3話 あれ私……“オッサン”?
*
薄ぼやけた視界を開くと、私の姿が見えた。
何やら体が思う様に動かない。
白狼の起こした魔石の爆発を思い出しながら、私は自らの姿を傍観している奇妙さに気が付いて来た。
――死んじゃったのかなぁ私……
ガサゴソと棚のフィギュアをまさぐる自分を眺めながら、あぁ走馬灯って、こんな何でも無いような事を思い出すんだなぁって思った。
――やっぱり美少女だなぁ私……来世でも可愛い女の子に生まれ変われたらいいなぁ。
瞳を閉じ掛けると、マリルちゃんを逆さまにしてパンツの色を確かめる私に気付く。
「ふふん……不可思議な背徳感だ」
邪悪な笑みをこぼした私に、記憶を巡らせる。
――あ〜確かにまぁ、それはしたよなぁ……。フィギュアを愛でる際の様式美みたいなものだ。
でもなんでこんな事……最期の時に思い出す事じゃ無いだろう。
フザケた人生を振り返りながらほくそ笑んでいると、棚にズラリと陳列された美少女フィギュアを見上げる私が見える。
「これは素晴らしき肉体美だ。鍛え込んでいるな」
巨乳ばかりのフィギュアの胸をツンツンと触っていく私。
はは、こんな事もしたっけかなぁ?
真顔のままでひとしきりフィギュアにセクハラをした私は、自らのだるだるになったシャツの胸元を覗き込む。
「……」
がっかりとした表情を上げ、首を竦める私。
――おいふざけるな、何がっかりしてんだ。そんな肉の化身達にサイズで抗ってんじゃねぇよ。
視点を変えて持ち味を活かせよ、超美乳だろうが。
なんだか死ぬに死んでいられないな。こういうのってもっとこう、心に残ったシーンを見るもんなんじゃないの?
どれもこれも、特段記憶に残っている様な事でもねぇぞ。
――ん?
ちょっと待てよ、なんか私がポケットから妙な物を取り出したぞ?
「一服するか……」
おい……おいおいおいおい。
その茶色いのはなんだよ。
…………え、え?
……おい、それって葉巻じゃねぇのかよ?
どうなってんだ、喫煙なんてした事無いんだけど!
そもそも私16歳なんだけど!? コンプライアンス!! コンプライアンス!!
いかついジッポを取り出して、手元でカチャカチャしながら、葉巻に鼻を添わせた私……
芳醇な香りを楽しみながら、恍惚の表情を浮かべている。
「……ふぅ」
――いや待てよ。何だよこれ……?
え、あれ、おい……なんでタバコなんて……
しゃがみ込んでフィギュアのパンツを覗き込む私が、情けない姿のまま葉巻を口に咥えていく。
辞めろよ……何してんだ、辞めろ、辞めてくれ、何考えてんだ!? なんで煙草なんて吸おうとしてんだよ!
「魔王の超重力魔法ジオ・グラビティにも耐え忍んだ俺だが、この引力には逆らえん」
身を屈ませてフィギュアをローアングルから覗く私が、なれた手つきで葉巻の先端を専用の刃物で切り落とし、ジッポの火を近付けていく……
「ぬぉおおおお……抗えん。抗えんぞぉお……!」
その間にも、必死の形相でフィギュアのパンティを覗き込んでいる私。
「ひヒョおおおおッッ!」
――キモ過ぎる。
そして細い目をして、今にも葉巻と火が接しようとしたその時――
――そこで私は思わず叫び出していた。走馬灯の中の私に向かって、無駄だと分かりながらも、叫ばずにはいられなかったのだ。
腹の底から全力で絶叫する――
「フィギュアにヤニがつくだろうが――ッッ!!!」
その地鳴りの様な声は部屋の窓を叩き割り、朝日と共に町中に響き渡っていた。茶色い葉巻が日の高い空へと吹き飛んでいく……
やがて耳を塞いだ私と、私は視線が合う。
そして私は言ったのだ。私に向かって。
「やっと起きたのかモヤシ女」
足元に散乱した窓ガラスに、日の光に反射した自分が映り込む。
「え……?」
――むくつけき……オッサン……
そこに居たのは、忌まわしきあの“白狼”だった。
「ヒンぎぃァァアアアアアアァァァァッッッ!!!」
獣の咆哮に波動が拡散して、町中の家の窓ガラスが割れる音がした。