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9話「協力者」

「クラウス、頼みがある。」


「何でしょうか?」


「俺と一緒に街に降りる。そのあとで説明する。」


「かしこまりました。」


クラウスはすぐに頷いた。その態度には迷いがなく、彼の忠誠心が伝わってくる。


おれはクラウスを連れて、街の路地裏に向かい、ある店の前で立ち止まった。


店は普通の酒場のように見える。看板には「スケルトン」と書かれ、骸骨のマークが描かれている。


「ここは……?」


クラウスが怪訝そうに尋ねる。


「ここは、俺が先日買い取った場所だ。ついでに少し改修して、使いやすくした。」


おれは懐から仮面を取り出し、それを顔につけた。黒が基調で、禍々しいデザインの仮面が視界を覆う。その装飾は、この世界の物語に出てくる「亡霊騎士アリアハン」を彷彿とさせるものだった。


「それは……「亡霊騎士アリアハン」の仮面ですか?」


クラウスが不思議そうな顔で尋ねる。


その仮面は物語『亡霊騎士アリアハン』に登場する、国に濡れ衣を着せられながらも陰で国のために戦い続けた伝説の騎士を象徴するものだった。


亡霊騎士アリアハンは、国に裏切られ罪人として追われながらも、己の正義と信念に基づいて国を救うために暗躍したダークヒーロー。目的のためなら手段を選ばず、時には冷酷非道な行動すらも辞さなかった。だが、その冷徹な行いの裏には国を救いたいという純粋な想いがあり、その孤高の姿は多くの人々の心を惹きつけた。


その仮面をかぶるということは、アリアハンのように信念を貫き通す覚悟と、真実を知らぬ人々から憎まれることを受け入れる覚悟の象徴だ。『亡霊騎士アリアハン』は特に若い世代からの人気が高い。


――仮面の奥にあるのは、顔を隠すための単なる道具ではない。リカルドにとってそれは、己の信念を映す鏡であり、目指すべき覚悟の象徴でもあった。


「ああ、これからは、俺がリカルド・フォウ・レーベンシュタインだということは秘密にする。」


「……秘密に、ですか?」


「そうだ。これから行う計画は、俺が領主家の人間だとバレたらすべてが台無しになる。」


おれは低い声で続けた。


「この仮面は、俺が作り上げる新たな存在の象徴だ。『亡霊騎士』……いや、それ以上のものになる。」


クラウスはしばらく沈黙した後、深く頷いた。


「わかりました。」


扉を開けると、広い店内に奴隷たちが集められていた。総勢9人。誰もが見慣れない環境に緊張しているのがわかる。


「これは……奴隷?」


クラウスが驚きと困惑の表情を浮かべる。


「ああ、俺が先日買った奴隷たちだ。彼、彼女らには今後、ここを拠点として活動してもらう。」


おれは振り向き、クラウスに視線を向けた。


「おまえにはこれから、この奴隷たちに仕事を教えてほしい。」


「仕事……ですか?」


一人のメイドが不安そうに問いかける。


「ああ。ここの酒場と、近くの宿屋、その他にも服屋や雑貨屋なんかを買い占めた。まずは生活基盤を整えつつ、各自の適性を見極めていく。そうして少しずつ、この街に根を張らせる。」


「なぜ、屋敷に連れて行かないのですか?」


「いい質問だ。」


おれは頷きながら答える。


「この人たちは、今後俺主導のもとで裏の仕事をすることになる。」


「裏の仕事……?」


「そうだ。その際に、万が一身元がばれたとき、『俺が購入して屋敷にいた奴隷だ』となったら、面倒なことになる。屋敷と関係がないことを明確にする必要があるんだ。だから屋敷には連れて行かない。彼らの拠点はこの店と宿屋だ。」


説明が終わり、部屋には一瞬の沈黙が訪れたが、クラウスは真剣な表情で頷いた。


さて。


おれはゆっくりと振り向き、集まった奴隷たちを一瞥した。彼らの表情には緊張と不安、そしてわずかな希望が入り混じっている。


「初めまして。おれが、おまえたちを買った主人。そうだな.....『クロ』とでも名乗っておこう。」


おれの声が部屋の静けさに響く。奴隷たちの中には驚いた表情を浮かべる者もいるが、誰も口を開かない。


「おまえたちの事情は聞いている。体が男性だが心が女性のやつ、忌み子として売られた双子、片腕を失った剣士、人殺しの獣人、病気のエルフ……。」


その言葉に反応して、何人かが体をびくりと震わせた。中には目を伏せる者もいた。


「だが、おまえらの事情なんかどうでもいい。」


おれは冷たくそう言い放った。


「ここには服も、住む家も、食べ物もある。だが、おまえたちを鞭で叩き、言葉の暴力で抑圧するような奴らはいない。ただ、おまえたちにはここで俺の計画を手伝ってほしい。それだけだ。」


おれは息をつき、さらに続けた。


「だが、俺に従いたくない奴は、ここから出て行ってくれ。おれは何も強制しない。」


奴隷たちの間にざわめきが広がりかけたが、すぐに静まり返る。


「こればかりは無理やりやらせてできることではない。俺に従う限り、おまえたちの生活はこの俺が保証する。だが、出て行くなら保証はしない。ただ、奴隷という身分から解放されるだけだ。」


