17話「新しい仲間」
盗賊の部下たちは、一斉に剣を引き抜き、リカルドに襲い掛かった。
「全員で行け!あのガキを捕まえろ!」
レイブンの叫びに応じて、五人の男たちが剣を振りかざして一斉に突進する。
リカルドはその場に立ち尽くしているように見えたが、次の瞬間、大地を蹴る音が響く。
「……え?」
盗賊の一人が困惑した声を上げる。目の前にいたはずの少年が、まるで煙のように消えた。
(消え――)
男の思考が追いつく前に、彼の体が宙に浮いた。
「がっ――!」
彼の体は弧を描き、地面に叩きつけられる。その視界が闇に覆われる直前、仲間たちが同じように宙を舞っているのが見えた。
リカルドはすれ違いざまに三人をほぼ同時に打ち倒した。剣を振り上げる前に、彼らの動きを見極め、的確に攻撃を加えていた。
残りの二人も目を見開きながら後ずさるが、リカルドの動きは彼らの予測をはるかに超えていた。一人が首元に鋭い衝撃を受けて崩れ落ちる。もう一人も間髪入れず、腹部に重い一撃を受けて膝をついた。
全員が倒れるまでに、剣が振り下ろされることはなかった。
「ちっ!化け物を従えるやつも化け物か!!」
レイブンは舌打ちしながら剣を抜き、リカルドに向かって突進する。
リカルドはその鋭い斬撃を冷静によける。すぐに体を反転させ、腹部へ剣の側面を振るうが、レイブンは剣を構えてその攻撃を防いだ。
「!」
二人は互いに距離を取り、静かに間合いを計る。
今のを防ぐのか……やるな。
レイブンは一瞬、地面に転がる部下たちに目をやる。
「峰打ちとはどういうつもりだ?全員捕まえて公開処刑にでもする気か?」
「さあ、どうだろうな。大人しく捕まったらわかるぞ。」
リカルドの冷たい言葉に、レイブンは顔をしかめる。
「あぁそうかよ!」
レイブンは叫びながら再び突進し、剣を大きく振りかざした。
「『轟気流・鋼砕き』!」
全力の一撃を繰り出す。剣から生み出された激しい斬撃が、後方の木をなぎ倒す。
リカルドは跳躍してその攻撃をかわす。空中に逃れた彼は、剣を鞘に納め、両手を合わせて指先をレイブンに向けた。
「何を……!」
レイブンは目を見開く。
イメージするのは前世で見た水流切断機……まず、水流を高圧で圧縮し、高密度で集束させる。これは水のエネルギーを極限まで高め、貫通力を持たせるための工程。そして圧縮した水流を解放し、一瞬で高速に加速させる。
リカルドは静かに詠唱を始める。その声に呼応するように、指先に水の渦が生まれ、瞬時に高圧の水流へと変わった。
「|水よ、圧縮されて刃となれ、そして貫け《ネロ、コンデンサ、ピアス》、『流水穿』!」
指先から放たれた水のビームが、空間を切り裂きながら一直線にレイブンへと向かう。
「!?」
レイブンは咄嗟に体を捻るが、水流は速すぎた。ビームは彼の肩を撃ち抜き、鮮血が飛び散る。
痛みに体勢を崩したレイブンの元へ、着地と同時にリカルドは一気に駆け寄り、剣を再び握りしめる。
「『流星剣流・流星斬』!」
一瞬の閃光のような剣技が、すれ違いざまにレイブンを切り裂いた。
レイブンはその場に崩れ落ち、意識を手放す。
「終わりだ。」
リカルドは振り返りながら静かに呟き、剣を鞘に納めた。
――――――――――――――――――――
おれは、盗賊のアジトの天幕の中、イスに座っている。外には、縛られた盗賊の頭とその部下100人が集められている。気絶している者もいるが、死傷者は0だ。
「リカルド様、盗賊の頭が目覚めました。」
ジェイドが報告してくる。
「そうか、連れてこい。」
指示を出すと、ジェイドがダークブルーの髪の男を連れてくる。男は肩の服に血が滲んでいるが、止血はしてある。
男は俺の目の前で跪かされた。
「おれがリカルド・フォウ・レーベンシュタインだ。名前を聞こう。」
男は顔を上げ、鋭い眼光を俺に向けながら答える。
「.....レイブン・フォースだ。」
「レイブン、おまえがこの盗賊の頭で間違いないか。」
「ああ、そうだ。」
驚くほどあっさり白状した。レイブンは、負けた事実を認める以外に道がないと理解しているのだろう。
「一つ聞きたい。」
レイブンが低い声で言う。
