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8話「計画」

計画が動き出して数日。おれは奴隷商を訪れていた。


「これはこれは、リカルド様。わざわざお越しいただけるとは……。」


目の前で頭を下げる奴隷商人を見て、おれは内心で舌打ちした。こいつはジェイドを所有していた奴だ。正直、1ミリも好きになれない。だが、またここに来たのには理由がある。


奴隷商に来る理由なんて一つだ。奴隷を買うため。


今回の計画では、俺に繋がる疑惑を防ぐために、闇組織が必要だ。犯罪の実行や暗殺の隠れ蓑となる組織を作り、その上でおれが裏で手綱を握る必要がある。そうしなければ、組織が暴走した時に俺自身が危険にさらされるからだ。


とはいえ、組織を動かすには、まず信用できる人材が必要だ。ジェイドは戦闘要員として優秀だが、一人では足りない。そこで、おれは戦闘奴隷に目を付けた。


奴隷は「主人に危害を加えられないようにする魔法」がかけられている。正直、日本で育った記憶があるせいで、奴隷制度そのものには肯定的になれない。だが、贅沢は言ってられない。領地の未来を守るためには、この手段を使うしかないのだ。


「こちらへどうぞ、リカルド様。」


奴隷商人が恭しく手を広げ、おれを案内する。


奥の部屋に進むと、数人の奴隷が並ばされていた。鎖で繋がれた彼らは痩せこけた者もいれば、逆に筋肉隆々の者もいる。その中で、商人が一人の奴隷を指し示した。


「こちらはいかがでしょうか?以前、王都の闘技場で何度も勝利を収めた者でございます。戦闘能力は申し分ありません。」


指された奴隷は、まだ若い男だった。短髪で鋭い目つき。傷跡が体に刻まれているが、その目は生気を失ってはいない。


おれは目の前に紹介された奴隷の男をじっと見ていたが、すぐに結論を出した。


「こいつはダメだ。」


理由は明白だった。奴隷商人の説明では、こいつは犯罪者らしい。荒々しい目つきに加え、体中に刻まれた傷跡と暴力的な雰囲気がそれを物語っている。確かに戦闘能力は高そうだが、それだけでは十分ではない。


これからの闇組織を任せる者は、万が一失敗した場合、おれの正体に繋がる可能性がある。だからこそ、忠実に命令に従い、信頼できる人間でなければならない。戦闘能力だけではなく、性格や忠誠心も重要だ。


「他の奴隷を見せろ。」


おれは商人にそう言った。奴隷商人は少しだけ困惑したようだったが、すぐに笑顔を取り戻し、別の奴隷を案内し始めた。


一通り案内を受けながら戦闘奴隷を見て回った。だが、どれも今ひとつだった。


中には筋肉隆々で明らかに強そうな奴隷もいたが、目に映るのは傲慢さや計算高さばかりで、どこか信用ならない。戦闘奴隷としての能力だけでなく、その背後にある性格や価値観が、おれにとってどうにも引っかかった。


