4話 誘ってくる彼女との2日目-3
その日の放課後。
俺は月乃と一緒に学校からほどほど離れた少しお洒落なカフェでティータイムをたしなんでいた。
月乃曰く、なんでもSNSで有名なカフェなようで、それを証拠に周りにはSNS真っ盛りの女子高生の集団や若いカップルで賑わっている。
店の中に響くのはカップを皿に置く音と携帯のシャッター音、そして女子高生達のトークショー。カフェと言えば落ち着いた空間をイメージする俺からしたら、この空間は少し苦手だ。
「ここのカフェはね、パンケーキが有名なんだよ」
そう言って月乃はメニュー表を広げ、俺の視界にその映えに特化したパンケーキの写真を見せてくる。
そこには、いかにもフワフワ食感を売りにしているかのようなふっくらしたパンケーキにイチゴやブルーベリーなどの果物と生クリームを綺麗に並べ"ひよこ"の顔を描いた、その名も"まん丸ピヨ太郎のふっくらパンケーキ"が載っていた。なに、その名前。
しかし、これはSNSが活動拠点の高校生に人気が出る商品な訳だ。映えるものを日夜、探求するSNSアドベンチャラーにはもってこいだもの。
「俺はパス、こってこてに甘い物は苦手なんだよ」
「えぇ〜勿体ないなぁ」
月乃はメニュー表を俺の目から離すと、楽しげに鼻歌を鳴らし、パンケーキに合う飲み物を探す。
「飲み物はカフェラテかな、日野君は決まってる?」
「あぁ」
月乃が呼び出しベルを押すと、そこそこ賑わっていて忙しいはずであるのに店員は直ぐに俺達のテーブルに注文を取りに来た。
「ご注文は?」
月乃の奴、あのまん丸ピヨ太郎の〜とかいう間の抜けたメニューを読み上げるのか?それはちょっと笑いそうになるな。
「コレと...」
なんだ写真を指さして注文かよ、つまんねぇ...
「あとカフェラテ下さい。日野君は?」
「ブラックコーヒーで」
さも何時も頼んでる風に、極めて冷静にblackcoffeeを注文する。いやぁ、いつもコレなんだよなぁ。
店員が注文した品の確認をし厨房の方へ戻って行った後、月乃がニヤニヤしながらこっちを見てきた。
「本当に飲めるの?ブラック?」
「飲めるに決まってんだろ」
はい、嘘です。格好つけました。
でも仕方ない、だって決めてたもん。生涯、女の子とカフェに行くことがあれば無理してでもブラックを頼むって。大人の俺を演じるんだって。
ちなみに全く飲めない訳では無いが、チョコとか甘いものと一緒じゃないと厳しい。単品はキツい。
「ふ〜〜ん」
そんな俺の心の声を知ってか知らずか、月乃はニヤニヤした顔を止めない。
おい、そんな無理しちゃってみたいな顔で俺を見るんじゃねぇ。絶対、平気なふりして飲みきってやる。
「つかさ、こういう所に来るなら流石に友達と来た方が良かったんじゃないのか?」
このカフェは明らかに女子高生達やカップルをターゲットにした店だ。態々、俺を連れて来るような所じゃない。そう思って、月乃に尋ねる。
決して、バツが悪くなって話題を変えた訳じゃない。本当だ。
「なんで?」
「なんでって、女の子ならまぁ基本甘い物好きじゃん。割りと男はその類のが苦手な奴もいるし、その事考えると同性同士の方が共感し合えて楽しめるだろ。現に俺は食べれなかったんだから」
「あぁ〜...まぁ別にパンケーキ食べに来ただけが目的じゃないからね」
「はぁ?」
「いや、気になってたのは本当だよ。でも一番の目的は君とお喋りする事。まだ話すようになって2日目だからね、そういう意味でもカフェって最適でしょ」
あの昼飯の後、結局、昼休みも一緒に居たが他愛もない話で過ぎていってしまった。秘密の共有者としては、お互いの事を知らなすぎである。ていうか、やっぱよく俺に大事な秘密、言えたよなコイツ。
「月乃ってさ友達多いだろ?」
「うん」
「昨日、言ってた普通にして欲しいから友達には言わないってのは分かるんだけど、1番仲の良い1人だけに言うとかはダメなのか?」
俺の言葉に月乃は少しだけ考え込むような素振りを見せる。この様子じゃそれを思ったことはあるようだな。しかし諸々、考えた結果辞めた。それを言語化するために今、脳を回転させているのだろう。
そんな僅かな数十秒の間に、店員が頼んでいた飲み物だけを先に持ってきた。パンケーキは時間がかかるんだな。
月乃が未だ頭を回転させているので、俺は先にブラックコーヒーに口をつける。
うわ、にっっっが!!
え、店のコーヒーってこんなに苦いのか?!家で飲むインスタントとは全然、違う。素人でも分かるくらい香りは良いし、どこか豆の味わい深さはある。しかし苦い。苦さも違う気がする。
「それは色々と考えた結果、やめた」
俺の舌が苦さと戦っているうちに、月乃の考えがまとまったようだ。...顔に出てなかったよな?