「なぜ伏兵がわかった?それに斥候も全員仕留めるとは……。」
「こっちにも優秀な斥候がいる、それだけだ。」
実際にはルピたちのことだ。今回は秘密裏に彼女たちにも協力してもらったが、それを教える義理はない。
「そうか……。俺たちは負けるべきして負けたのか.....。」
「悔しくはないのか?」
「悔しいさ、だが、あんたとは何回やっても勝てそうにない。イガルダ族を従え、本人は剣技だけじゃなく見たこともない魔法まで使うとは……」
レイブンは一瞬目を閉じた。
「領主さん、頼みがある。」
俺を真っ直ぐに見上げながら、深々と頭を下げた。
「部下たちは俺の命令に従っただけだ。どうか俺の首一つで勘弁してもらいたい。」
レイブンの声には、覚悟と共に必死さが滲んでいた。
俺はイスに座ったまま、彼をじっと見つめる。
「断る。おまえもお前の部下も全員処刑だ。」
俺は冷たく言い放った。
レイブンの顔が一瞬ゆがむ。その鋭い目は、怒りと絶望が入り混じった色を見せた。
「ただし、ある条件をのめば許してやろう。」
「……ある条件?」
「ああ、おまえが俺に仕えれば、部下たち全員を助けてやる。」
レイブンは目を見開き、驚愕した。
「……正気か?盗賊の俺を部下に……?」
「ああ。俺はおまえたちの行いを調べた。数年にわたる犯行のほぼすべてを確認したが、死傷者は出ていなかった。察するに、おまえたちは前領主によって暮らしていけなくなった領民たちの集まりなんじゃないか?」
俺の言葉に、レイブンは苦笑し、視線を落とした。
「……そのとおりだ。俺たちも元々は普通に暮らしていたさ。でも重い税金や搾取によって、生きていけなくなり、盗賊になるしかなかった。おれは10年以上前、この領地の兵士だったんだ。そんなおれを中心に集まったのがこの盗賊団だ。」
「やはりそうか。おまえらが盗賊になったのは、もとはと言えば前領主――俺の父親が原因だ。こちらにも責任がある。その責任と、今後おまえがおれに仕えることを条件に、部下たちは助けてやる。もっとも、多少の罰は受けてもらうがな。」
「……罰?」
「ああ。お前らの部下には1年間、農業に従事してもらった後、軍に組み込む。」
その言葉に、レイブンの目が大きく見開かれる。
「……軍に組み込む……!俺たちが兵士に……?」
「ああ。おまえには軍の指揮官の一人として働いてもらう。戦いの知識も経験も、俺の軍には足りていない。その点、おまえは適任だ。」
レイブンは静かに息をつき、拳を握りしめた。
全員処刑だと思っていた。最悪俺だけが処刑され、部下たちはよくて州追放になるだろうと思っていた。だが、誰一人死なさずおれたちを兵士として迎え入れるなんて……。
(リカルド・フォウ・レーベンシュタイン……勝てなかったわけだ。)
レイブンは頭を深々と下げた。
「……わかった。俺はこの命、あんたに預ける。」
「リカルド様、あの男を本当に信用してもいいんでしょうか?」
レイブンが天幕から出た後、ジェイドが聞いてくる。
「ああ、あいつは信用できる。」
「どうしてそこまで言い切れるのですか?」
「あいつは、部下を守るために命を捨てる覚悟があった。自分が殿を務めて、部下たちを逃がそうとしたんだ。盗賊に身を落としても、根っこは優秀な兵士だよ。」
俺は少しだけ微笑みながら続けた。
「あいつの行動を見た瞬間、確信したよ。レイブンには誇りがある。誇りを捨てた人間に部下を守ることなんてできない。」
「なるほど……たしかに、部下を守る姿勢は立派でしたね。」
「そうだ。」
俺は椅子に腰を下ろしながら答える。
「だからこそ、あいつを引き入れた。自分の利益だけを考える奴じゃないからな。」
ジェイドはそれを聞いて、静かに頭を下げた。
「了解しました。リカルド様のご判断を信じます。」
俺は微笑みを浮かべながら答える。
「あいつをよく見ておけ、ジェイド。お前にとっても良い経験になるだろう。」
――――――――――――――――――――
夜の静寂の中、俺は私室でベッドに腰掛け、深いため息をついた。優秀な軍の指揮官も手に入れ、これから軍備にも本格的に着手できる段階に近づいている。財務や領地経営にもある程度の目処が立ち、少しずつだが軌道に乗り始めていることに安堵感があった。
