3話 誘ってくる彼女との2日目-2
陽の光が心地よい5月の正午。青空の元で食べるご飯はさぞ美味しいだろう。しかし、そんな状況にも関わらず、俺の弁当は味を無くしていた。
なぜなのか?
それは今、隣にいる学年一の美人と噂の月乃 兎唄のせいである。緊張感で昼飯を味わえない。
「で、何の用?」
「何の用って酷いなぁ、君は私の秘密の知る限られた人間だよ。話くらい聞いてよ」
コイツの言う秘密とは腎臓の病気で余命が短いというもの。それをたまたま知った俺は、その共有者として死ぬまでにやりたい事があるから付き合って欲しいと頼まれている。
「秘密だったら、なんであんな目立つ風に話しかけたんだよ」
「え?」
誰にも言うなって言っといて、あんな目立つ感じで話しかけてくるなよ。
しかしそんな思いの俺を知ってか知らずか、月乃はとぼけたような顔で俺を見つめる。
「あぁ〜...秘密ってのは私の病気の事で君との関係はオープンだよ」
関係ってほど、大層なものじゃないだろ。紛らわしい言い方してくんじゃねぇ。
「こうやってさ。たまにお昼、付き合ってよ」
「これもやりたい事なのか?」
「やりたい事って言うよりは、心の拠り所?ほらストレス発散みたいな」
ストレス発散ね。普段は病気を隠して元気に振舞っているから、どこか無理している所もあるのだろう。それによって鬱憤?みたいなものが溜まるから、その捌け口ってわけだ。
まぁそれで、少なからず心は健康でいれるならその役目は受け入れても良い。
「じゃあ遠慮なく聞くけど、昨日泣いてたのは?」
「おっ踏み込んでくるね」
「そういうのを聞いてもらうために俺を呼んだんだろ」
「フフっ、そうだね。昨日はね、先生に改めて余命の宣告されちゃったんだ...あと1年と少し、たったそれだけしか生きられないって思うと泣きたくなるでしょ?」
誰だって命のことを考えると漠然とした不安に駆られる。これは余命宣告されていない俺のような人間だってそうだ。例えば、夜眠る前に不意に死について考えてしまい眠れなくなる。なんて経験は全員、何度かあるはずだ。
それをまだ高校生って若さでリアルで突きつけられるんだ。元々、病気で長くないと分かっていても改めて口に出されると、不安でどうしようも無くなるのは当然だ。
「正直。昨日、話を聞いた時は突拍子もない話しすぎて半信半疑だったんだが、本当に死んじゃうんだな」
「うん、死んじゃう」
そう言った彼女の瞳には僅かばかりに涙が溜まっている。しかし、そこに悲しげな表情は無く、逞しく生きてやろうと言わんばかりに微笑みの交じった顔をしていた。
月乃という人間はどうやら強い人間だ。余命を宣告されれば、絶望して塞ぎ込んでしまう人も少なくないだろう。そんな中で友達の前でいつも通りを演じ、余生を楽しもうとしている。顔が良いだけ奴だと思っていたが、どうやらその認識は改める必要があるな。
「ちょっとは見直したよ、月乃の事」
「見直したってどういう意味?!」
俺の言葉が気に入らない様子で、月乃は頬をプクリと膨らませ可愛い目付きで俺を睨んだ。
「いや褒めてんだよ。病気だって知っても強く生きようとしてるから」
「せっかくの人生だもん。先が長かろうが短かろうが、楽しまなきゃ損でしょ」
そう微笑みながら、彼女は弁当のおかずを口の中へと放り込む。
しかし病人とは言え、食べているものは意外にも普通のものだ。まぁカラフルな色合いをしているので栄養面はきっちりと考えられているのだろが、何となく病院食のような質素なものを食べているじゃないかと想像していた。
ていうか美味そうだな。
と、俺は自分の白米と僅かなおかずが詰め込まれた弁当を見て思う。そんな俺の視線に気が付いたのだろう。
「食べたいの?」
「いや、別に」
「え〜...でも日野君のお弁当、シンプル過ぎない?」
「...色々あるんだよ」
「ふ〜〜ん」
彼女はおかずを取った箸を口に咥えたまま、数秒何かを考え込む。そして妙案でも思いついたかのように「よし」と声を出した。
「私がお弁当、作ってこようか?」
「いや、いい」
「え、何で?!」
信じられないみたいな目で俺を見てくる月乃。
でも冷静に考えてみてほしい、病人に弁当を作ってもらうって字面みたら何かまずくないか?道徳的に。
「ていうか、作れんの?」
「これ、私が作ったお弁当だよ?」
「えっ...」
すご。
綺麗に巻かれただし巻き玉子、鮮やかさを保ったままのカボチャや人参の煮付け、流石に冷凍物だろうが唐揚げや1口サイズのスパゲティが入った弁当。
あかずの内容から配置までも完壁な、まるで熟練の主婦のなせる技の如き弁当がまさかの月乃の手作りだと?
「態々、自分で作ってるのか?」
「大人になったらさ、手料理は作らざるを得なくなるだろうけど、私にはそれが出来ないからね。だから今のうちに料理を楽しむんだ〜」
その精神で生きていけるの凄すぎるだろ。
煮付けとかいう、手のかかりそうな料理を作ってるあたり本当にそのつもりでいるっぽい。
「やりたい事リストに手料理を振る舞うってあるからさ、作らせてよ〜」
「友達に作ってあげれば?」
「え、女の子がお弁当を作ってあげるって言ってるのに断る人ってこの世にいるの?」
目をジト目に、そして口を三角にした何とも言えぬ表情で俺を見てくる。
でも、断らさせて欲しい。なぜなら、照れくさいから。
「いるんだよ。世の中にはそういう奴が」
「でも、ダメで〜す。何故なら、男の子好みを弁当に挑戦してみたいから。女の子と男の子って味覚違うでしょ?」
そんな事ねぇだろ。
「だから男の人が一人暮らしするとさ、おかず茶色1色になるんでしょ?」
よく知ってんな。でも、それは味覚の問題じゃなく、ただ栄養を考えず好きな物を詰め込んだ結果だぞ。
「大人になったら彼氏とか旦那さんに料理を作る機会があるかもしれないけど、私には無いんだよ?死にかけの私を思ってさ、お願いきいてよ」
やめろ、やめろ!そんな捨てられた子犬みたいな目を俺に向けてくるんじゃねぇ。てか、なんでそんなに誰かに弁当を作りたいんだよ。
「うっ心臓が痛い」
嘘つけ!!
情に訴えかける演技やめろ。ていうかお前、悪いの心臓じゃなくて、腎臓だろうが。
あぁでも、死ぬまでやりたいことを手伝うって言っちゃったしなぁ...
でもまさか、弁当を作ってあげたいとか想像出来るかよ。申し訳ないんだよ、何か、作ってもらうの。あと照れくさいし。
だが月乃の奴、うんと言うまでしつこく食い下がってくるだろう。
「分かったよ!たまに...たまに作ってくれよ!!」
「やった〜〜」
上手いこと、月乃の手のひらで踊らされたようで釈然としないも、「死にかけの人の言うこときいてよ」みたいな言い方されると断れねぇ。新手の脅しかよ。
まぁ女の人の手料理は男の憧れでもある。これはラッキーな事だと思い、俺は昼飯の続きを噛み始めた。