#記念日にショートショートをNo.34『あべこべの国~美しい世界で本当の望みを編~』(Reverse Country:Find Real Hope in a Beautiful World part)
2020/5/5(火)こどもの日 公開
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【関連作品】
「あべこべの国」シリーズ
➖「ねえ、オタマジャクシさん。」
髪が、風に揺れる。
「何で、その名前なの?」
風の音が、強い。
「何で、真っ黒なの?」
風を抑えて、振り返る。
「何で、お尻が小さいの?」
風が、止んだ。
音が、消える。
「あ〜あ、バレちゃったかあ。」
ポン、と音がして、オタマジャクシさんが消えた。そして、ルエカが現れる。
「何で。」
ルエカのオタマジャクシさんに問いかける。
「あなた、ルエカでしょう?」
疑問と幽かな恐怖で燻る心の隅に、あえかな悲しみがうずくまっていた。
「……僕を、殺してほしかったんです。」
「…ルエカとしての、僕を。」
オタマジャクシさんが、話し始めた。
「ルエカの僕は、いつも食べ物を横取りしたり、お金を盗んだり、他のルエカと同じように、好き勝手に生きていました。」
「でも、そんな自分に、ある時耐えられなくなったんです。」
「過去は悔やんでも、なかったことには出来ない。ルエカのままだと、リセットすることは出来ない。」
「そんな時、〝人間ならルエカをカエルにすることができる〟という研究結果を耳にしたんです。」
「………」
「もし、カエルに生まれ変わることが出来たなら、新しい自分に生まれ変わって、リセットすることが出来るんじゃないかって。…だから人間であるあなたを、呼んだんです。」
「……リセットはダメだよ。」
いつの間にか、地面を見ていた顔を上げる。
「…リセットしたら、ルエカの時の自分を、なかったことにする、ってことでしょ?過去の過ちから逃げる、ってことでしょ?」
オタマジャクシさんを見据える。
「私は、あなたをカエルにはさせてあげられない。」
沈黙が流れる。
「私は、あなたの身勝手な行動の、巻き添えになっただけだったの?知らない間に、悪の片棒を担がされていたの?
…知らなかったとはいえ、いま、ものすごく後悔している。」
目から、涙が零れた。
「……もしも、あなたが…」
「待ってください!」
オタマジャクシさんの声が、私の言葉を止める。
「ごめんなさい。結局、僕は過去の自分から逃げていただけだった。過去をなかったことにしようとしていた。でも、あなたのおかげで、ようやくいま、それに気付くことが出来た。」
「カエルになったルエカは、もうルエカに戻ることは出来ない。でも、ルエカだったカエルは、僕には匂いでわかる。だから、自分の過去の行動を省みて、本物のカエルたちに➖寸志としか受け取られないかもしれないけど➖償いをして、みんなと一緒に、この世界が良い世界に生まれ変わるように努力する。」
「…でもこの世界に唯一の存在となったルエカの僕の話なんて、誰も聞いてくれないだろうし、きっとこの世界から追放されてしまう。」
「だから、僕を、カエルにしてくれないかな。」
「自分がルエカをカエルに変えてしまったことを、身体に刻み残すためにも。」
空が、茜色に染まり始めていた。
夕暮れの時が、静かに流れる。
「…わかったわ。」
「約束して。ちゃんと、良く生きるって。」
「もちろん。」
ルエカのオタマジャクシさんに、小指を触れる。
➖これは、お互いの約束。
オタマジャクシさんと、私の。
そして、この約束を咎めない世界の。
「じゃあ、やるよ。」
「いつでも、いいよ。」
深呼吸をして、杖を、真っ直ぐ、オタマジャクシさんに向ける。
すっ、と、息を吸う。
「〝えぼけば!〟」
オタマジャクシさんが、すっ、と消えた。
風がやさしく包むように私を持ち上げる。意識が、遠退いていく。
「ありがとう、鈴ちゃん!」
耳にオタマジャクシさんの声が聴こえ、風の向こうで、カエルになったオタマジャクシさんが、笑顔で私を見送っているのが、幽かに、見えた気がした。
けたたましい目覚まし時計の音に、驚いて目を開ける。
「鈴、早く起きなさい!遅刻するわよ!」
階下から母の声が聴こえる。
慌てて机の上のスマホを開き、日付を確認する。月曜日だ。
いつものように慌ただしく支度をし、
「行ってきまーす!」
と、いつもと同じ時刻に玄関を飛び出す。すると、ちょうど蓮も家から出て来たところだった。
一瞬お互いに目が合ったのも束の間、すぐに蓮が視線を逸らす。私を無視して、スタスタと歩いていく蓮の腕を掴む。
「待って、蓮!」
振り解かれるかも、と思ったが、思いの外、蓮は足を止めて私を振り返った。
「なに?」
もう、逃げない。嫌われてしまう結果になったとしても、ちゃんと、あの日の自分と、向き合うことができたならば、それでいい。
「ちゃんと、話そう。」
「何で、私たち、こうなっちゃったの?何で、あの日から、ずっと赤の他人みたいな関係なの?」
蓮が、俯いた。怒っているのか、嫌な気持ちなのか。