「どうです?リカルド様?」


商人が期待に満ちた声で聞いてくるが、おれは首を横に振った。


「ダメだ。どれも信用できない。」


いくら魔法による制約があるとはいえ、あいつらに任せるのは危険すぎる。


おれは心の中でそう呟き、少し苛立ちながら次の手を考えた。この計画を進めるためには適切な人材が必要だ。だが、今のところ目ぼしい奴が見つからない。


「戦闘奴隷じゃなくてもいい。他の奴隷も見せてくれ。」


おれがそう言うと、奴隷商人は少しだけ戸惑いながらも、「わかりました。こちらへどうぞ」と言い、おれを別の場所へ案内した。


そこには、いわゆる「普通の奴隷」が収容されている牢屋があった。男も女も、若い者も年老いた者もいて、全体的にやつれた顔をしている。


おれはその一人ひとりを観察して回ったが、どれもピンとこなかった。


「……ダメだな。」


おれが呟くと、奴隷商人はますます縮こまったように見えた。おれの表情が険しいのを感じ取ったのだろう。


その時、ふと目に留まった別の牢屋を指さした。


「あっちの牢屋は何だ?」


「……あちらは、訳アリの奴隷たちが集められています。」


奴隷商人は困ったように答える。


「値段も安く、買い手もつかないので、リカルド様には合わないかと……。」


「かまわん、見せろ。」


おれの言葉に奴隷商人は渋々頷き、鍵を取り出してその牢屋へと案内した。


そこには、訳アリと呼ばれる奴隷たちが収容されていた。


奴隷商人の説明を聞きながら回ると、確かに「普通ではない」奴隷たちが多かった。


体は男だが、女性の心を持った奴隷。忌み子として捨てられた双子の少女。片腕を失った元剣士。などなど。


なるほど、地球で言ういわゆる「マイノリティ」に属する人たちか。


マイノリティとは、「少数者」を意味する。LGBTや身体障がい者、精神障がい者などだ。


その中で、おれは獣人の奴隷に目を留めた。


「獣人か……初めて見たな。」


彼らは容姿こそ人間に近いが、尻尾や頭に動く耳が生えている。その特徴が妙に印象的で、おれはしばらく目を離せなかった。


さらに視線を移すと、隣の牢屋には、耳の尖った種族がいることに気づいた。


「あれは?」


「……あれはエルフでございます。」


奴隷商人は淡々と説明する。


「本来なら非常に高い値段が付くのですが、あやつは病気でして、買い手がつかず困っております。」


まるで道具扱いだな……。


おれは自分の中でその言葉を飲み込んだが、胸の中に苛立ちが渦巻くのを感じた。


「エルフの奴隷をこっちへ。」


おれがそう言うと、奴隷商人は一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに従い、鍵を取り出して牢屋を開けた。中から引きずられるようにして連れてこられたのは、一人のエルフの奴隷だった。


その姿を見て、おれは思わず目を細める。


女性だろうか。綺麗な顔立ちだが、病気のせいか痩せこけ、肌は青白く、翡翠の髪は乱れていて、黄色の目はどこか虚ろだ。


おれはしゃがんで目線を合わせた。


「おまえ、名前は?」


おれが問いかけると、エルフはか細い声で答えた。


「……ルピ。」


「ルピ、まだ生きたいか?」


その言葉に、ルピはしばらく黙っていた。しかし、目を見開き、ぽつりぽつりと涙を流し始めた。そして、震える声で答えた。


「生きたいです……!」


その言葉に、おれは静かに頷き、立ち上がった。


「買う。」


奴隷商人は驚き、声を上げた。

「り、リカルド様、こやつは病気ですよ?治療費もかさみますし、使い物になるかどうか……。」


「構わん。」


おれは冷たい声で言い放った。


「それと、ここの牢屋にいる者すべてを買う。一人残らずだ。」


「……すべて……ですか?」


奴隷商人は目を見開き、言葉を詰まらせた。


「そうだ。」


おれはそれ以上の説明をしなかった。おれがすべてを買う理由を彼に話す必要はないからだ。


「買った奴隷は3日後、ここに届けろ。」


おれはそう言って、必要な金額と詳細が書かれたメモを渡した。


「……は、はい……。」


奴隷商人はおずおずと頷き、メモを受け取った。その手はわずかに震えている。


おれは立ち去ろうとしたが、ふと思い立ち、もう一度彼の方を振り返る。そして、懐から小さな革の袋を取り出した。それは小銭が入った袋だ。


「それと。」


おれは袋を奴隷商人に手渡しながら言った。


「俺が奴隷を購入したことは、誰にも言うな。いいな?」


奴隷商人は袋の重さを確かめるようにしながら、小さく頷いた。


「も、もちろんでございます……!」


おれはその返答を確認すると、何も言わずに背を向けた。計画は着実に動き始めている。その一歩を踏み出した感覚に、おれは静かに息をついた。


おれはひとまず屋敷に帰ると、一人の男が話しかけてきた。


「よう、リカルド、帰ったか。」


声の主はガルザスだ。彼はおれに6年間剣を教えた後、「もう教えることは何もない」と言って屋敷を出たが、計画のためにおれが再び呼び戻した。


「ガルザス、ジェイドはどうだ?」


おれが尋ねると、ガルザスはにやりと笑いながら答えた。


「いいね。戦闘奴隷だったからか、実戦慣れはしてる。動きが素早く、力もある。正しい剣術さえ覚えたら、ほぼ敵なしだ。さすがはイガルダ族だな。」


「ガルザスにそこまで言わせるとは、イガルダ族ってのはそんなにすごいのか?」


おれが尋ねると、彼は昔を懐かしむように語り始めた。


「俺は昔、戦場でイガルダ族の奴隷と対峙したことがあるんだ。あれは……強かったな。とにかく素早くて、攻撃の重さも尋常じゃなかった。命からがら逃げきったぜ。」


「そこまでか。ジェイドには期待できそうだな。」


ガルザスは深く頷いた。


「間違いない。お前の護衛としても十分だし、それ以上の働きも期待できる。だが、奴隷の頃のやり方だけに頼っている部分があるから、正規の剣術を身につけさせる必要があるな。」


「それなら頼んだぞ、ガルザス。」


「わかってる。お前のために引き受けたんだ。みっちり鍛えてやるさ。」


そう言ってガルザスは自信たっぷりに笑った。


ジェイドの成長が計画の成功に大きく寄与することを確信しながら、おれは次の準備に取り掛かることを考えた。

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