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銀線と黒濃

「鋼一郎……大丈夫か」


 呼吸を荒くする鋼一郎に、白江が問いかける。


「はぁ、はぁ……大丈夫だ。……問題ない」


 短く答えた言葉に嘘はなかった。現に思考は、これ以上ないほど澄み切っているのだから。


 感情が波立つものならば、激情で蒸散してしまった水面はもう揺れ動かない。


 怒髪天なんてとうの昔に突き抜け、地雷は強かに踏み抜かれた。


「いくぞ、白江ッ! いま、ここでヤツを倒して全部終わらせてやるッ!」


 手の中で端末を弾けば、遠隔操作で〈クサナギ〉が鋼一郎たちの前に伏せる。


 目立った損傷は、食い千切られた肩のブースターユニットと、胸部を保護する装甲だけだ。機体自体は万全に動く。加えて、ここには梨乃の仲間たちも居合わせているのだ。武装も数も、有利はこちらにある。


「やっぱり君は蛮勇ですね。僕はこれでも君のことを買ってたんですよ? 優秀な祓刃隊員として妖怪殲滅のキーパーソンになってくれると」


「あぁ、そりゃどうもッ!」


 エンジン回転数・正常。


 カメラにも不調無し。


「最大出力で行くぞッ!」


「任されたッ! 加減はせぬからなッ!」


 白江が妖気供給用のコードを握りしめれば、機体のエンジンが心臓の様に大きく跳ねた。メーターに表示される数値からは、トルクが数段上がっていることが伺える。


 二人を乗せた〈クサナギ〉は立ち上がり、そのブレードに冷気を纏わせた。


「「造氷術・砕牙(さいが)ッ!」」


 それは刃の先端に触れた標的を即座に零下二〇〇度まで冷却、あらゆる防御を破壊し、刃を通す「突き」の奥義だ。


 突進する銀線はその勢いのまま、奈切が纏う濃淡な黒の外郭を穿ってみせた。


「あっ、そっか。幸村一族は雪女。なら、単に固くしただけの外殻じゃ、砕かれるますよね」


 加速する尖刃は、剥き出しになった奈切の前腕を掠めた。鮮血は舞い散るも、彼がバックステップを踏んだために切り口は浅い。


 それでも、確実に白聖鋼の猛毒は送り込めたはず。


「獲った!」


「いや、浅すぎる! 白聖鋼も奴本人が作ったものならば、効きも悪いはずじゃ!」


 白江の指摘は的を射ていた。奈切からは白聖鋼の毒性による血圧低下やチアノーゼの病状が見られないのだ。


 だが、それを指し引いても、十メートル前後の〈クサナギ〉に対し、奈切の身長は一八〇弱。スケールのアドバンテージ差に加え、B・Uの動体視力だってある。


「危ないですねぇ。いくら僕が不滅でも当たったら、痛いんですからねッ!」


「なっ……⁉」


 それなのに、〈クサナギ〉の刃は、もう奈切を掠めることさえできなかった。


 単なる妖術頼りではない。卓越した足さばきと適確な体重移動、奈切本人の持ち合わせる格闘センスがすこぶる高いのだ。


 静止した世界で、敵の予備動作からある程度の動きを予見する鋼一郎にとって、回避の挙動をコンパクトにまとめた奈切との相性は、最悪なものであった。


 鋼一郎たちの猛攻に、梨乃の仲間たちも続くだろう。だが、全方位から迫る妖怪たちを次々にあしらっていく奈切の所業は、まさに針穴に糸を通すような神業でもあった。


 しかし、それを簡単にやってのけるからこそ、千年間誰もが奈切を討つことが出来なかったのだ。


「目線と殺気が素直すぎるんですよ!」


 造形術・固金。


「来るぞ、鋼一郎ッ!」 


 今度は奈切の右腕と脇腹を外殻が覆うだろう。そのまま挟み込むようにして〈クサナギ〉の振るう刃を抑え込んだ。


「さっきの突きが僕の外殻を砕けたのは、あくまでも冷気の一点集中ゆえ。刃に冷気を纏わせることはできても、中途半端な冷気では僕の外殻は砕けない。────多分こういうことですよね?」


