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25話「束の間の」

おれはスケルトンの地下室に赴き、ルピから渡された紙に目を通す。そこには特務隊の候補者として挙げられた一人の男の情報が記されていた。


「これが例の『特務隊』の候補か。」


「はい、条件には合致しているかと思います。」


ルピがそう答える間も、おれは紙をじっくりと読み進める。記載されている情報は詳細で、その男が持つ実績や特徴、過去の経歴まで網羅されている。


「そうか、よくここまで調べたな。この男が今王都にいることは間違いないか?」


「はい、私がこの目で確認しております。接触はまだしておりませんが、所在は把握しています。」


ルピの冷静な口調が部屋の静寂に響く。


「王都か……。」


王都といえば、例の「血の王冠」という組織とも抗争が続いている場所だ。以前ドロテアから報告を受けていた問題が、また思い浮かぶ。そして、王都からもいくつか書状が届いていたのを思い出す。


「ちょうどいいな……。」


おれは決断した。タイミング的に悪くない。特務隊候補の男への接触、抗争相手の「血の王冠」への対処、書状の内容——課題は山積みだが、同時に対処することで効率よく進められる。


「よし、決めたぞ。ルピ、王都に発つ準備をしろ。」


「と、いうことで、俺は王都に行く。」


ここは会議室だ。メリッサやクラウスを始め、数多くの責任者が集められている。


「つまり、卒業までの残り短い期間だけでも王都の学院に来てくれと……?」


ジェイドが眉をひそめて問いかける。


「ああ、そういうことだ。」


俺は少し肩をすくめた。


「今年で俺は15歳。12歳で領主になって以来、領地の経済を立て直し、盗賊や侵略者を撃退してきた。そして最近では子爵から伯爵へと昇格した。学院側からすれば、これだけの実績を持つ若き領主は宣伝にもなるんだろう。」


「たしかに、そう言われてみると新領主にしてはとんでもない功績ですね……。」


メリッサが感心したように呟く。


「もちろん俺だけの功績じゃない。領地のみんなの協力があったからだが、どうやら、俺を引き込むことで学院の箔を上げたいらしいな。」


「でも大将、どうして突然行く気になったんです?」


レイブンが尋ねてくる。


「どうせ行くなら、王都の学院で優秀な人材でも確保しておこうと思ってな。あそこには貴族だけじゃなく、優秀な平民も通っている。それに、他の貴族たちの動向を知るのにも都合がいい。」


実際には特務隊候補者の勧誘や、「血の王冠」との抗争もあるが、そこまで明かす必要はないだろう。理由付けはこのくらいで十分だ。


「話はわかった。だが、領主がいなくなったあと、領地の運営はどうする?領主代理を立てるのか?あと、王都への護衛はどうするのか、決めることは多い。」


リトが発言する。もっともな指摘だ。


なんでおまえはため口なんだ。という顔をした者が何人かいるが、本人の希望もあり俺が許可した。メリッサが睨んでいる。


「その辺りも考えている。まず、王都には俺とメリッサだけで行く。」


「えっ、私だけですか!?」


「お待ちください!護衛は必要です!」


「落ち着け、ジェイド。メリッサはおれの使用人として来てもらう。メリッサなら同年代だし、学院にいても不自然じゃない。それに、俺がいない間領地の防衛も心配だ。」


ジェイドが口を開こうとするのを制し、俺は続けた。


「それに、俺直属の配下をこっそり連れていくから大丈夫だ。」


ルピのことを直接言うわけにはいかない。ここにはその存在を知らない者もいるからだ。だが、ジェイドにはこう言えば通じるだろう。


「領地の運営は?」


「それはクラウスを中心にしておけば問題ない。重要なことがあれば、クラウスに言え。俺との連絡手段を持っている。」


「わ、わたしを代理に……?」


「領主が不在だと言うのは領民に伝えますか?」


「いや、伝える必要はない。どうせ短い期間だ。そのままいこう。」


「今は戦争の危険性もない。問題はないか。」


リトが軽くうなずいた。


「よし、これでいいだろう。」


俺は全員を見渡しながら、話をまとめた。


「あともう一つ、彼女を軍に加える。」


俺はみんなに彼女を紹介した。横から獣人の戦士が出てくる。テレーザはいつもの表情で、会議室に入ってくる。


「テレーザ・セイブン。元冒険者だ。よろしく頼む。」


レイブンが腕を組んで口を開く。


「冒険者を軍に?」


「ああ、そうだ。腕がいいと噂の冒険者がいたからな。軍に誘ってみたら乗ってくれた。『レッド』の冒険者だから腕は確かだ。」


実際にはそういう表向きの設定に過ぎない。テレーザには軍の戦力増強を理由に、デュラハンを抜けてもらい軍に入ってもらった。だが、レイブンを始め多くの者はデュラハンの存在を知らないためこれを説明するつもりは毛頭ない。おそらくメリッサあたりは察しているだろうが、口に出すことはないだろう。


