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八十話

 王女ミーナは王族の権限を振りかざすことなく、王都を出発する事に成功していた。


 王都が帝国軍に襲撃されたことで各門は混乱し、領地貴族は既に自領に戻っていたが、嘆かわしいことに王都から脱出しようとした貴族がいない訳ではなかった。


 いくら貴族の子弟からなる王都守備隊でも上位貴族の要請を断ることなど出来る豪な者は存在しなかった。


 護衛の者の中には武門ではないが、アブム公爵家に縁のある人物がいた事も少なくない影響を与えているだろう。


 これから国内の治安は確実に悪化する。盗賊に対応すべき騎士はダリル平原の戦いで多くが戦死することは避けようのない事実であり、騎士はただ任じることで数を増やせば良いというものではないからだ。


 平民騎士は貴族騎士に馬鹿にされがちではあるが、実力のない貴族騎士よりも実戦慣れした平民騎士の方が王国としては役に立つのだ。


 ランスカ王ギルドバルドが、帝国軍との戦いに活躍した平民に対して爵位を与えると公布したのも有能な者を採りたてる事にあり、それは武官だけではなく文官にも当てはめるつもりであった。


 国難の時代において身分にこだわることの愚かさをギルドバルドは知っていた。


 王として代々、王家に仕えてきた貴族を蔑ろにするつもりはないが、才能が埋もれることは国家の損失であった。


 全ての国民に教育を施す事はできなかったが、せめて有用な力を持つ魔法師の養成だけでもできれば平民でも今の生活から脱出する機会を得る事が出来る。


 それは個人に機会を与えるだけでなく国家にも利がある事であった。多くの貴族には反対されたが、四公爵家の後押しを得て推進する事が出来た。


 ギルドバルドには初代国王程のカリスマもなければ武や知に優れた王ではなかったが圧政を行う暴君でも無かった。


 王が優秀でなければ国が衰退するが王だけが優秀でも国は立ち行かなくなるのだ。


 そういう意味では民に積極的な教育を施し、国力を上げたギルドバルドの政策は間違いでなく、国民がギルドバルドを慕うのは敬意の現れであった。


 ミーナ一行は被災した東部を横断する必要があったが、護衛であるガッシュは強硬にそれに反対した。


 クライン領に行くのには避けては通れない道ではあったが、馬で移動するのには時間がかかり過ぎる。


 だが遊ばせておける魔導船はなく、竜を使った移動もまた困難であった。


 ミーナの使命の重要性を理解していた為にクライン領に行く事には反対しなかったがガッシュにはミーナの身の安全を保証する義務があるのだ。


 迂濶な事をしてミーナを失えばガッシュの首一つでどうにかなる問題ではなくなる。


 その為に懇意にしているシーゲル将軍に護衛のための戦力を供出して貰うために南へ一度、進路をとる事を主張したのである。


 それは王女の身を帝国に差し出す事によって家を守ろうとする貴族を警戒する事に他ならない。


 混乱の最中にあって家を守る為に内応する貴族がいないとは言い切れない。国力に差があり、切り札になる稀人は王国の味方になるとは限らない。


 王国内にいる聖人も王国に好意的ではあるが彼等にも護るべき者があり、戦争に駆り出される事は拒否するだろう。


 貴族の義務としてカイトには帝国との戦いに参戦する義務があったが、カイトにとって爵位は首輪でしかない。


 自身を慕う者達を護る為に振るわれるその力が王国に向かないとは限らないのだ。


 聖人が敵に回る。それは国を統治するものにとっては悪夢である。王級職であれば少ないが国で重用されている。


 だが聖級に限っては一国に一人居れば良い方で神級に至ってはランスカ王国では初代がそうだったと言い伝えられているだけで確認した者はいない。


 一人で出来る事は限られているがそれでも一般人よりは国として脅威に見える。


 神託は曖昧な概念として伝えられるために受け取る神官・巫女によって解釈が異なるが、神々にとっても人類にとっても重要である。


 神託を軽視したが故に国が滅びた事も多い為にミーナはクライン領に王族の責務もあったがこの地に住まう者として無視できなかったのだ。


 本来であれば英雄など不要なのだ。国の政治を行う指導者達が、不測の事態に対して十分な対策さえしていれば、命を懸けた戦いを強いられる事もなく、民に甚大な被害が起こる事もない。