おれは一拍置き、奴隷たちを見渡して言った。


「さて、選べ。ここに残り、俺に従うか。それとも去って、自由になるか。」


部屋は静寂に包まれた。誰も動かない。誰も口を開かない。その静けさは、奴隷たちの心に葛藤と覚悟が交差している証拠だ。


「そうか。感謝する。」


そして、力強い声で宣言した。


「では、ここにいる者の生活を、このおれが保証しよう。」


その言葉に、何人かの奴隷が堪えきれずに泣き出した。涙を流しながらも、彼らの目にはわずかな光が宿っている。


「詳しいことはまた連絡する。それまでは、このクラウスに従い、生活と仕事を覚えてくれ。」


おれはクラウスを指し示し、最後に奴隷たちを一瞥してから踵を返した。


「任せたぞ、クラウス。」


「承知いたしました。」


クラウスは深々と頭を下げ、その声にはこれ以上ないほどの覚悟が込められていた。


これで、あの奴隷たちは簡単なことではおれを裏切らないだろう。


おれは心の中でそう確信していた。わざわざ訳アリの奴隷たちを買ったのには理由がある。


彼らは一様に迫害された身だ。体が男性で心が女性だったり、忌み子とされて売られたり、片腕を失ったり、獣人であるがゆえに差別されたり……。彼らの境遇はジェイドに似ている。


だからこそ、彼らが求めているものを提供すれば、忠誠を尽くすだろう。


おれは彼らにとって「そうではない場所」を用意した。心を利用するような形にはなるが、仕方がない。領地を救うためには、この計画を進めなければならないのだ。


おれはそう考えながら、買った宿屋の一室に足を踏み入れ、仮面を取る。


「調子はどうだ。」


ベッドで横たわっているエルフ、ルピに声をかける。彼の隣にはメリッサが付き添い、看病していた。


「だいぶ衰弱しています。生きているのが不思議なくらいです。」


メリッサは心配そうに話しながら、濡れた布でルピの額を拭う。


「リカルド様、本当に例のものを?」


メリッサが問いかける。おれは静かに頷き、懐から一つの高級そうな瓶を取り出した。


「これを手に入れるのに苦労した。」


おれが手にしているのは、魔法のアイテムの中でも最高級品とされるエリクサーだった。その澄んだ黄金色の液体が瓶の中で揺れている。


「エリクサーを使うなんて……。」


メリッサが目を見開く。エリクサーはどんな傷や病も癒すと言われる貴重な代物だ。その価値は領主でも簡単に手に入れられるものではない。



「そう言うな、このまま放っておけば、ルピは死ぬ。もし仮にメリッサが病気になっても、迷いなくエリクサーを使うさ。」


その言葉に、メリッサが少し顔を赤くして俯く。


「そういうところがずるいんですよ……もう…。」


「?いかんせん、彼女にはまだやってもらうことがある。この命を失わせるわけにはいかない。」


おれは瓶の栓を開けると、ルピの口元にそっと液体を流し込む。その黄金色の液体が喉を通ると、ルピの体は一瞬痙攣するように動き、次第に穏やかな呼吸を取り戻した。


しばらくすると、ルピが目を覚ました。


「ここは……?」


かすれた声で問いかける彼女に、おれは椅子に腰掛けながら答えた。


「俺が買った宿屋の一室だ。」


ルピは目を細めておれを見つめ、次第に記憶が戻ったのか、小さく驚いた声を漏らした。


「あなたは、あの時の……。」


その緑の髪が微かに揺れ、病み上がりの儚さを際立たせている。


「リカルド・フォウ・レーベンシュタインだ。それより、体の調子はどうだ?」


おれが尋ねると、ルピはぼんやりと自分の手を見つめ、次第に何かに気づいたように目を見開いた。


「あれ……わたし、なんで……?」


ようやく自分の体が軽くなっていることに気づいたらしい。


「リカルド様が救ってくださったのです。エリクサーを使って。」


その言葉に、ルピは一瞬青ざめた。エリクサーの価値を知っている彼女は、突如としてベッドから起き上がり、土下座をした。


「助けてくださりありがとうございます! しかし、私には……払えるものがありません……どうしたら……。」


おれが口を開こうとしたその瞬間、ルピが顔を赤く染めながら、震える声で言った。


「か、体でお支払いしましょうか……?」


「え?」


さすがのおれも戸惑った。しばらく沈黙が流れる。


横目でメリッサを見ると、彼女の眉がぴくぴく動いているのがわかる。まずい。


「ルピ、顔を上げてくれ。お代はいらない。それに体もだ。」


「で、でも……。」


「その代わり、俺の計画を手伝ってもらう。」


「計画……?」


「そうだ。だが、その病み上がりの体じゃ何もできない。まずはしっかり休んで、回復させることだ。それが命令だ。」


ルピは少しの間驚いたようにおれを見つめていたが、やがて静かに頷いた。


「……わかりました。」


おれはルピの体調に一応の安心を覚えつつ、メリッサに視線を向けた。


「メリッサ、しばらく付き添ってやれ。」


「かしこまりました。」


おれは部屋を後にしながら、エリクサーを使った価値が計画に繋がるよう、次の手を考え始めた。

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