ふと、自分がいつの間にか「領主として考えている」ことに気づき、苦笑する。
「領主なんて柄じゃないと思ってたんだがな……。」
前世の記憶を取り戻してから数年――俺は今でも、自分がリカルドというより、名前不詳の男だと感じている節が強い。長い年月を向こうの世界で過ごしてきた影響だろうか。
「あの頃は、まさかこんな風に領主として生きるなんて思いもしなかったな。」
天井を見上げながら、そんなことを考えていると、扉がノックされる音がした。
「……こんな時間に誰だ?」
俺は立ち上がり、扉を開ける。そこに立っていたのは、頬を赤く染めたメリッサだった。
いつものメイド服ではなく、ノースリーブの薄手の服を身にまとい、胸元からは膨らみかけの谷間が少し見える。髪もポ背中まで垂れるように下ろしており、普段の彼女とは違った印象だった。
「メリッサ?どうした?」
俺が尋ねると、彼女は小さくうなずきながら、戸惑った様子で口を開いた。
「……な、中に入ってもよろしいですか?」
いつになく緊張した声でそう言う彼女の表情に、俺は思わず眉を寄せた。
なんだ?メリッサの様子がおかしい。まさか…!
俺は一つの結論を出した。
熱でもあるのか!
そう。リカルドは鈍感だった。
「ああ、入ってくれ」
おれはメリッサを部屋に入れて扉を閉める。部屋の中に漂う静けさを、メリッサの切実な言葉が突き破った。
「わたしは、リカルド様にお仕えできて、本当によかったと思っています。」
突然の告白に、俺はロウソクに火を灯そうとしていた手を止めた。
「どうした、急に……。」
「私は、この屋敷のメイドと街にいた男の間に生まれました。でも……お父さんは私が生まれる前に亡くなって、お母さんも私が7歳の時に亡くなりました。そこからは生きていくために必死で働いて、この屋敷のメイドになりました。」
メリッサの過去を聞いたことはあったが、こうして自分の口から語られると、彼女がどれだけ厳しい環境で育ってきたのか、改めて思い知らされる。
「いつも領地のために奔走されるリカルド様を間近で見れて、嬉しいし、毎日が楽しいです。でも、ふと思うんです。私、何もできていないんじゃないかって……。」
「……………」
「ジェイドさんは護衛として優秀だし、クラウスさんも教育係としてリカルド様を支えてきました。ルピさんやティナちゃんも、とても優秀です。でも、私は……。」
メリッサは声を詰まらせ、俯く。
「私は何もできていません……。」
「メリッサ、おれは――」
何か言葉をかけようとしたその瞬間、メリッサが俺をベッドに押し倒した。
「メリッサ……?」
予想外の行動に、俺は一瞬固まった。
「私に役目をください……。」
その瞳には、焦りと切実な思いが宿っていた。
「じゃないと、私……リカルド様の役に立ちたいんです。」
…………ここまで思い詰めていたのか……。
メリッサが何をしようとしているのか、ここまでされたら俺にもわかる。でも、そんなことはさせられない。
「メリッサ、そこまで思ってくれる家臣がいること、とてもうれしく思う。だが、おれはそんなおまえの罪悪感に漬け込むようなことはできない。」
「違います、リカルド様。」
俺の言葉に、メリッサは首を横に振った。涙を浮かべながら、彼女は真っ直ぐ俺を見つめる。
「私は、リカルド様が好きなんです。愛しています。」
その言葉は、まるで槍のように俺の胸に突き刺さった。前世も含め、ここまで正面から告白されたのは生まれて初めてだった。
「私はただのメイドです……。リカルド様の一番にはなれない。でも、二番でも何でもいい、私、リカルド様の一部になりたいんです」
俺は深く息をつき、メリッサの肩を掴む。そして、そのまま体勢を逆転させた。
俺が上、彼女が下。さっきまでと立場が入れ替わった。
「あ.....」
「メリッサ、これが俺の答えだ。」
そう告げながら、俺は彼女の頬をそっと撫でた。
「あ、あの、初めてなので、優しくしてください……」
その言葉に、今までにない感情が沸き上がってくる。
「……善処しよう。」
そして俺たちは、朝まで共に過ごした。