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変化術・九々八十一式とBU

「…………やってくれんじゃん」


 梨乃は垂れてきた鼻血を拭いとる。


 横殴りに彼女の顔を捉えた鞘は頬骨を砕くのにも十分な威力をしていた。口いっぱいに広がるのは錆臭い鉄の味である。


回復術(かいふくじゅつ)憩急(けいきゅう)


 妖術による治癒が行える彼女にとって、この程度のダメージはないに等しい。現に折れ曲がった鼻と頬の痛みは消え、砕けた骨もより強固に再生された。


 だが、今の一撃で彼女の闘争心にも火がついた。全身が熱を帯び、血脈が早まっているのだ。


「分かった……アタシも本気でやってやるよッ!」


 梨乃が手足を地べたに添える。その拍子に羽織っていた着物が落ちれば、彼女の淡い肌と雌豹のようにしなやかな筋骨が露となった。


「さぁ、派手に行こうかッ!」


 活性化することで冷気を抑え込むことが出来なくなる白江と同様に、この時間帯は持ち合わせた妖怪本来のポテンシャルを押し殺す方が難しい。


 彼女の身体が弾けるように肥大化し、その全身を黄金色の体毛が包み込む。それに伴うよう、彼女の容姿も人型からかけ離れたものへと変貌を始めた。


 哺乳目ネコ目イヌ科イヌ亜科に属する姿をしながらも、〈クサナギ〉にも劣らない巨大な体躯とゆらゆらと揺れる九本の尻尾を備えたその姿は、「妲己」あるいは「玉藻の前」とも称される傾国の大妖怪・九尾の狐そのものだ。


「なっ……⁉」


「おいおい、この程度で日和んなよ。アタシの本気はここからだぜ」


 そう。彼女の真骨頂は、一番から九番の妖術が付与された武器にあるのだ。


「変化術・九々八十一式ッ!」


 突き出した尻尾の一本一本がそれぞれ、異なる武器の形へと変容していく。


 一番・刀


 二番・長槍


 三番・大槌


 四番・金棒


 五番・砲筒


 六番・斧


 七番・かぎ爪


 八番・クナイ


 九番・鎖


 計九つ。ズラリと物騒な面々が彼女の前に揃えられた。


「三番ッ!」


 四足獣の姿を取ったがために、梨乃は変化させた武器を両腕で構えることは出来ない。だが、彼女は武器の柄を咥えることで、器用に大槌を構えてみせた。


『鋼一郎、分かっておるの? 梨乃の三番・大槌に付与された効果は』


 ヘッドセットを介して鋼一郎の耳に届いたのは、白江の声だ。


「崩壊の妖術。掠めただけでも接触箇所の分子構成を崩し、金属や装甲を極端に脆くする──だろ?」


 今の世界が視えている鋼一郎ならば、大槌の一撃を鞘で受け流し、その喉元に刃を突き付けるまでのカウンターを狙うことも容易であった。


 それでも鋼一郎は素早く操縦桿を胸元へと引き込み、ペダルを蹴る。計四基のブースターが一八〇度回転し、逆噴射。十分な距離を保ったうえで、大槌による一撃を避わしてみせたのだ。


「───ッ!」


 振り下ろされるのは轟雷のような勢いと、暴力的な質量の塊。大槌が叩きつけられた足元には蜘蛛の巣状の細かな亀裂が走った。


「チッ……避けやがったか」


 大槌は強固な装甲を持つ凱機を一撃で破壊するための武器。鈍重かつ隙も目立つ大槌に敢えて崩壊の妖術を仕込んだのだって、カウンターを狙えるだけの操縦技量を持ちあわせる一級以上の祓刃隊員を逆に屠ってやるためのものだ。


 それを理解したうえで回避を試みたということは、


「あぁ、そっか。……そうだよなァ! お前と組んでるのは、あの裏切り者の白江だもんなァ!」


 梨乃の操る九つの武器と、それらに付与された妖術について。白江がそれをリークしていく。


《超火力を誇る五番・砲筒はまず撃たれないだろう。アレを撃つのにここは狭すぎるからの。ヤツの妖気エネルギーが尽きるまで増殖する八番・クナイも装甲を貫くには威力が足りん。この二つが使われることは、まずありえないと思っていけ》


「あぁ……寧ろ、俺が警戒しなきゃならないのは一番と九番だろ?」


 梨乃の手のうちは全てバレているのだ。情報量のアドバンテージ差が、廃工場の時と逆転していた。


 だが、それでも彼女は吠える。


「全部バレている? だったら、なんだって言うんだよ? 全部、無問題(もうまんたい)さ!」


 残り八つとなった武器から、迷うことなく噛んだのは、刀剣の柄だ。


「一番ッ!」


 一番・刀────そこに付与された妖術効果は「加速」である。


 その刃を一度振るえば、彼女の速さは二乗。もう一度振るえば、さらにもう二乗速くなる。


 彼女が選んだのは刃を振るうだけで、爆発的に加速し続ける武器だった。


《一番だ! 来るぞ、鋼一郎ッ!》


「わかってるッ!」


 乾いた唇を舌先で湿らせ、〈クサナギ〉も間合いへと踏みこんだ。ブレードの切っ先を強引に押し込み、下から救い上げるよう、彼女の刃を押し戻す。


 刀身は互いに噛み合い、チリチリと火花を散らした。〈クサナギ〉の馬力に対し、梨乃の咬合力と首元の筋力はやや勝るか、否か。それでも加速の一番を振り切らせるわけにはいかなかった。


