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隕石から生まれた身替り地蔵

作者: ウォーカー

 細胞分裂。

一つの細胞が二つ以上に増えること。

細胞分裂によって体が成長する生物もいれば、

細胞分裂によってその個体数が増える生物もいる。

さらには、それに当てはまらない生物も存在するという。



 恋人同士の若い男女。

二人とも神社仏閣巡りが趣味で、休みの日にはよく一緒に出かけている。

今日もその二人は、最近評判のある寺院を訪れる予定だった。


 その寺院は一風変わった本尊ほんぞんまつっていると評判で、

御本尊は何かというと、そのものずばり、石である。

かつて、空から落ちてきた隕石が、その寺院の御本尊になっているという。

その昔、その町がまだ村ほどの規模だった頃の話。

曇天の空を貫いて、隕石が落ちてきた。

その隕石は地面に激突し、遠くの山々まで爆発音が響き渡り、

驚いた鳥たちが羽ばたいて飛び立っていった。

驚いたのは鳥たちだけではない。

思わぬ来訪者に、村人たちは大慌て。

気味悪がって誰も近付こうとはしなかった。

すると、一人の男が、勇敢にも隕石に近付いて手を伸ばした。

男が隕石に触れると、硬い隕石がパカッと割れて二つになり、

一方がぶよぶよと形を変え、触った男そっくりの姿形になった。

自分そっくりの地蔵のような姿になった隕石に、男が呆気にとられていると、

曇天の空に稲光が一つ。

雷が男めがけて落ちてきた。

運悪く雷に打たれた男は、真っ黒焦げになって倒れてしまった。

生身の人間が雷に打たれたなら、きっと無事では済むまい。

村人たちが遠巻きに見ていると、

なんと、雷に打たれたはずの男が、むくっと立ち上がった。

男は呆然自失の様子だったが、体には傷一つ無く無事だった。

代わりに、地蔵になった隕石が黒焦げになって傍らに横たわっていた。

きっと地蔵が男を助けてくれたに違いない。

そうしてその隕石は、身替り地蔵と名付けられ、

村で丁重にまつられることになった。


「というのが、これから向かうお寺の由来なんだって。

 今では、村は町となり、身代わり地蔵は観光名物というわけさ。」

「ふぅん、興味深い話ね。

 でもそれ、ガイドブックの受け売りよね?」

「・・・バレたか。」

その若い男女が笑顔で語らう。

そうして電車を乗り継いで件の町に到着したその二人は、

身替り地蔵があるという寺院へと歩いているところだった。

「ほら、お寺が見えてきたよ。」

やがてその若い男が指し示す先に、目的の寺院が姿を現した。


 身替り地蔵があるという寺院は、町の規模に比べると立派だった。

外見はよくある寺院らしい寺院。

古めかしい宗教文化漂う建物に、法衣をまとった坊主の姿。

ゆったりとした敷地内に、いくつもの建物が立ち並ぶ。

古い言葉なのか外国語なのか、判別不能な絵のような図のようなものが、

建物の壁などに描かれている。

評判になっていることもあって他の参拝者も多い。

目的の身替り地蔵に参拝するには順番待ちが必要なようだ。

身替り地蔵の参拝はこちら。という表札を頼りに、

その若い男女は行列の最後尾に並んだ。

「お地蔵さんのお参りに行列だなんて、ずいぶん人気なのね。」

「順番待ちの間、このパンフレットでも読んでみようか。」

その若い男がパンフレットを手に取って、その若い女が肩を並べて覗き込む。

備え付けのパンフレットに書いてあることは、

事前に調べたガイドブックに書いてあったことと変わらない。

隕石が御本尊であること。

触ると二つになって、片方は触った人の形になること。

触った人が病気や怪我をした時、身替り地蔵の御利益で助けてもらえること。

すると、ふとその若い女が、指で指し示して言った。

「あら?

