01
不幸系の主人公はハッピーエンドを迎えるまでがとにかく書くのが辛い。書き手の方が参ります。
だけど、だからこそ最初の出会いは重要で最後は気持ちよく幸せを噛み締めて欲しいと願いました。
不幸だからこそ染まりやすい、染まりやすいからこそ愛されるを描き切れれば嬉しいです(´;ω;`)
天を仰げば灰色の雲が視界に入る。
生まれてからこの色の雲しか見た事がなかったから疑いもせず当たり前だと信じていた事。疑問を口にすると疑っても腹は満たされないと親に呆れられた事もある。
言われてみればそうだと納得すると私は空を見上げる事も止めた。
視線を空から目の前に落とすとそこには故郷の風景が目に入った。
私の故郷のスラム街。
私の故郷であり極貧層が住居する密集化した地区だ。都市部で当たり前に受けられる公共サービスを受けられなかったり、不衛生で健康に安全、道徳が平気で踏み躙られた環境が当たり前となった場所。
私の名前はアン、靴職人を親に持つ十二歳の女の子。
靴職人と言えば聞こえはいいが実際は路地で壁に腰掛けて親は布を広げただけものを店舗と呼んでいた。
親は真面目に働かず収入は雀の涙程度の低所得者で、毎日愚痴を吐き続ける世間から見ればダメな大人だ。それでも私には唯一の肉親で縋ることの出来るたった一人のお父さん。
私は今日もお父さんと段ボールに包まって肩を寄せ合って床に就く。
住む場所は持たず暖房器具だってまともに持っていない。当然ながらベッドなんてある筈もなく布団も一つしかない。だから寒さの厳しい冬はお父さんに抱きついて目を閉じた。寒くて布団もボロボロだったからまともに寒さを凌げない私には親の温もりが唯一の救いだった。
外に出かけると手が悴むから「はー」と息を吹きかけて寒さを凌ぐ。
お父さんがそうしていたから真似てみたけど悴んだ手には感覚が無かったから良く分からなかった。違いが分からなければもういいや、と適当に吐き捨ててそれ以上に大切な事を考えてみる。
空腹だ。
寒さは感覚が鈍って良く分からないけど空腹はそうもいかない。グーグーと腹の虫が鳴って食べ物を寄越せと迫ってくる。お父さんからは自分の食い扶持くらいは自分で何とかしろと教わったから、言われた通りにしようと行動に移す。
家を出てウロつくと美味しそうな匂いが鼻を擽る。
食べ物の匂いに誘われてフラフラと店内を覗き込むと美味しそうなパンが陳列されていた。目の前に広がる幸せが詰まった光景、人は生きるだけで腹が減る。
何もしていなくとも食べねば死ぬ。
死んだ経験は無いけど、教わっていなくともそれは理解出来た。美味しそうなパンを指を咥えて眺めていると自分の口から自然と涎が垂れてくる。
ふと店舗のガラスに写る自分の身なりに気付く。
かれこれ三年は着続けたボロボロの衣服は家に余裕が無いからと一着だけのもの。着る物はこれしか持たず新しく買い替える事も出来ないので継ぎ接ぎ状態。修繕するための糸だってまともに買えない。靴も履かず髪はずっとお風呂に入って無いからボサボサのフケだらけ。
こんな身なりで入店すれば間違いなく店の人に追い出される。
下手をすれば店の裏で血反吐を吐くまで殴られるかもしれない。
ここスラムがそれが平気で許される場所だから。私みたいな子供は大人たちの憂さ晴らしに使われてボロ雑巾にされるのがオチ。それでもお腹は満たされず空腹で鳴り止むことは無い。
空腹で死ぬか殴られて死ぬか。
そう考えると少しでも生き延びられる方に動くのが人間だ。私は出来るだけ静かに店舗のドアを開けてソッと目に入ったパンを懐に入れる。
慣れた手つきで仕舞い込み急いで店舗を飛び出した。
振り返る余裕も無かったから一心不乱に走り続けた。スラム街はそこいら中に人が寝そべるから走りづらい。子供の私はそれを必死になって避けて走り続けた。