「嫌な思いをさせて、ごめん。でも、私はちゃんとあの日のことを話したいし、ちゃんと話さなきゃダメだと思うの。私が原因なら、謝るから。ちゃんと話さなきゃ……」
「ストップ。」
蓮はそういうと、
「ごめん、嫌じゃねえよ。」
と小さな声で呟いた。
それから長くゆっくりと息を吐いて、私の腕を掴み、引っ張る。
「歩きながら話そう。遅刻する。」
久しぶりに歩く蓮の隣りを、まだ身体が馴染みを覚えていた。
「私、あの時、蓮にしつこくしすぎて、それで嫌われちゃったのかと思っているの。しつこくしすぎたことは謝る。ごめんね。」
蓮の言葉を待つ。
「……鈴は何も悪くないよ。俺が……自分の気持ちに正直になれなくて、このままの関係が良いって、それで、あんなことを言っちゃったんだ。いままで本当にごめん。」
「うん、これでお互い、すっきりしたね。…もし蓮が望むなら、私はもう蓮には関わらないし、これまで通り、話しかけたりしない。だから、もし嫌なら……」
蓮の手に引っ張られるように、立ち止まる。
「蓮?」
「何で、泣いているんだ?」
「え?」
顔に手を当てる。頬を、涙が伝っていた。
「え、何で、私……。」
「鈴も、俺と同じ気持ちだって、期待していいのか?」
頬をうっすらと赤くした蓮が、私を見る。
「同じ…気持ち……?」
「さっきも言っただろ。自分の気持ちに正直になれなくて、だからこのままの関係が良いって思ったって。」
蓮が、一呼吸置いた。
「あの時から、ずっと、鈴のことが好きだったんだ。」
そしてすぐに、付け加えるように続ける。
「もし、鈴の気持ちが俺のと違うのなら、もう鈴には関わらないし、これまで通り、話しかけたりなんてしない。だから、もし嫌なら……」
「嫌だ。」
「…そんなの、嫌だ。蓮に関わりたいし、もっと話したい。こんな風に一緒に登下校もしたいし、一緒に遊びにも行きたい。私、もっと蓮と一緒にいたい!」
笑顔で蓮を見る。蓮がほっとしたように、微笑んだ。
「やり直そう、一緒に。」
再び、並んで歩き出す。
いつもと変わらない日常が、大きく変わり始めていた。もう何があっても、私たちは大丈夫だと、信じていける気がした。
「蓮…。」
隣りを歩く蓮に、声を掛ける。
「なに?」
何年かぶりのやさしい笑顔が、私を見下ろした。
「あの…」
頬が猛烈に紅く染まる。
「手、繋ぎたい…です……。」
私が絞り出した声に、蓮は一瞬、驚いた表情をして、それから「うん。」と、やさしく頷いた。
蓮の手が、私の手を取る。
繋いだ手のその先にある未来に、届きそうな気がしていた。
【登場人物】
○鈴(りん/Rin):中学3年生・15歳
●蓮(れん/Ren):中学3年生・15歳
◎尾玉雀子(オタマジャクシ/Otama-Jakushi):カエル=ルエカ
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
①構成について
#記念日にショートショートをNo.32~34のシリーズとなっています。
○No.32:「~天地有用カエルの国編~」
○No.33:「~私と魔法とえぼけばルエカ編~」
○No.34:「~美しい世界で本当の望みを編~」
②タイトルについて
○No.32『あべこべの国~天地有用カエルの国編~』(Reverse Country:Turn it upside down,Frog Country part)のタイトルに使用した「天地有用」という言葉は、「天地無用」の反対の意味として、このシリーズに出てくる用語をひっくり返すように仄めかしています。
③用語について
○「Dnal Ebokeba」:人間界とは反対の位置にあるカエルの世界
○ルエカ:「Dnal Ebokeba」に蔓延る生き物
○「Ureanakowimozononnihs」:ルエカ退治の報酬
④解説について
○〝Dnal Ebokeba〟→反対から読むと〝Abekobe Land〟
○呪文〝Ebokeba〟→反対から読むと〝Abekobe〟
○〝ルエカ〟→反対から読むと〝カエル〟
○報酬〝Ureanakowimozononnihs〟→反対から読むと〝Shinnonozomiwokanaeru(真の望みを叶える)〟
⑤伏線について
○尾玉雀子さんが本当はルエカだという伏線
・No.32:3段落目L.10~12
《ただのカエルではない。そのカエルは、真っ黒で、お尻が顔に比べてかなり小さかった。ザ・アタマデッカチ・ガエルなのだった。》
・No.32:最終段落L.1/・No.33:1段落目L.1
《「申し遅れました。私、尾玉雀子と申します。」》
・No.33:3段落目L.9~10
《赤い点が、1つ、レーダーの中央で止まっていた。》
・No.33:3段落目L.17
《赤い点は、¨まだ中央で止まっていた。¨》
・No.33:3段落目L.22~26/・No.34:1段落目L.3~7
《「何で、その名前なの?」
風の音が、強い。
「何で、真っ黒なの?」
風を抑えて、振り返る。
「何で、お尻が小さいの?」》
【原案誕生時期】
公開時