俺は視線をリトに向ける。小人族の軍師は腕を組んで微笑みながら言った。


「いいじゃないか。元冒険者でも、戦力が増えることは嬉しいことだ。」


軍も旧カリント州の兵士も取り組んでまた大きくなった。それをまとめれる優秀な配下は必要だ。でも、テレーザを軍に引き込んだのにはもう一つ理由がある。


「リト、俺がいない間軍の責任者はお前だ。基本好きにしていいから軍を強化しろ。」


「ああ、全力を尽くそう。」


リトは爽やかな笑みを浮かべる。テレーザを引き込んだもう一つの理由、それはリトを監視するためだ。リトはまだ謎が多い。俺がいない間監視させる役目は必要だろう。それをテレーザに担ってもらう。


「テレーザ、これから軍の一員として頼む。今後は実戦も増えるだろう。期待している。」


「はい。」


テレーザは元気よく返事をする。


「さて、会議を続けよう。報告に上がっているサエナ村の魔物騒動だが……」


こうしてこれたちは会議を続け、いつものように一日は終わった。



――――――――――――――――――――――――――――




おれは久しぶりに兵舎を訪ねた。王都に発つ前に軍の状況を確認しておきたかったからだ。兵舎の広場に近づくと、何やらざわめきが聞こえる。声のする方へ足を向けると、多くの兵士たちが円になって中心を見ている。まるで何かの見世物が行われているようだった。


何をやっているんだ……?


おれは人ごみをかき分けて輪の中心に近づいた。


そこには、二人の人影があった。一人は兵士の男、そしてもう一人はテレーザだ。彼女は両手に木剣を持ち、兵士を前に構えていた。


「やあああああ!」


兵士が大きな声を上げながらテレーザに向かって剣を振り下ろす。だが、その動きは彼女の前では遅すぎた。テレーザは軽やかに体をかわしながら、二振りの木剣を瞬時に振るい、兵士の脇腹と膝裏を同時に打った。


「ぐっ……!」


兵士は崩れ落ち、そのまま倒れる。広場がどよめいた。


「はやい……。」


「あれが『俊狼』か……。」


「おい、今の動き見えたか?」


周囲の兵士たちがざわざわと声を漏らす。その目はテレーザに釘付けだった。


「さあ!他に骨のある奴はいないのか!?」


テレーザが肩越しに髪を払い、鋭い目つきで周囲を見回す。その挑発的な言葉に、何人かの兵士が顔を見合わせるが、誰一人として前に出る者はいなかった。新入りとはいえ、テレーザの力は群を抜いている。それを誰もが感じていたのだろう。


圧倒的な実力で兵士たちを制圧している姿に、軍の新たな戦力として申し分ないと感じる。あれなら、これからの軍でも問題なさそうだ。


その時、テレーザの耳がぴくりと動き、おれの方を向いた。鋭い視線が合う。


「リ……リカルド様!」


彼女が驚いたように声を上げると、周囲の兵士たちが一斉におれを見る。すると、瞬く間に全員が直立し、敬礼の姿勢を取った。


「リカルド様!?」


「リカルド様だ!」


その場が静寂に包まれる。おれは人々の視線を浴びながら思った。……目立ってしまったな。


「みんな、崩してくれ。おれはただ様子を見に来ただけだ。」


そう声をかけるが、兵士たちは敬礼を崩していいものかと迷い、おどおどした様子を見せている。困ったな、と内心ため息をつく。


「そうだ。せっかく来たし、誰か相手をしてくれないか?久しぶりに体を動かしたい。」


その言葉に、兵士たちは驚きの表情を見せる。ざわざわと広場がざわついた。


おれは近くの兵士から木剣を受け取り、中央に出る。


「さあ、誰か挑戦者はいないのか?」


だが、兵士たちは全員、どこか遠慮がちに目をそらす。無理もない。相手は領主。もし万が一、怪我でもさせたら責任問題になる。


「もしおれに勝ったやつがいれば、軍の指揮官にしてやる。領主の名において誓おう!」


その一言で、兵士たちの態度が変わった。ざわめきがさらに広がり、目の色が変わった者もいる。すると、一人の若い兵士が手を挙げ、堂々と前に出る。


「自分にやらせてください!」


「おお、いい度胸だ。名前は?」


「バルク・レイフィルです!」


「バルクか。よし、構えろ。」


おれは木剣を軽く構え、兵士が準備を整えるのを待つ。バルクは息を整えながら、木剣をしっかりと握りしめて前に出た。


「いつでも来い。」


「はああああっ!」


力強い一撃が放たれる。だが、その大振りな動きには隙が多い。おれは瞬時に間合いを詰め、軽く木剣を振り抜く。バルクの剣があっさりと弾かれ、彼はバランスを崩して尻もちをついた。