 人でしかないギルドバルドが帝国の侵攻を完全に予知することなど不可能である。


 神々も神託として人の戦争に関わる事はほとんどなく、よほど神に愛されているかその国が滅ぶと神々に不利益がある場合にのみ行われるとされていた。


 今回の神託もそうだった。それが大暴走(スタンピード)の予想である事は想定はしていても信じ難いことなのだ。


 鬼が魔物ではなく人災を示していた事もある。高位の魔法師にとっても一日にそう多くは上位魔法を発動することは叶わない。


 防壁のない村、程度の戦力であれば殲滅は可能なのだ。王都へと大暴走発生を知らせた兵も報告の後に疲労で立てなくなったほどであった。


 その何とか知らせた情報も後手に回る事になり、対策に当たっているのはクライン辺境伯家を筆頭にした東部貴族だけになっている。


 南西の貴族の徴兵を決めたギルドバルドの判断は間違いではなく、友好国である竜国に援軍の使者を送ったのも正しい。


 だが、自助努力をしようとしない国に手を差しのべる国家は存在しないだろう。竜国王家の血が流れるゴドラム公爵家があるというだけでは弱いのだ。


 トルウェイがランスカ王国での貴族籍を廃し竜国の王位継承権者の一人として竜国で生活すると宣言でもしない限りは竜王カグラも竜人達を説得させる事は難しくなる。


 ランスカ王国で活躍する竜人の冒険者であればトルウェイが助けを求めているという事実だけで十分だが、国を動かす事はそれだけ難しいのだ。


 距離と時間的な問題でエルフ・ドワーフに援軍の使者を送らなかった。


 大和国も魔導船で数ヵ月はかかる距離だ。いくら重臣の子息がいても大軍を派兵させる理由にはならない。


 クロウ・マドカ・ナガマサの三人を脱出させる為に小型の魔導船を送る可能性を否定することはできなかった。


 事態を察知してから動き始めては手遅れであり、帝国は大和国と敵対することを躊躇う事はないだろう。


 大和国は島国であり、帝国と距離があるために侵略を免れていた。


 公家と呼ばれる貴族階級と武士(サムライ)と呼ばれる軍人達により統治され、サムライ達の強さは上級剣士に匹敵するとも言われている。


 魔法に関してはアルトが使う式神や呪いに近く、大陸とは系統の異なる術式が使用されていた。


 特に大名と呼ばれるサムライ達を纏める領主は個の武に優れるばかりか集団戦を得意としているために近接戦で最強と囁かれている。


 遠距離からの一方的な攻撃で優位性を確保できなければ数で優る帝国軍でも確実に勝利できるとは限らず、帝国からしてみれば戦略性の低い国である為に放置されている。


 ミーナが為さなくてはならないことは困難であった。軍を率いた王太子であってもポートロイヤルに損害なしで辿り着けるとは限らない状況下で少数の護衛を伴っての移動は自殺行為でしかなかった。


 重臣達に相談すれば止められるのは分かりきったことでそれだと使命が果たせない。


 安全が確保された時に赴いてもそれでは巫女としての責務を放棄したとみなされ加護を失う結果になるかもしれないのだ。


 そしてミーナは巫女や王族としてでもなく只の一人の女性として新しく生まれる英雄をその目で確めてみたかったのだ。


 王族として様々な人物に会う機会には恵まれていたが、相手はミーナの事を王女としか見てくれなかった。


 王政であり王族に対して敬意や様々な思惑があって接するのは当たり前のことだったが、政治の道具として結婚先を決められるのは嫌だったのだ。


 神託の巫女となったことで政争の道具になることは避けられたが婚姻自体はいずれしなくてはならずその場合、父ギルドバルドが選んだ相手を拒む事は難しいのだ。


 だがその相手が功のある英雄であるのならば話は変わってくる。


 英雄の血を王家に取り込む事は有用であり、カイトの様に既に妻がいる相手でなければ国として敵対しないために貴族の娘を娶らせる事は十分に考えられることである。


 英雄がミーナの理想とかけ離れた存在であったとしても政略結婚と変わりはない。


 王家は神託が下った数年前に王国内に生まれた加護者を探したが見つからなかった。


 国の一大事であり、文官・武官問わずに地方まで派遣されたが、戸籍を完全に管理している訳でもなく、乳幼児の死亡率の高さから保護する前に死亡したのだと判断された。


 死亡の神託が下っていない以上は生存している可能性が高いと主張した者もいたが、目の前に連れてこれない以上はどうしようもない。


 加護が与えられた御子を連れて来た者に対して褒賞金を出すと公布するに止まることになった。


 御子の年齢も性別も分からない。ただ分かっているのは未だ成人しておらず庇護者が必要なことだけである。


 聖疵と呼ばれる特徴的な身体であっても無差別的に国民の服を脱がす訳にもいかず、村や街で住民の治療にあたる治療師にそれらしき人物を発見した場合に報告の義務を課したがそちらも上手くはいかなかったのだ。


