表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にゆく君との100日間  作者: 秋鮭 秋刀魚
1/5

1話 彼女の秘密を知る1日目



5月1日、快晴。


俺、日野 壱馬(ひの かずま)(高校2年生)はごくごく普通に高校生活を楽しでいる最中。勉強そこそこ、スポーツそこそこ、自慢出来る特技も無ければ顔が特別良いわけじゃねぇ。

本当に普通の高校生。

だが、1つだけ普通じゃないとこがある。それは今、妹と二人暮しをしているということ。未成年だけの生活、流石に普通じゃないだろ。

何故、そんなことになっているのか?

理由は単純、母が死に親父は寝たきりで入院しているからだ。


俺の日課は放課後に親父のいる病院へお見舞いに行くこと。


今日も何時ものように病院へと向かう。毎日通えば病院の先生や看護師にも当然、顔を覚えられ、ほぼ顔パスで出入りが出来る状態だ。すれ違う看護師達に挨拶を交わし、親父のいる病室へ向かう。

病室へ入ると、そこにいるのは寝たきりでいくつかの管に繋がれてる親父。

部屋は心電図のピッピッという電子音と親父の呼吸音が僅かに聞こえるだけ。


「親父、来たよ」


声をかけるも、やはり返事は無い。

親父がいわゆる植物人間状態になったのは、3年前の交通事故が原因だ。

夜、コンビニに母と2人で買い物へ行っている最中に居眠り運転の車に激突され、母は即死。親父は辛うじて息はあったものの今の現状に至ると言うわけだ。


「今日、学校で体育があったんだけどなぁ〜」


毎日30分その日、会ったことを伝える。

何の変哲もない日常を俺は元気でやってるよ、聞こえているか分からないこの言葉を語り続ける。そうすれば、いつかひょっこり目を覚ますかもしれない。

低い可能性だけど、俺は親父の復活を信じて待っている。


「それじゃ、行くわ」


一通り、話し終えた俺は病室を後にする。


「明日も待ってる」


聞こえはずも無い親父の言葉が脳裏に浮かぶ。



病院内で俺は大抵、階段を使って移動する。別に運動をしたいとかそういうのではなく、本当に何となくだ。強いて言えば、エレベーターの待つ時間が余り好きじゃないせいかも。

そんないつも通りに階段を降りようとした時、ふと上の階から女の子のすすり泣くような声が聞こえた。


「うっ」


その声に俺は思わずぎょっとする。

お化けじゃないよな?

まだ午後の5時過ぎ、もう程々に暗くなってくる時間だが、言っても陽の光はある。いくら病院と言えど、こんな時間からお化けは出ないだろう。

この泣き声の犯人は人間であることは間違いない。


「...」


普通に無視しても良いのだが、本当にたまたま何故かその声の主が気になってしまった。

行ったところで慰めの言葉なんて思いつかないし、何が出来る訳でもない。

そもそも泣き声の主だって、そっとして欲しいはずだ。

だが俺の足は何かに導かれるように、自然と泣き声のする方へと向かって行く。


「どうかしまし...」


声の主は屋上にいたようで、辿り着いた先でふいに声をかけると、泣いている女の子がこちらへと振り返った。


その顔を見て、俺が出そうとした言葉は喉につっかえて止まる。


「日野君?」


そこに居たのは今年から同じクラスになり、学年でも評判の美人、 月乃 兎唄(つきの うた)だからだ。


まるで澄んだ湖のように綺麗なコバルトブルーの髪。それを肩くらいまで伸ばした、いわゆるミディアムヘアの髪型。瞳は見つめられれば一瞬で引き込まれそうな漆の様な黒。その目で一体、何人の人間の心が奪われたのだろうか?

正直、芸能人レベルに可愛いし、数年後テレビでその姿を見ても驚きはしない。俺とは...というか、俺の学校にいる殆どの人間とは住む世界が違う。


おまけに運動も得意で勉強も出来る。前世でどんな徳を積んだら、そんな完璧超人になれんだよ。


「じゃっ」


まさかクラスメイトがいるとは思わなかった俺は、速攻で回れ右をし、帰る選択をする。

いや、だって何か気まづいとこ見ちゃったし、あっちとて泣いてる姿をクラスの人間に見られたくはないはず、お互いに気付かないふりが1番だろう。


「え、ちょっと待ってよ」


そんな俺の気遣いも虚しく、月乃は俺を呼び止める。


「えっと...見なかったことにする」

「いや...それは別に良いよ、日野君は何で病院に?」


少しだけ晴れた目で俺を見つめながら、月乃は尋ねる。

病院にいる理由は寝たきりの親父のお見舞いだ。しかし、ただのクラスメイトにそんな話をしても重い。寝たきりなのは伏せといて良いだろう。


「親父のお見舞いで...」

「そっか...私は今日、検査があったんだ」

「検査?病気か、何かなのか?」

「うん、腎臓の病気なんだ」


腎臓が悪いのか...

