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托卵癖の女

 時折、したり顔で「浮気をしない男はいない」だとか「すべての男は女性を性的対象として見ている」だとかいった主張をする人がいる。

 いかにも含蓄がありそうな深い話をしているように思えるけど、こういった類の主張は検証ができない。そもそも“女性を性的対象として見る”の定義が不明なのだからそれも当たり前で、どんなに男性が「違う」と主張しても何かしら理由を付けて強引に“性的対象として見ている”と主張してしまう事が可能だ。

 だから、間違っているのか正しいのかも分からない。

 ただ、それでも世の中には浮気をしない男性がたくさんいるのも事実だし、実はアルギニンバソプレシンという脳内物質の受容体の多さで浮気し易いかそうでないかが分かれるという研究もあるのだ。

 このバソプレシン受容体が多いと、一夫一妻になり、少ないと一人のパートナーでは満足できなくなってしまうのだとか。

 できるだけ多くの女性に子供を産ませた方が子孫の繁栄にとって有利だから、“遺伝子の生存方略”として男性に浮気性が多い理由は説明できる。

 もっとも、これは男性にだけ当て嵌まる話ではない。女性だってたくさんの男性の子供を産むことには、“遺伝子の生存方略”として有利な面がある。遺伝子の多様性を増やせるからだ。

 実際、男性よりも長いスパンではあるが、女性にも今のパートナーにやがて飽き、他の男性に惹かれるようになる傾向があると指摘する研究者もいる……

 

 私を育ててくれたのは、長谷川沙世さんという女性だった。だから私は彼女を本当の母親だと思っているし、彼女は私を大切に育ててくれたから不幸だとも思っていない。生みの親は木下郁子という女性で、私は名前くらいしかその人を知らなかった。

 「変わった人だったなぁ」

 と、長谷川さんは語る。

 郁子さん(長谷川さんがそう彼女を呼ぶから、自然と私も彼女をそう呼ぶようになった)は、まず長谷川さんと仲良くなったのだそうだ。そして、それからしばらくが経ってから私を生み、またしばらくすると突然に消えてしまったらしい。

 「別に子供を嫌っているとか、世話が嫌だとか思っているようには見えなかったな。むしろ、愛情を注いでいる感じ。だから、“この子をよろしくお願いします”って置手紙とお金を置いて蒸発しちゃった時にはビックリしたわ」

 父親は不明だそうだ。ただ、郁子さんは水商売をしていたから、相手は客の内の誰かではないかという事だった。

 正直に言って郁子さんにも父親にも私は興味はなかったのだけど、ある日、まったく知らない私よりも少し年上の男性が訪ねて来て、「もしかしたら、妹かもしれない」と言われてそれが変わった。

 どうにも郁子さん…… 私の産みの母親は、他でも似たような事をやっているらしいのだ。誰かの子供をつくって、他の女性に預けて逃げてしまう。その兄かもしれない男性の言葉を信じるのであれば、愛情はちゃんと持っていたように思えたのだとか。

 特に興味はなかったのだけれど、勝手に郁子さんは魔が差しただけだろうと想像をしていた私はそれを聞いて初めて怒りを覚えた。もしかしたら、“愛情がある”というのは全て演技で、計画的に私を捨てた可能性がある。

 それで私は他にも被害者がいないか郁子さんの足取りを追うようになったのだ。すると案の定、郁子さんは他でも似たような事をやっていた。

 何処からともなくやって来て、人懐っこく誰からも好かれ、そして誰か男性と関係を持って子供を産むと消えてしまう。

 ただ、何件か調べてかなり印象が変わった。私は初めは郁子さんは単なる男好きのだらしない女性だとばかり思っていたのだが、どうにも違っているようなのだ。

 彼女は決まってまずは男性とではなく、女性と親しくなる。しかも、子供好きで世話好きの優しい女性と。そして、その人と充分な人間関係を作ると、まるでそれに安心をしたかのように男を見つける。