「ッ……!」


 使える妖術の幅が広いだけでなく、本人の洞察力や観察力がすこぶる高い。これは梨乃と奈切に共通する点であろう。


 しかし、幅広く妖術を使うだけの梨乃と、その妖術を作った奈切では、根本的な理解度が違う。


「それにしても、よく考えましたね。ありあまる妖気エネルギーを、凱機の動力に転用するとは」


 固定された刃を引き抜こうと、操縦桿に力を籠める。それでも外殻同士の隙間に噛まれてしまった刀身はピクリとも動かない。それどころか軋むような音とともに、刀身にヒビが走った。


「だったらッ!」


 鞘で殴りつけようと剛腕を振るうも、奈切は軽く顎を引くだけで避けてみせる。本当に必要最小限のモーションだ。


「B・Uと妖術の使用もできるとは、まさしく人間と妖怪の集大成。凱妖機というネーミングも悪くないですね。僕も初見なら。増してパイロットがサクラちゃんなら、危なかったかもなぁ!」


「だけど」と、その顔に幽鬼のような浅い笑みを浮かべた。


 ヘッドセットの向こうにその表情を見た鋼一郎は、たしかな寒気を覚える。


崩壊術(ほうかいじゅつ)(ちん)


 奈切がそう唱えた途端、踏ん張っていた足元が流砂上に崩れた。


〈クサナギ〉の弱点は足元を取られてしまうこと。たったこれだけで〈クサナギ〉は、B・Uによるアドバンテージを喪失してしまう。


「犬飼梨乃との勝負を最後まで見ていた甲斐がありましたよ。鎖というのは非効率ですが、そこから得られるものも多い。いやぁ、ほんと中断させずに見届けてよかったですよ」


〈クサナギ〉は動けない。動こうと足掻けば、足掻くほどに機体は地の底へと沈み込んでいく。


「クッソ! 白江、足元を凍らせて何とかできないかッ!」


「やっておる! けれど、排気口にまで砂が入ってしまったようじゃ……これでは満足に冷気が放出できぬ!」


 奈切は、襲い来る梨乃の傘下たちを屠りながら、沈みゆく〈クサナギ〉に目を遣った。


 いくら奈切と言えど、白聖鋼の毒性は無視できない。だからこそ、毒が全身に回る前に、彼は自らの腕をそのまま引きちぎる。


 失った腕を元に戻すのは妖術でも困難だろう。だが、奈切が宿すのは完璧な「不滅の妖術」だ。決して滅びることを知らない肉体は、筋繊維の一本までを、瞬時に再生して見せた。


「それが不滅か……再生までの時間はざっと数秒ってところかよッ!」


 鋼一郎も、敵の情報を分析しようと試みる。


「あれ、ここまで見せても戦意が折れないんですか? 普通、諦めません?」


「諦めるわけがねぇだろッ! 俺たちがここで倒れたら何も変わらねぇッ! 白江や梨乃が戦い続けた意味がなくなっちまうんだッ!」


 鋼一郎は目を凝らす。


 何かあるはずなのだ。何か逆転の手段が────


「ありませんね、そんなご都合主義」


 奈切の伸ばした指先が〈クサナギ〉の装甲に触れた。熱も氷も、森羅万象を操る五指が鋼一郎たちを捉えたのだ。


「はい、ゲームオーバーです。けど、まぁ、最後まで頑張ったんですし、最後に面白いものを見せて、終わりにしましょうか」

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。祓刃隊員一同、喜ばしい限りです。


気に入って頂けたなら、フォロー&コメントを是非! 読了ツイートで拡散、宣伝なんかもして貰えると感謝が尽きません。……っと、今回はここで幕引きです。

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