 だが、ミーナは本能的に加護者の生存を確信していた。


 ミーナの背中にも薄くではあるが疵がある。それは太陽神の加護を受けた後に突然に浮かび上がり、王家に伝わる鑑定の水晶によってステータスを確認して初めて神託の巫女であると判明した。


 死亡していなければ加護者は裕福な家庭か貴族の子弟である可能性が高い。


 名乗りでない理由は自分の子供が戦乱に巻き込まれるのを嫌いこれ以上の名誉を欲していないからだと推測していた。


 その条件には剣聖カイトの一人息子アーサーも該当していたが、騎士爵とはいえ無理矢理に調べられないのは敵対することを嫌ったからであろう。


 クライン伯ジョセフは義理高い性格であり、爵位は低くともカイトに敬意を持って接している。


 そして、ゴドラム公爵家の傍流であり、先代フォーレン子爵であるトルウェイは妻フーカと懇意にしており、二人を裏切るとは思えない。


 そしてカイト自身が双厳流の師範であり、三大剣技の一つに数えられ貴族の中にもカイトに教えを請いたい者が多くいることだ。


 無手でもない限り戦場では剣や槍を使うのが一般的であり、武官として仕官するためには武に優れている必要がある。


 仮に長男であり当主になる事が内定していてもよほどの大貴族でない限りは戦場で戦死する可能性が高くなり、武を尊ぶ風潮を持つ様になるからだ。


 カイトとエバンスによる御前試合も演武に近い形式的なものであったが高次元の駆け引きが行われている事は武を極めようとする者なら感じとることが出来るだろう。


 敵対する事にメリットがない以上は王は貴族を抑え、平民が貴族に対して無礼を働けば斬られても文句は言えない。


 騎士爵の子は功績を立てない限りは貴族ではなく、准貴族とも言える存在だが一種の信仰の対象とも言える聖人の家族に危害を加えれば貴族と言えどランスカ王国内で生活する事は難しい。


 カイトは家族を王都へと近付けさせず、常に家臣兼弟子である上級剣士達が影で護衛しているために手を出すことすらままならない。


 辺境であるクルト村まで行けるのは同じ東部貴族くらいであり、竜人と竜。


 上級剣士に護られたクルト村を落とせる戦力はそうないとは思いつつもミーナは嫌な予感がしてならなかった。


 もし今回の大暴走(スタンピード)が剣聖カイトの子供を狙ったものであったのなら。


 帝国の侵略のタイミングも実に都合の良いものであり、似た様な神託が帝国にもたらされた可能性は高い。


 だからこそ自分がいく必要があり、癒しの力を使う事で王家は東部の国民を決して見捨てる事はないのだと示さなくてはならない。


 護衛達には命を懸けて貰う事に申し訳なさを感じていたミーナだったが強引に不安を振りきってクルト村の無事を祈った。


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 アーサーは落ち着かなかった。自宅が安全な場所であり、母フーカが傍にいたとしても最強であると信じて疑わなかった父カイトが魔人との戦闘で負傷した。


 トルウェイもクルト村から離れている今では防衛指揮を執れる者が不在であったからだ。


 自警団にも階級はあり、父カイトの直弟子であり元近衛騎士であるミゲルが臨時指揮をとっていたが、部外者であるアルトに指示は出来ず組織での戦闘に多少ではあるが支障が出始めていた。


 自警団の制服である黒衣で統一されており、その素材はワイバーンから出来ている為に防御力も高い。


 元王国騎士の中には魔法対策のされたフルプレートアーマーを装備する者もいるが、気闘術を使った短期決戦の前衛として期待はされているが、損耗も激しかった。


 村人の親世代に対して満足な魔法教育は行われていない。


 いくら魔法適性があっても成長期を過ぎた大人が修行をしても効率が悪いからだ。子供世代に対してはフーカとエルフであり治癒師でもあるヘレン婆が行っており通常の教育と平行して将来の防衛戦力となる魔法師の育成に力を入れていた。