「この間合いで大振りは悪手だぞ。」


周囲から「おおっ」と驚きの声が上がる。兵士たちが固唾を飲んでその様子を見守る中、おれは剣を軽く肩に担ぎながらバルクに手を差し伸べた。


「さあ、次は誰だ?」


おれは周囲を見渡した。だが、今の一瞬を見て、兵士たちは全員が勝てないと悟ったのだろう。手を挙げる者はいない。空気が静まる。


その時、一歩前に出る者がいた。


「わたしが。」


テレーザだ。赤毛の獣人娘が二本の木剣を構えて、おれを見据える。


やはり来たか。


「いいだろう、こい。」


おれは木剣を軽く構え直す。テレーザが相手となれば、先ほどの兵士とは違い、本気を出さざるを得ない。油断できる相手じゃない。


「リカルド様とテレーザ殿か……。」


「おい、おまえどっちが勝つと思う?」


「さすがに領主様だろ、さっきの動き見たか?」


「いや、テレーザ殿も元レッドの冒険者だぞ?」


周囲からざわざわと話す声が聞こえてくる。興奮と期待が入り混じった雰囲気の中、静寂が訪れる。


一瞬、時が止まったような感覚。


そして、先に動いたのは——おれだった。


「!?」


テレーザの耳がピクリと動く。おれから仕掛けるとは思わなかったのだろう。だが、「流星剣流」はもともと攻撃特化の流派、これが本来の戦い方だ。


おれは剣を振り下ろす。テレーザは即座に反応し、二本の剣をクロスさせて防いだ。剣がぶつかる音が響き、風が巻き起こる。二人の間に強い緊張感が走る。


だが、おれはすかさず次の攻撃を繰り出す。横、上、下——全方向から連続で打ち込んだ。剣の軌道は鋭く、速い。一撃でも受け流せば間合いを崩されると、テレーザもすぐに悟ったのだろう。


「ぐっ……!」


テレーザは押される。全力で防ぎながらも、わずかに後退していく。


(守りに徹しては勝てない……!)


テレーザは確信した。リカルドの剣は防御だけではいずれ押し切られる。跳ぶように後ろに飛び、間合いを取る。そして、一瞬腰を落とし、鋭い動きで地面を蹴った。


テレーザはおれの周囲を回るようにぐるぐると走り始めた。その動きは円を描くように滑らかだが、徐々にその速度が上がっていく。回るたびにその速さは目に見えて加速し、周囲の兵士たちの間からどよめきが上がる。


「な、なんだあの速さ……!」


「見えない…!」


テレーザは片方の剣を口にくわえ、四足歩行の態勢に移行した。その瞬間、さらに加速する。地面を蹴る音が連続し、彼女の残像が見えるほどの速さだ。


おれは目を細め、その動きを冷静に追っていた。だが、さすがにおれでも完全に捉えるのは難しい。この速度、完全に俺を超えている。


……強くなったな、テレーザ。


おれは内心、感慨深く思う。これが彼女の冒険者時代の得意技。徐々に加速し、獣人ならではの俊敏性を最大限に活かして、最高速度で敵を仕留める必殺の一撃だ。これこそ「俊狼」の名を冠する所以。


だが——。


おれは剣を腰に構える。腰を深く落とし、刀身を体の横に水平に置く。居合のような構えだ。全身の神経を極限まで集中させ、一瞬のタイミングを見極める。テレーザの動きが最高速度に達したその瞬間、彼女が飛び込んできた。


「――!」


テレーザは口から剣を離し、再び二刀流に戻る。そしてその両剣を振り抜き、全力の一撃を繰り出してきた。


そのタイミングで、おれも剣を振り抜く。


「『流星剣流・彗星の太刀』!」


剣が交差し、鈍い音が響いた。その刹那、木剣が宙を舞う。折れた剣だ。おれの剣も、テレーザの剣もどちらも折れている。


テレーザがその場に着地し、息を切らせながら木剣の残骸を見つめる。おれも剣を下ろし、微笑む。


「ここまでだな。」


テレーザは驚きと悔しさをにじませながらも、すぐに深く頭を下げた。


「ありがとうございました、リカルド様……。」


「ああ。」


おれは確信した。テレーザはもっと強くなる。そしていずれは……。


「さあ、他にはいないのか!」


俺は来るかもしれない未来を考えながら、日が暮れるまで他の兵士の相手をした。

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