 このお寺、よく見たら、

 身代り地蔵じゃなくて、身替り地蔵って書いてあるね。」

「本当だ。誤植かな。

 それとも、何か意味があるのかな。」

そんなことを話している間に、その二人の順番がやってきた。


 その若い男女が案内された本堂の中には、

大小様々な地蔵たちが、びっしりと並べられていた。

小さな男の子の地蔵だったり、年老いた老婆の地蔵だったり、

どうやらこれが身替り地蔵のようだ。

しかし、参拝するのはこれら身替り地蔵ではなく、まず御本尊の石の方から。

立ち並ぶ地蔵の間を抜けていくその二人。

すると、身替り地蔵の目が、まるで生物のように、

一斉にこちらを見たような気がした。

身替り地蔵に圧倒されながら、その二人は本堂の奥へと進んでいった。


 身替り地蔵の本堂には、大きな石が祀られていた。

どうやらあれが御本尊である隕石らしい。

案内役の坊主が、そのような説明をしている。

そうしてその若い男女は、いよいよ御本尊の姿を間近に見ることになった。

御本尊の外見は、一風変わっていはいるけれども、ただの石にしか見えない。

大きさは大振りな洗面器ほどだろうか。

半透明な楕円形をしていて、

外側は赤いような紫のような金属的な輝きを帯びている。

半透明な外側を透かすと、中には赤い核のようなものが見える。

なんだか、どこかで見たことがあるような形。

そんな石が、豪華な座布団のようなものの上に鎮座していた。

坊主が手招きして言う。

「さあ、こちらの御石様に触れてみてください。

 順番にお一人ずつどうぞ。」

言われるがままに、その二人は石に触れてみた。

すると、目眩めくるめく刺激がその二人を襲った。

生気を吸い取られるような虚脱感。

それから、何かが体の中に入ってくる異物感。

視界がぶれて二つに分かれて、

頭の中の思考までもが二つに分かれていくような感覚。

やがて刺激が収まり、その二人が正気を取り戻すと、

目の前には御本尊の石。

そしてその横に、自分そっくりの地蔵が出来上がっていた。

坊主が満足そうに微笑んでいる。

「さあ、これであなたたちも、

 身替り地蔵の御利益にあずかることができました。

 もしも、不幸にもあなたたちの身に何かが起こっても、

 きっと身替り地蔵が助けてくれることでしょう。

 あなたたちの御地蔵様は、当寺で大切に奉納しておきますので。」

参拝は流れ作業のようにてきぱきと終わり、

その二人が気が付いた頃にはもう本堂の外に出ていた。

狐に包まれたような顔で、その若い女が言う。

「これで終わり?

 ずいぶんあっさりと終わったね。

 てっきりわたしは、目の前で地蔵を彫ってくれるものだと思ってた。」

「うん、そうだね。

 でも気がついたら、僕たちの形をした地蔵が既に出来上がっていた。

 あれはどんな仕組みだったんだろう。」

「ねぇ、御本尊の石の形、どこかで見たことがある気がしない?」

「ああ、そうだね。あれは・・・」

その若い男が腕組みをして考えていると、急にその若い女が口元を抑えて言った。

「・・・話してる途中でごめんなさい。

 わたし、ちょっと具合が悪いみたい。」

「大丈夫かい?

 今日はこのまま真っ直ぐ家に帰ろう。

 僕が送っていくよ。」

具合が悪そうにしているその若い女を庇うようにして、

その若い男も帰宅することにした。

その最中にも、身替り地蔵の石について考える。

外側が透明で中に核、それはまるで生物の細胞みたいではないか。

そう気がついたのは、その若い女を家へ送り届けた後のことだった。


 その日の夜遅く。

その若い男は布団の中で眠れぬ夜を過ごしていた。

全身が熱い。むず痒い。

日中に出かけて、その時に病気にでもかかったのかもしれない。

一緒に出かけた恋人の方は大丈夫だろうか。

そう思った時、夜の静寂を破るように電話がけたたましく鳴り響いた。

恋人であるその若い女が火事で全身に火傷を負った。

電話でそう聞かされて、その若い男は、

居ても立っても居られずに家を飛び出していった。


 恋人が火事で全身に火傷を負った。

全身の火傷は命に関わる。

もしかしたら無事では済まないかもしれない。

それでも、命だけでも助かって欲しい。

その若い男が祈るような気持ちで病院に駆け込むと、

病室には、全身焼け爛れたその若い女が、横たわっては・・・いなかった。

それどころか、火傷一つ無い姿で、美味しそうに水を飲んでいたのだった。

「火傷は!?体は大丈夫なのか!」

大慌てのその若い男に、その若い女は穏やかに微笑んで応えた。

「ああ、私の体はもう大丈夫。

 乗り換えが済んでいたのが幸いしたよ。

 体以外の復元も、朝までには終わるだろう。」

その若い女が何を言っているのか、その若い男には理解できない。

すると、廊下で看護婦が手招きをしている。

その若い男はそっと病室を抜け出して、看護婦のところへ向かった。

深夜の静まり返った病院の廊下で、看護婦が口元に手を当ててひそひそと言う。

「あなた、あの患者さんと親しいんですよね?