 村にしては防衛施設がしっかりしており、農地も広めに確保されている。


 自警団に入る事は義務ではないが、子供達にとっては憧れであり、カイトや双厳流の高弟は子供達に剣技を教えていた。


 農業に従事するにしても戦いを生業にするにしてもどちらにしろ戦う力を持つ事は悪いことではなかった。


 児戯に等しい訓練でしかなかったがスキルを伸ばせるかどうかは本人次第であり領主として謝礼は一切受け取っていなかった為にランスカ王国の子供の平均よりは剣術レベルの高い剣士の卵達が誕生しようとしていた。


 それもアーサーを思うクルト村の大人達の優しさの現れであった。


 アーサーの魔力を与えられ聖獣となったピナを隠す為にはフォーレン子爵家やトルウェイに縁のある竜人達は良き指導者であり、良き守護者となった。


 竜人と竜は対等であり、相棒として一生を共に過ごす。相棒を失った竜人は新たな竜を迎えることなく余生を送る事が多く、光竜は竜人にとって特別な存在である。


 信仰の対象となる龍神は神々の良きパートナーであり、その筆頭である光龍神は創造神オリエンタルをその背に乗せて戦場を駆け巡ったという言い伝えがあるからだ。


 龍神の加護がなければいくら個として優秀な竜人であっても種族として生き残る事は難しい。


 クルト村の大人達が子供達を暖かく見守っている事はアーサーも理解していた。


 父カイトは剣術の指導の時は厳しいが屈強な剣士達を従えているとは思えないほどに普段は温厚な性格をしており、クルト村の領主たるカイトと村人の間に身分の壁は存在しなかった。


 そんな信頼できる大人達の表情は固く護衛に就いている自警団員も焦りを隠せないでいた。


 戦う意思と力を持つ者だけが自警団に入る事を許され黒衣を纏う事が出来る。危険な分だけ農業をするよりは収入が高く副業として冒険者や狩人(ハンター)になる事も認められている。


 Bランク以上であれば魔境に近いクルト村は拠点としては優秀であり、クルト村の自警団員であれば冒険者ギルドも強制徴集を行わない。


 生活の糧を得る為に冒険者になるというよりかは剣士として高みを目指す過程で得た魔物の素材を売却するために登録するものもいるからだ。


 例えAランク相当の実力があっても昇格試験を受けない為に低ランク冒険者に甘んじている者もいる。


 便宜上は引退届けを出している事になるが、対人戦に加わる事になる領主軍に所属する者に対する配慮である。


 王国中の冒険者に対する徴集は既にエバンス名において発令されていた。


 義勇兵として参加した冒険者を除けば、ランスカ王国で過去に数例しか確認されていない規模で行われた事が冒険者ギルドが大暴走(スタンピード)を重視していることの現れであった。


 自警団を信じていない訳ではない。だが、父すらも倒す魔人という存在に怖れを抱いてしまった。


 辺境で過ごしていることで自分と同年代のスキルレベルの平均を知らない。


 自分の師が尋常でない実力の持ち主でないことには気付いていたが、自分も規格外だと考えていなかった。生物を殺す事も既に経験した。


 家畜であるといえ命を奪う行為を好きになることは出来ないだろう。


 だが、誰かを護るためになら戦える気がしていた。そう思うと勇気が何処からか湧いてくる。


 勇気(ブレイブハート)は、格上や誰かを護る為に戦う者にステータスの向上をもたらす。


 それは周囲に対しても左右する。子供が戦闘の指揮を執る事はあり得ない。


 初級剣士でしかないアーサーに上級剣士達が従うことも通常であればないが、カイトと親しい極僅かな者だけにアーサーの加護は伝えられていた。


 そして竜達は光竜ピナに頭を垂れた。竜人達は相棒から伝わる勇気に鼓舞された。


 そして自警団でも古参であり、歴戦の戦士である上級剣士達もアーサーとカイトの姿が一瞬だけだが重なりピナに乗り戦場に現れた若き英雄に気を取られたが目の前の敵を斬り捨てた。


 自宅からフーカの悲痛な声が聞こえたが、ここで引いてしまったらもう自分でなくなってしまう気がした。


 アーサーの勇気に呼応する様にピノは力強く羽ばたいた。

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