「このッ……!」


 全てが止まった見える世界はあくまでも、そう見えるだけに過ぎない。極端にすべての動きが遅くなるからこそ、止まっていると錯覚するのだ。もちろん、それは正面を切った戦闘に置いて、圧倒的なアドバンテージを獲得できることに変わりはないのだが、何事にも例外事項は介在する。


 ──彼女が刃を振り続ければ、いつかは擬似的に再現された「百千咲楽の世界」でさえも追いきれないほどに加速されてしまうのだ。


 それだけの加速を許せば、〈クサナギ〉の性能をもってしても対処ができない。音速を超えてソニックムーブを纏えば、巻き込まれた機体は容赦なくグチャグチャにされるだろう。


 梨乃にとって一番・刀は、鋼一郎のB・Uを打ち破る一発逆転の切り札だ。


 だからこそ、鋼一郎も彼女の加速を強引にでも止めなければならなかった。止めた刃にさらに鞘を叩きつけ、力技で彼女を抑え込む。


 けれど。


 それさえも梨乃の目論見通りだったとしたら、どうだろうか?


「まぁ、止めるよな……だってアタシの手の内は全部バレてるんだから」


 ならば当然、ブラフの一つや二つ、張り巡らさないわけがないのだ。


 梨乃がほくそ笑み、切り札であるはずの刀を吐いて捨てた。不意に力を抜かれたせいで、ブレードと鞘に力を加えていた〈クサナギ〉は、前方へと大きくバランスを崩す。


「しまった……⁉」


「ハッ! 随分間抜けなリアクションだな。白江と仲良くしすぎて、忘れちまったか? アタシら妖怪ってのはね、皆、狡猾なんだよッ!」


 残り七つ。梨乃が選び抜いたのは九番の鎖だ。金属の輪同士が掠れあい、ジャラジャラと耳ざわりな音を奏でる。


「コイツに付与された妖術だって、もうわかってるんだろ?」


 鎖に付与された効果は「必中」。標的をどこまでも追いまわす追尾型の武器だ。


 這うように迫る鎖は、獲物を絡めとる大蛇のように〈クサナギ〉の両足を縛り付けた。


 鎖の必中効果は何かと接触した時点で終了してしまう。本来であれば、いかに必中であろうと鋼一郎の刃に阻まれて終わるだけ。


 だからこそ、梨乃は一番の切り札をブラフのタネにして拘束を狙ったのだろう。


「白江の言ってた最強の祓刃隊員……たしか、百千咲楽だっけ? その人と戦ってもこんな感じだったの結末だったのかな? 人の領域から外れた動体視力はたしかに面倒だったっけど……肝心の機体の方が動けないんじゃ、怖くもなんともないんだよッ!」


「ぐッ……! こんな鎖くらい」


「解かせるわけもねぇよなァ!」


 梨乃の牙は肩部のブースターユニットの一つを食い千切る。そして畳みかけるよう、硬化した頭突きで〈クサナギ〉の巨体を弾き飛ばした。


「がぁぁっ!」


 リングの縁に叩きつけられると同時に、正面からは重力による負荷が、背後からは衝突による振動が鋼一郎を挟み込んだ。


 こみ上げてくる胃酸には血の味が混ざっている。奥歯をかみ合わせ、意識を保つも額からはヘッドセットが大きくズレた。


「さぁ、そろそろ終わりにしようかッ!」


 梨乃が選ぶのは、二番・長槍。彼女の妖気エネルギー糧に伸び続ける「延長の妖術」が付与された長射程武器だ。


 放たれた槍の先端は無防備な〈クサナギ〉を容易に捉えるだろう。コックピットに食らいついた切っ先は、装甲の曲面によって力のベクトルを逸らされるも、〈クサナギ〉の胸部を守る鉄板を残さず剥ぎ取った。


「……ん? 力の入れ方をミスったか?」


 想定よりもずっと固い。そんな手応えに違和感を覚えながらも、梨乃は槍を構え直した。


「次は外さない」


 ◇◇◇


 沈黙する〈クサナギ〉は、胸部のフレームを晒したまま動かない。長槍の切っ先はコックピットを覆う装甲の一枚さえも穿っていた。


 入った亀裂からは、コックピットの中を伺い知ることが出来るだろう。


 僅かな隙間の向こう────白い髪をした妖怪がほくそ笑む。


「のう、梨乃よ? 勝ちを確信するのは、まだちょーっと早いんじゃないか?」

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。祓刃隊員一同、喜ばしい限りです。


気に入って頂けたなら、フォロー&コメントを是非! 読了ツイートで拡散、宣伝なんかもして貰えると感謝が尽きません。……っと、今回はここで幕引きです。

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