 ご両親とは連絡がつかなくて、連絡先が分かったあなたにご連絡したそうで。

 患者さんの容態ですが、火傷の方は心配ありません。

 確かに火事があった建物の中にいたはずなのに、

 体のどこにも異常は無かったんです。

 先生も理由がわからないとおっしゃっていました。

 問題は、体以外の方です。

 あの通り、不明瞭なことを言っていまして。

 あの患者さんは普段からああなのでしょうか?」

火事に遭ったのに火傷一つ無い。

これはどんな巡り合せだろう。

もしかして、身替り地蔵の御利益だろうか。

まさか病院でそんなことを説明できるわけもなく、

その若い男は平静を装って無難に応えるしかできなかった。

「・・・いえ、普段はちゃんとしています。

 もしかして後遺症でしょうか?」

「まだわかりません。

 朝になってから、もう一度検査をする予定です。

 もしよろしければ、付き添ってあげてくれませんか。」

「それはもちろん。」

しかし、そんな周囲の心配を他所に、

朝になる頃には、その若い女の様子はすっかり元に戻っていた。

検査の結果も異常無し。

両親とも連絡がついて、検査のためにもう一日入院しただけで、

その若い女はすっかり健康体で元の生活に戻ったのだった。


 それから一週間ほど後のこと。

その若い男女は、再び身替り地蔵がある寺院を訪れていた。

その若い女が火事に遭って無事で済んだのは、

きっと身替り地蔵の御利益のおかげだろう。

そう考えたその二人は、お礼参りにやってきたのだった。

相変わらず参拝者で賑わう中を、その若い女はスタスタと歩いて行く。

その背中に向かって、その若い男が声をかけた。

「ちょっと待ってくれよ。

 参拝の行列の最後尾はそっちじゃないだろう?」

「ああ、でも、既に参拝済みの人は、

 こっちから入って良いって書いてあるから。」

事もなげにその若い女が指し示す先、寺院の建物の壁には、

判別不能な文字のような絵のようなものが描かれているだけだった。

「これが何て書いてあるのか、君には読めるのか?」

その若い男に言われて、その若い女はハッと気がついたようだった。

「そういえば、わたし、どうしてこの文字が読めたのかな。

 でも、私には読めるみたい。

 とにかく、行ってみましょう。」

言われるがままにその若い女の後に続くと、

確かにその先には勝手口のような出入り口があり、

坊主が微笑んで迎え入れてくれた。

「おやおや、わざわざお礼参りにやってきてくださるとは。

 御石様も喜ぶでしょう。

 さあ、こちらへどうぞ。」

言われるがままに中へ入ると、今度は順番待ちもせず、

すぐに御本尊である石に参拝させてもらうことができた。

とは言っても、もう石に触れる必要は無いので、横から眺めるだけ。

その二人は横に並んで御本尊に手を合わせる。

ふと、その若い男が横を見ると、

隣に立つその若い女は、目を見開いて御本尊を凝視していた。

目が瞬いて、赤く点滅しているようにも見える。

こんなふうに、あの火事の一件以来、

その若い女はどこか変わってしまったと、その若い男には感じられていた。

身替り地蔵など関わるべきではなかったか。

いや、身替り地蔵の御利益のおかげで、

火事に遭っても無事で済んだのだから、逆に感謝すべきか。

そう考えたところで、その若い男の中で記憶と思考が合わさった。


御本尊の御石様の外見、透明で丸っこい中に核がある姿。

あれは生物の細胞にそっくりだった。

あるいは、そっくりではなく、実際にそうなのだとしたら?

御石様は一つが二つに割れて、それを繰り返して殖えていく。

それはまさに、生物の細胞分裂と同じ。

御石様は本当にただの石なのだろうか?

生物は細胞分裂を行うことで、体を成長させたり、あるいは個体数を増やす。

そして、生物の中には、

他の生物の細胞を利用して自身を増やすものもいるという。

あの時、御石様に触れて、体から何かが抜けたり入ったりする感覚があった。

それが感覚だけのことではなかったとしたら、御石様は何をしたのだろう。

それからもう一つ。

この寺院の御本尊は、身代わり地蔵ではなく身替り地蔵。

それを自分と恋人は、ただの字の間違いだと思っていた。

でも、もしそれが事実を正確に表すものだったとしたら。

身代わり、本物の代わりなのではなく、

身替り、つまりは入れ替わることを意味するのだとしたら。


もちろん、これらは全て想像でしかない。

「・・・まさか、そんなわけがないよな。

 きっと、このお寺の雰囲気が、気分にも影響したんだろう。

 火事に遭ったら誰だって平静ではいられないに決まってる。

 根拠もなく想像を働かせても仕方がない。」

そうしてその若い男は、恋人であるその若い女を引き連れて、

身替り地蔵がある寺院を後にすることにした。

帰り際に。

その若い男は、自身の体にも変化が起こっていることを実感する。

何気なく寺院の建物の壁の文様を目にすると、

今までは判別不能だったはずの絵だか図形だかが、

まるで氷が溶けたかのように、すっかり読めるようになっていた。


人間の体を蝕む地球外生命体。

その存在が確認され、人間がその正体に気が付くまでには、

もう少し時間が必要だった。



終わり。


 身代わり地蔵というのは、現実でも創作でもしばしば目にします。

もしも、身代わり地蔵ではなく身替り地蔵だったら。

そんな場合を空想してこの話を作りました。


今の地球上で生物が繁殖するならば、人間を利用するのが良い。

その結果、この物語の中での身替り地蔵は、

放って置いても人間が大事にしてくれるお地蔵さんの姿を使い、

ご利益があるようにみせかけて、人間と入れ替わる生物になりました。


お読み頂きありがとうございました。


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