 つまり、“自分の子供を大切に育ててくれる女性”を確保してから、子供を産んでいるように思えるのだ。

 カッコウは托卵の習性を持つ事が知られている。自分の子供を、他の鳥類に育てさせるのだ。私には彼女のその行為が、まるで托卵のように思えた。それは自分の子供に愛情を持っていないのとは違う。もし仮に、愛情を持っていないのだとすれば、わざわざ“育ててくれる女性”を見つけたりはしない。

 一人だけ、女性ではなく、男性が子供を育てているケースがあった。彼女が男を見つけるのは水商売の客と大体が決まっていて、高い金を貰う代わりに避妊なしでのサービスを提供した結果の妊娠がほとんどだったが、その男性だけは偶然近くに住んでいて、彼女に恋をしたのだそうだ。不幸にも、と言ってしまうのは失礼かもしれないが、私は彼に同情をした。

 その彼がこんな事を言った。

 「郁子さんには、多分、悪気はないと思うよ。あの人は本気で恋をして、本気で子供を可愛いと思っていたのじゃないかな?」

 私にはどうして彼が彼女を庇うのかが分からなかった。彼の子供はまだ小さくて、そんな我が子を彼はとても大切に可愛がって育てているようだった。

 郁子さんがどんなタイプの男の子供を残すのかは流石に調べられなかったけれど、子供を大切に育ててくれる相手を見抜く能力だけは非常に優れていて、私が会った彼女から育児を押し付けられた人達は、皆、子供を大切に育てていた。

 子供に罪はない、と。

 或いは、郁子さんにも罪はない、と。

 本当によく分からなかった。

 

 郁子さんを追い始めてから、十年程が経過した頃だった。私はようやく本人を見つけられた。北の方にある寂しい小さな町で、彼女は定食屋で働いて生活をしていた。もう子供を産める年齢ではなくなっていて、想像していたよりも随分と弱々しい印象を私は受けた。

 子供を捨て続けた女の憐れな末路といったところか、彼女は寂しく独りで暮らしていた。

 私は自分の名を告げ、自分が彼女の子供だと教えた上で、これまで見つけて来た彼女の子供達と母親代わりの人達の写真を見せた。

 嫌味のつもりだった。

 少しでも彼女を責めてやりたかったのだ。

 ところが、私が写真を見せると、彼女は私の予想外の反応を見せた。怒るのでもなく、謝るのでもなく、ただただ「ありがとう、ありがとう」と言って涙を流し始めたのだ。どうやら私が来てくれたことに、そして私が彼女の子供達の写真を持って来てくれたことに、彼女は心から感謝をしているらしかった。

 それで私は実感した。

 本当に、この人は自分の子供を可愛いと感じていたのだ。愛情を感じていたのだ。しかし、それでも本能的な衝動なのか何なのか分からないが、新しい男…… 否、新しい遺伝子を求め続けてしまった。

 

 世間では、浮気や不倫を悪い事だと言う。けれど、その性道徳は普遍的なものではない。もちろん、乱交社会のようなものが実現したなら、社会は大混乱に陥るだろう。だから、浮気や不倫を全面的に認めるべきだとは私は思わない。

 テストステロンという男性ホルモンがある。成功体験をすると分泌されるこのホルモンには、性欲を高める効果もあるらしい。

 冒頭で説明した一夫一妻の引き金となるバソプレシン受容体が少ない人間が、何かしら成功をしてしまったなら、或いは自分のパートナー以外の誰かと性交をしたいという欲望を抑えるのはとても困難なのではないだろうか? もし、どうしても浮気や不倫を禁止にしたいのなら、バソプレシン受容体を活性化させる薬か何かが必要になるのかもしれない。

 フランスでは、結婚しなくても子供を産む社会体制が確立しているのだという。賛否両論あるが、そういった人間の特性を考えるのなら、一考に値する体制と言える気もする。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妖は錯者の中出しの人も汚腐乱素な訳だと。(•▽•;)(荒、大変態変。)
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