「一番の友達だから、最後までいつも通りでいて欲しい。彼女、優しいからきっと過保護になるだろうし。ずっと私につきっきりになったら嫌だもん。彼女には私に気にせず自分の人生を歩んで欲しい」
俺にとっての遥鹿がそうであるように、月乃の一番の友達も彼女にとってかけがえのない存在なんだな。だからその言葉に納得は出来た。しかし同時に、やっぱり逆の立場だったら絶対に教えて欲しいとは思う。ましてや、知り合ってまもない異性の人間に友達である自分を差し置いて大事な秘密を教えらてたと知ったら、複雑な気持ちになる。
果たして、そこまで月乃は考えているのか。
まぁ俺がとやかくそこに突っ込む事じゃないな。
「でもいずれバレるだろ」
ただいくら隠そうと、そのうち病気で学校は休みがちになるだろう。そうなれば自ずと秘密はバレてしまう。
「その時には私の寿命は、ほんのわずかになってるだろうからね。最後のわがままとして存分に甘えるよ」
最後に小さく「そうなったら普通ではいられないしね」と付け加える。いくとこまでいってしまえば、遠慮は必要無いって事か。
そうこう話している間に、パンケーキが到着。よくネットで目にする写真と実物は大違い...!なんて事は無く。流石はSNSで流行しているだけあって、届いたパンケーキは写真以上に可愛く丁寧にひよこがデザインされていた。
「美味しそ〜」
可愛い〜じゃないんだ。
出されたパンケーキを月乃は例に漏れず携帯でパシャリと撮ると次にカタカタと何かを打ち込む。大方SNSにでも投稿してるのだろう。ピコーンとかいうSNS投稿完了音が鳴れば、目的達成。
そして月乃はナイフとフォークを手に取り、可愛いひよこの顔面を切り裂いたのだった。
うわぁ、ひよこの顔が8等分になったよ。こいつらどういう気持ちでパンケーキにナイフを入れてんだろ。
「うん、美味し!!」
口に運んだひよこの断片、どうやら味は良いらしい。
「君も食べる?」
「要らねぇ」
ひよこが切られていく様を面白がって見てた俺の視線に気付いたのか、月乃がパンケーキのお裾分けを提案してくる。
「えぇ〜大丈夫?コーヒー苦そうにしてたじゃん。甘い物で中和した方が良いんじゃない?」
バレてたかぁぁぁぁ
くっそ、見られてないと思ったんだけどなぁ。
どうしよ、シラを切るか。
「別に全然、平気だね」
そう言いながら俺はコーヒーを平気なふりしてすする。
うわ、にげぇ。全然、口に入ってこねぇ。美味いんだけど、美味いんだけど苦い。
「ほら、無理しないでア〜〜ン」
だが、俺の見栄は意味をなさなかったみたいだ。月乃がフォークに刺した1口大のパンケーキを俺の口元まで運ぶ。俗に言う、あ〜〜ん。
コイツ、よく平気で出来るな。
「大丈夫だって、俺はこのビターを楽しんでるから」
「何言ってんの??」
俺も自分で何、言ってるのか分かんねぇ。コーヒーの苦さと、あ〜〜んをやりたくない恥ずかしさで何か勝手に口が動いてた。
「ところでさっきの話だけどよ、家族となら普通に過ごせるじゃないのか?」
「あっ誤魔化した」
...。
しっかり俺の魂胆がバレてたが、月乃はまっいっかと言った様子で俺へ向けていたパンケーキを今度は自身の口元へと放り込んだ。
飲み込むまで暫くモチモチと噛んだ後、カフェラテでそれを流し込み俺からの質問に答える。
「家族と同世代とじゃ、やっぱり関わり方って違うじゃん」
「まぁ、それはそうだが...」
「あと、やっぱり家族はね、すっごい私に気を使うの。この前なんてちょっと一緒に買い物行ったくらいで、10分に1回は体の事、聞かれたんだよ?無理してない?大丈夫?って」
家族からしてみれば、自分の娘の心配は当然。何かあって手遅れになるくらいなら、多少ウザがられても常に気は配っているものだ。
「お母さんの心配も分かるけど、逆に疲れちゃうよ」
"あはは"と笑いう彼女の顔はそれをうっとおしく思っていると言うよりかは、ちゃんと母からの愛情を分かっている様子だ。伝わっているからこそ、困る。自身が病気であると言う身であっても、大袈裟すぎる気遣いは逆に負担になる。
最も、月乃に至ってはその病状から大袈裟すぎるなんて事は無いのかもしれないが、それでも落ち着かないという思いはあるのだろう。
そう思うと、俺に病気の事を打ち明けたのは納得出来た。友達のような関係じゃないからこそ、知ったとて今、家族がしているようにひどく心配する事もない。どこか他人事のような感覚で接することが出来る。
それが月乃にとって、今、必要なものだったんだ。
「その点。君は絶対、そこまで私を気に掛けないでしょ?」
「まぁ...」
何か、その言い方されると、俺が凄い非常な奴みたいだな。いや、実際、気にはしないと思うけども。
「それが、今の私にとっては凄く助かるからさ。そのままの君で居てよね」