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――!
最初はただの女だと思っていた。
しかしよく見れば首から下がない。
首だけの女が宙に浮かんでいるのだ。
――えっ?
すると少し離れたところにいた女の首が、一瞬で男のすぐ目の前に来た。
――!
男は反射的にその顔面に拳を叩きつけた。
練習を含めると、今までに何万回と叩き込んできた正拳突きだ。
――いてっ!
しかし女の顔は、男が思っていたよりもずっと硬かった。
人間の女性の顔を殴ったとはとても思えないほどに。
まるで鉄か岩でも殴ったように感じた。
おまけに殴られたはずの顔には、傷一つついてない。
あの距離で男に殴られたのなら、目に見えるほどの傷がついているはずなのだが。
――何なんだこいつは。
男の中にいまさらながら恐怖の感情が沸き上がってきた。
その時、女が口を開けた。
――まただ。
野上は感じた。
しかしこれまでとは違う。
相手の正体がわかったのだ。
野上は小さな善の部分に意識を集中させた。
そして感じた。
――やっぱり。
少し懐かしい。
さあやだ。
間違いない。
なぜ今まで気がつかなかったのだろうか。
次に悪しき部分に意識を向けた。
前回五人の命を奪い、解放されてから今まさに五人目の命を奪おうとしている存在。
邪悪だった。
それ以外の要素が全くなにもない。
いくら悪霊でもここまで何から何まで邪悪ではないのが普通だ。
善の部分はさすがにないが、悪でもない部分が少しはある場合が多い。
こいつにはそれさえもない。
全てが邪悪であるがゆえに、その力も強力なものになっているのだ。
――やはりやっかいな相手だわ。さっさとなんとかしないと。
今襲われている人間は、かわいそうだがまず助からないだろう。
やるべきことはこれ以上の犠牲者を出さないことだ。
野上はさっそく行動を開始した。




