軽薄な言葉と血まみれのリング
梨乃に招き通されたのは、地下へと続く階段だった。
暴力団のアジトに証拠品を保管するための部屋や、身柄を避わすための脱出通路が隠されているというのは創作のお約束ではあるが、まさか本当にそんな空間があるだなんて。
それも、不自然に設置された書類棚の裏に入口が隠されているとは、ベタ過ぎるにも程があるんじゃないだろうか。
「さぁ、入れよ。客間はこっちだぜ」
「嘘こけ、客間ならさっき通り過ぎただろうに。……まぁ、入ってはやるが、後ろから押したりするのはナシじゃからな」
「アタシがそんなつまらない真似をしないことくらい、アンタが一番よく分かってんだろ? それと人間の方。アンタ、巷で噂の克堂鋼一郎だったんだな。初対面の時は気付かなかったけど、手配書を見てピンと来たんだ」
梨乃が鋭い視線を向ける。
妖怪たちは夜間ほど活発になるのだ。その例に漏れず、彼女の瞳の金色も、不気味な輝きを帯びていた。
「アンタ、一級なんだってね。それも、そんなに若いのに一級に上れるなんて。いったいどれだけ、あたし達の仲間を殺してきたんだ?」
「それは……」
「だったら、溺死や転落死なんてヌルい死に方で許されるわけもないよな?」
ありったけの憎悪と怒りを乗せた言葉。それに全身が総毛立つ一方で、鋼一郎にもだんだんと「犬飼梨乃」という人物像が掴めてきた。
ここまで露骨に向ける敵意は、裏を返せばそれだけ仲間を強く思っている為のもの。それをはっきりと言葉にして行動できる彼女は詰まるところ、どうしようもなく〝仲間想い〟なのだ。
思い返してみれば、彼女は裏切りものである白江にさえ何度も忠告を繰り返していた。
それに彼女がただ狂っただけの復讐鬼なら、白江も決戦前に残された希少な時間を使ってまで接触しないはず。極めて薄い確率かもしれないが、彼女とは共に戦変えるかもしれないのだ。
「……確かに、俺はたくさんの妖怪を殺してきた。もしかしたら、お前たちの仲間や友人だって殺したかもしれない。だから、全部にケリがついたなら、俺なりに償う方法を探すつもりだ」
「その反応は、白江からこっちの事情を全部聞いたってところか? だけど、それにしてはちょっと都合が良すぎる言葉だな。アンタは本当に自分がやってきたことを償えると思ってるのか? 増してアンタ自身は、本当に心の底から妖怪を許せるのか?」
本当に、本当はいるんだろ?
どうしても許せない妖怪の一人や二人?
そう問いかける彼女に対し、頭をちらつく妖怪がいるのも事実だった。もしも自分の両親や、恩師である咲楽を殺した妖怪を見つけたのなら、許せるかどうかはわからない。
鋼一郎は、今吐いた言葉がいかに軽薄だったかを思い知る。ただ、それでも──
「ただ、それでも俺は戦う。護りたいと思える奴らがいて、そいつらが俺を必要とする限り。俺は戦い続けてやる」
「ふん。口だけなら何とだって言えるんだよ」
◇◇◇
階段には照明の類こそあれど、妖怪たちは夜目が効くためにそれを点けようとはしない。だから、鋼一郎にとっては前をゆく白江の気配だけが頼りだった。
「やけに深いな……」
もう階段を五十段近くは降りたんじゃないだろうか。それなのに、まるで底が見えない。
隠し部屋にしろ、脱出路にしろここまで深く掘る必要はないはずだ。
「少なくとも、この下でお茶が出てきて話し合いなんてことはなさそうじゃのう」
「アタシらは仲良くお茶をする関係でもないだろ? ただ、これ以上ないほど、分かりやすくはあるぜ」
やがて階段は終わり、血の底へと辿り着く。
その向こうに見えるのは目が眩むほどにギラついた照明と、すり鉢状に切り抜かれた空間であった。
すり鉢の周りには座席が設けられ、彼女の傘下に属する妖怪たちがそれをすべて埋めている。
「まさか、これは……⁉」
それはまるで、古代ローマのコロッセウムを思わせるような空間だった。天井からは四方に向けて四枚のモニターが吊るされ、中央の巨大なリングが設けられている。
「ここの元住人が残したもんさ。シノギだか何だかは知らないけど、連中は違法で入手した凱機で拉致した妖怪を殺すショーを運営してやがったんだよ。……まぁ、アタシがここに来てからは、連中の何人かに全く同じことをしてもらったけどな。プロレス? ボクシング? アタシってさ、そういうのが結構好きみたいでさ。連中にはいいサンドバックになってもらったよ」
梨乃は犬歯を剥き出しに、狂暴な笑みを向ける。それでも細めた眼差しには、どうしたって誤魔化せない怒りが滲んでいた。
「……」
ここからでも、床に赤黒い跡があるのが見える。それは果たして誰のものだろうか?
そして、向こう側には鋼一郎たちの乗ってきたトレーラーが運び込まれていた。元々この邸宅には、凱機を搬入するための大型エレベーターか、何かが備えられていたのだろう。
「なぁ、白江。話があるなんて言っておきながら、アレを持って来たってことは、少なからず力づくってのを想定してたんだろ?」
「ワシが考えを改めないように、お前さんもワシの言葉を聞くわけがないと思ったからの。あくまで最終手段として」
「はっ……そもそも奈切とかいうバケモノを生み出したのは、アタシらの親世代の不始末だろ? B・Uだか凱機だか知らないが、人間なんかと組まずとも妖怪の問題はな、妖怪だけでケリをつけるべきなんだよッ!」
それが梨乃の考えであるというのなら、ここに用意されたリングの役割もこれ以上ないほどわかりやすい。
「どうせ話し合いをしたって、アタシらの意見は平行線なんだ。──ならいっそ、ここで決着をつけようじゃねぇか」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。祓刃隊員一同、喜ばしい限りです。
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