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政略結婚だなんて、聖女さまは認めません。  作者: 真白燈


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5、教皇の提案

 サイラスはそれからも必死にメイベルに似合う相手を探してくれたが、なかなか条件に見合う相手がいないようで苦戦している。そうこうしている間にもメイベルは教会本部に呼び出され、大きな円卓に席を着くお偉いさんたち、大司教たちの非難を一斉に浴びることとなった。


「まったく。クライン伯爵の小娘に殿下を奪われるなど、お前は今まで何をしていたのだ?」

「媚を売って、殿下の気持ちを掴んでおけとあれほど言っていただろう?」

「やはり殿下も生まれが孤児の娘とは結婚できないと本能的に悟ったのではないでしょうか?」


(相変わらず言いたい放題ね……これが聖職者のトップだなんて聞いて呆れるわ)


 聖女の育ての親、ということで教会は王家に匹敵するほどの絶大な権力を手にしたわけだが、その内部は腐り切っている。不思議な能力を持つ赤子がいると聞けば、国中どこからでも、たとえ親がいる子どもでも引き離し、教会で保護という名の監禁生活を強いている。


 隣国との戦争が絶えなかった昔ならともかく、今は比較的落ち着いており、聖女の治癒能力もそれほど必要としていない。


 聖女を王都に集めるよりも地域に分散させた方がより多くの怪我人を救えるというのに、ただ王家に盾突きたいために数を増やし、まるでもう一つの国家を作り上げるかのようにその存在を知らしめているのが今の教会の姿だ。


 国王や宰相もそんな教会の存在を疎ましく思っているが、過去聖女の力によって何度も国を救われた歴史があるので強く言い出すことができない。民の信仰心も厚く、生活に教会が深く関わっていることもまた、無視できなかった。


「孤児の娘と言っても、聖女。言うなれば神の使いですぞ? たかが貴族の娘とは格が違います」

「そうだ! 王も、もともとは神と同格の存在だと言われていた。ならば当然、神に仕える聖女こそが伴侶に相応しい!」


 メイベルは未だ一言も口を開いていない。誰も小娘の意見など必要としていない。


「ええい、静粛に!」


 教会の頂点に立ち、大司教たちをまとめるイヴァン教皇の一言でようやく、老人たちは口を閉ざした。彼は皺の深く刻まれた額を押さえ、メイベルの方を見た。


「メイベル。こうなったからには、そなたには他の家へと嫁いでもらう」

「……お言葉ですが猊下。私は一度は殿下に嫁ぐと決まった身です。今さら他の誰か、というのは神への誓いに反すると思うのです」

「イヴァン様の言葉に逆らうと言うのか!」

「もともとはそなたが殿下の御心を掴んでおかなかったから悪いのではないか!」


 そうだそうだと声を荒げる彼らにメイベルは努めて悲愴な表情を装った。


「ええ。私が女として至らぬせいで、殿下は他の女性に心を寄せてしまいました。不甲斐ないばかりですわ……」


 あなたたちの言う通りです、と涙ぐめば、さすがに言い過ぎたかと彼らの顔に動揺が浮かぶ。


(よしよし。そのまま罪悪感を募らせるのよ……)


 小娘は小娘らしく闘ってやる。メイベルが長年築き上げてきた策だ。


「メイベル。すまなかった。そなたを愚弄するつもりはなかった」

「悪いのはすべてあのだらしない小僧(サイラス)のせいだ」


 そうそう。その調子……とメイベルは涙をさっと拭った。その姿は実に可憐で、まさに聖女と呼ぶのに相応しい様であった。


「いいのです。私はサイラス様が幸せになってくれればそれで……」


 彼女は胸の前で両手を組み、神に祈るように目を伏せた。


「もともと私の存在はこの地の平和と安寧を願うためにあります。サイラス様という婚約者を失った今、修道院に入り、そこで今度こそ身も心も神のために……この国のために祈りたいと思います」

「おお、メイベル!」

「まさしくそなたこそ聖女の鑑!」


 さすがだ、素晴らしいと大司教たちが感動の涙を浮かべ、メイベルが心の中でガッツポーズを決めようとした時、ゴホンと無粋な咳払いが響いた。イヴァン教皇である。彼は厳つい顔を微塵も崩さず、だめだとメイベルの頼みを却下した。


「どんな事情があれ、そなたは聖女。そして女だ。男に嫁ぎ、子を産むことこそが何よりの使命である」


 教皇の言葉に、涙ぐんでいた大司教たちもはっとする。


「そうですね……。メイベルは聖女でもありますが一人の女性です。当然、結婚して子を産むべきでしょう」

「聖女の力もまた、次世代に引き継いでいかなくてはいけませんからね」


(くっ、この狸親父め……!)