息が上がる。
それでも後ろから怒鳴り声が聞こえるから止まるわけにはいかなかった。ここで捕まったら私は殺される。何もしなくたって勝手に野垂れ死ぬ。
そう思うと私の足は限界を超えても動かせた。自分の命を懸けて一歩一歩確実に前進した。
それでも限界はいつか来るもので、私は子供、追いかけてくる人は大人。体力で私が勝てる筈もなく、ついに追い詰められて転んでしまった。
転ぶと辺りに私が盗んだパンが散乱して、それが目に映ると自分が失敗したのだと実感が込み上げてくる。一度の失敗が私にとっては命取りとなる、それを知ってるから私は起き上がろうともせず静かにその場で目を閉じた。
程なくすると後ろから足音と共に大人の息切れが聞こえてくる。
少しだけ間を置いて息切れが止むと私は店の人に強引に持ち上げられて睨まれた。その人は口を大きく開いたから私を怒鳴ろうとしたのだと思う。
ところがその人は怒鳴らなかった。
どうして? もしかしてこの人は私の事を同情でもしてくれたのだろうか?
一瞬だけそう考えたが、どうやら違うらしい。その人に遅れて私も気付く、私は知らずのうちにスラムの区画を飛び出してしまっていたのだ。周りを見渡せばそこはキラキラと輝いていて、天を仰げば灰色の空なんて全く目に入って来ない。
青い空が一面に広がる景色が眩しく感じた。
初めて見たスラム以外の空はとても綺麗で私は状況を忘れて見上げてしまった。そして私の目の前に一台の豪華な馬車が停車する。そうか、追いかけてきた人が私を怒鳴らなかったのはこれが原因だったんだ。
その人は焦った様子で馬車に向かって跪く。
これは貴族の馬車だ、それもかなり高位の貴族。だから周囲の市民は皆んな跪く。それはスラムの住民だろうがそうで無かろうが関係ない。皆んな一斉に馬車に向かって頭を下げる。
地面に放り出された私だけ置いてきぼりにして。
私は倒れ込んだままボーッと馬車を眺めるしか無かった。すると馬車のドアが開いて人が降りてくる。
ああ、この人は私とは生きる世界が全く違う。
ゆっくりと馬車から降りてきた美貌の少女を見て私は素直にそう思った。絶対に手を伸ばして触れてはいけない人、触れたら間違いなく汚してしまう。
年齢は私と同い年くらいだろうか?
腰まで滝の如く流れ落ちた美しい赤髪に笑顔が似合う優しげな目。腰は引き締まって背筋をピンと伸ばして胸を張って歩く姿が幻想的で美しかった。
ボサボサな私の髪とは大違い。
その人は地面に突っ伏した私に優雅に歩み寄って私の顔を覗き込む。
覗き込んではハッと驚く様な仕草を見せて何かを考え込む様な様子を覗かせていた。最初は私の顔に何か付いているのかと思いもしたが、それも違う。
馬車を中心に時間は一切動かなくなってしまった。
だがそれも美貌の少女の一言で一気に加速する様に動き出す事となった。この人は私にとって運命の人だった。スラムと言う狭い世界しか知らず、苦しみを苦しいと感じる事も出来ない私を鮮やかな世界に連れ出してくれる事となった人。
少女はその場にしゃがみ込んで見窄らしい格好の私に優しく声を掛けてくれた。
何年ぶりのお父さん以外との会話だっただろうか?
「貴女、名前は何て言うかしら?」
「……マリー」
「私はジャンヌ。ジャンヌ・ローレヌよ、貴女、私と同じ顔をしてる」
「……え?」
「……パンツが黒い。趣味が私より大人ね」
「パンツ?」
「何でも無いわー」
これが悪役令嬢ジャンヌ・ローレヌと私マリー・アンの運命の出会いだった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
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