まだうら若き高校生、病気の話なんてよく知らないけど何となく腎臓はよく女性の人が悪くすると聞く。花の女子高生で病気を診断されたら、そりゃ泣きたくもなるよな。

ただ今の医療技術は凄まじい。若いうちの病気は簡単な手術で何とかなるだろう。そう楽観的に考えていた俺に、彼女は衝撃の言葉を放った。


「もう時期、死ぬんだ私」


は?


「昔から悪かったんだけど、最近になって病気が進行してね。直ぐにって訳じゃないけど遠くない未来で死んじゃうんだ。泣けてくるでしょ?」


泣けてくるでしょ?じゃねぇ。

おっっっも。

え、無理無理、かけるべき言葉なんて思い浮かばねぇ。

え、何でそれをあまり話したことの無い俺に言った?ていうか、それはみんな知ってる事なのか?


「ちなみに、この事を知ってるのは家族と学校の先生、そして今聞いた君だけだよ」

「そんな大事なことを何で俺に...」

「残りの人生を普通に暮らしたいから、あえて友達には言わない。だってそれを気にされて変に過保護にされても嫌じゃん」


その気持ちは分からなくもないよ。俺は仲の良いやつが実は病気ですなんて言われたら、そりゃ心配する。体力を使わせないように気をつけないととか、いつ倒れるかも分からないから気をつけて見ていようとか、相当意識する。

でも当人からしてみれば普通に接して欲しいとと思うだろう。変に気を使われるのは嫌だろう。まるで腫れ物を扱っているかのように感じるだろうしな。


それでもだ、クラスであまり話したことの無い俺に打ち明ける内容の話じゃないだろ、月乃さんや。


「だからって、何で俺に言うんだよ」

「丁度、君に泣いてるとこ見られちゃったからね。良い機会だと思ってさ」


良い機会って...


「クラスでは、ずっと元気なふりをしてたから辛くてさ。やっぱり誰か一人くらいには知って欲しいかなって」

「それで、たまたま泣いてるとこを目撃した俺に話したのか」

「そう!クラスでは元気な私だけど、こうして病気と向き合って泣いてしまう私が居ることも家族とは違う誰かに見ていて欲しいんだ」


そうして爽やかに笑う彼女の姿は、まるで病気に犯されているとは思えないほど、俺の目に眩しく映る。

自分の病気を受け入れて、そして日々をめいいっぱいに生きようとする彼女は強い人間なんだろう。


それでも、隠しきれない死への恐怖を誰かに慰めて欲しい時はある。

家族にすら、いや家族だからこそ晒せないそれを、他人の俺だからこそ見せることが出来る。


「...知って、俺はどうするば良いんだよ」


とは言っても、他人の俺に何か出来ることはあるのか?


「死ぬまでにさ、やりたいことな沢山あるんだよね」

「死ぬまでにやりたい事リスト100みたいな?」

「そう、まぁ100も無いけど」

「友達とやれば?」


言ってて、流石にもうちょっと言葉を選べよとは思った。突き放すような言い方は良くないよな。


「当然、友達ともするよ?でも私が病気なのを知っている君だからこそ、意味があるものもあるんだよ」

「そうか...まぁ、これも何かの縁だしな。別に良いぜ」

「本当?!へへっありがとう!!」


そうして今日、一番の笑顔を魅せた彼女に不覚にもドキッと来てしまう。


「今日の事は、みんなに内緒!2人だけの秘密だからね!」


そう言って彼女は軽い足取りで階段を降りて行った。

自分がそう遠くない未来に死んでしまう。そんな秘密はそうそう誰かに打ち明けられるものじゃない。

ひょんなきっかけとは言え、今日それを(おれ)に打ち明けられたことで、少し心が軽くなったのだろう。


「2人だけの秘密か...」


次の日、俺は速攻で友達に月乃の秘密を話した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