 せっかく上手くいきそうだったのに! とメイベルは頭の中で地団太を踏んだ。


「ですが猊下。私は……」

「そなたの次の嫁ぎ先はアクロイド公爵閣下だ」


 せめて最後まで聞けよ! と思ったメイベルはその名に目を見開く。


「ア、アクロイド公爵閣下って……陛下の弟君にあたる方ですよね?」


 ローガン陛下の弟。アクロイド公爵はサイラスの叔父にあたる。穏やかで品行方正と評される兄と違い、気性が荒く、正妃の侍女にまで手を出したという女好きだ。父親ほどの年の離れた相手、しかもサイラスの身内である。そんな相手と結婚しろだなんて……。


(そこまでして権力が欲しいの?)


「信じられないという顔だな。メイベル」


 当たり前だ。王子が無理ならばその叔父に、という教皇の考えは十八のメイベルにとって受け入れ難く、ひどく汚らわしいものに思えた。


「だがな、メイベル。これはずっと前から決まっていたことなのだよ」

「何ですって?」


 つい口調が乱れ、数名の大司教たちが怪訝そうな顔をする。だがメイベルはそれどころではなかった。ずっと前から決まっていたとは一体どういうことなのか。


(まさか……)


「メイベル。そなたが殿下に嫁いだ後で、ミリアを閣下に嫁がせる予定だったのだ」

「そんな! ミリアはまだ十四ですわ!」


 妹のように可愛がってきたミリア。シャーロットよりもまだ幼い彼女がうんと年の離れた相手に嫁ぐ予定だったとは……何も知らなかったメイベルはぞっとした。


 公爵との間に子をもうければその子は王族の血をひくことになる。もしかしたら未来の王となる可能性もあった。そうなれば教会は若き王を補佐する存在としてさらなる権力を手にできるだろう。


「そこまで……そこまでして猊下は(まつりごと)に口を出したいのですか」

「メイベル!」


 大司教の一人が咎めるも、教皇が手を上げて制した。彼はそれまでの不機嫌そうな表情をやめ、まるで孫を可愛がるような、慈愛に満ちた表情をメイベルに向けた。


「それは違う。私はただそなたたち聖女を本当の娘のように大事にしているだけだ」

「父親ほど年の離れた男性に嫁がせることが大事にしているというのですか」

「権力は大きければ大きいほどいい。か弱い存在を守ってくれるからね」


 白々しくも言い切る教皇にメイベルの頬が引き攣った。


(守ってくれる、ですって? 囲って痛めつけて、逃げ出さないようにするだけじゃない!)


 自分たちのことなんて彼らはちっとも考えていない。しょせんは上へ行くための駒としか見ていないのだ。


「メイベル。そなたがどうしても嫌だというなら仕方がない。当初の予定通り、ミリアを公爵家に嫁がせよう」

「……私が代わりに嫁ぐと言えば、ミリアには年相応の相手を見つけてくれると約束してくれますか」


 にんまりと教皇は目を細めた。


「ああ。約束しよう。ミリアにはとびっきりの相手を見つけると」


 メイベルはわかりましたと頷いた。


     ◇


「メイベル!」


 部屋を出ると、心配した表情の男性がメイベルに駆け寄ってきた。


「ラシャド様」

「大司教様たちは何と?」


 黒いカソック姿に、柔和な顔立ちをした男はラシャドという。もとは貴族でありながら聖職者の道へ進み、司教となった彼は、メイベルや他の聖女たちの父親代わりのような存在であった。


 教皇や大司教と違い、心からメイベルたちのことを気にかけ、時に母のように叱ってくれたこともある。彼のような人が教皇であればいいのに――とメイベルは何度思ったことだろう。


 だがそんな彼とももうお別れだ。


「アクロイド公爵のもとへ嫁ぐよう言われました」

「……ああ、なんということだ」


 ラシャドは悲痛に顔を歪ませ、額を押さえた。今にも倒れそうである。


「ラシャド様。そんな顔なさらないで。私は大丈夫ですわ」

「……メイベル。あなたは閣下のことをよく知らないからそんなことが言えるのです」

「彼の性格があまりよろしくないことは私も存じております」


 それだけではありません、とラシャドはいつになく怖い顔をして言った。


「閣下はもともと、あなたを嫁に欲しいと幾度となく陛下に頼んでいました」

「えっ」


 私を? とメイベルは困惑した。公爵とは数えるほど、それも幼い頃に会った記憶しかない。


「なぜ私を?」

「それは……私にもわかりません」


 ラシャドは不安げな表情でメイベルを見つめる。


「あなたはまだ幼く、すでにサイラス殿下の婚約者と決まっていたので陛下は断ってくれましたが……それでもと頼む閣下に、教皇が代わりの聖女を……ミリアを嫁がせることを約束したのです」


 ではもともとミリアではなく自分が花嫁に望まれていたのだ。一度逃した獲物が再び自分の手元に飛び込んでくる……王宮で自分を見つめる公爵のぎらぎらした目をふと思い出し、メイベルは背筋が震えた。


「メイベル。私が陛下と殿下に結婚を許可しないでくれるよう頼んでみましょう」

「でも……」

「今まであなたが王妃になろうと懸命に努力してきたことは、彼らもよく知っています。これ以上あなたを不幸にさせる真似は決してしないでしょう」


 だから最後まで希望を持つように。いいですね、と言われてもメイベルの不安は募るばかりであった。


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