その話。勝算はどのくらいかしら?」


 ただ一人を除いては。思わず上がった口角を隠して、右斜にいる牢に寄りかかった声を辿る。褐色の肌に、黒い髪の下から覗く長い耳の人物にもう笑うしかなかった。


 私の考えた設定通りに、その人がいるのだから。


「病気の貴女の妹を救う事も踏まえて、9割は約束しますよ? 『舞姫』候補から零れ落ちた亜人の姫君。ノイズ枢機卿のエリス?」


 エリスと呼ばれたダークエルフの彼女は少し目を見開くが、直ぐに目つきを鋭いものにする。


「………驚いたわ。私の妹すらも知っているのね。なら一つ聞かせて? 貴女は何者? 私を信じさせてくれるのかしら?」

「貴女が私の言う通りに従うならば、導いてあげましょう。まずは1つ、ここから出ます。そうすれば、いやでも信じてくれますよね?」

「………そうね。じゃあ、まずはそこから出てみなさい。親切心から言うけど、この地下牢で弱い女の末路は2つよ? 病気で死ぬか」


 何処かの扉が開く音がする。足音を立てて、筋肉達磨がやってきた。兵士なのだろう。そいつは牢越しに私を見てニヤつくと、鍵を取り出し、牢へと入ってくる。


「──そいつにおもちゃにされるかよ? まずは生き延びてみなさいな。期待しないで待ってるわ」

「なら貴女に見せてあげますよ。運命に愛された悪魔の力を、ね?」


 さあ、始めましょうか。

 私が恋人の下に帰るまでの物語を。

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