七話
「ソラくん。少し話をしようか」
エバンスが冒険者として高位である事を感じてはいたが、まさかポートロイヤル支部のギルドマスターとは思ってもみなかった。
「エバンスさんはギルドマスターだったんですか」
頷くエバンス。
「そうだ。君と会った時も仕事の合間に鍛練していることは伝えたと思っていたが」
仕事の合間に鍛練をしていたと思い込んでいたのだ。エバンスの年齢の冒険者はかなり珍しいがいない訳ではない。
冒険者は一日働いたら一日休むというスタイルの者も多いが常に危険と隣合わせの冒険者なのだから不思議ではないし、まとまって休む冒険者もいるが数は少ない。
休みだからといって体を休めるだけでは三流以下だ。常に体を動かせる様にしておかないと落ち着かないというのはベテランになるほど顕著に現れる。
街の中は外に比べれば安全ではあるが危険が無いわけではなく、人が敵となるために魔物とは違った警戒が必要になるのだ。
「現役の冒険者だと思っていましたよ」
「体は鈍らせない様に常に訓練しているからね。全盛期ほどとはいかないがそこら辺の若者にはまだ負けんよ」
例外もあるが冒険者を纏める立場のギルドマスターは高名な元冒険者が務めることが多い。荒くれ者が多く抑えを効かさなければ、無法者の集団とあまり変わりがないからだ。
ギルド職員に元冒険者を雇っているのはギルドに貢献した冒険者の再就職先という一面もあるが、知識と経験を引き継ぐのが目的である。
「君が門兵によって暴行を受けたのは既に辺境伯にギルドとして抗議している。君にも問題はあったかも知れないがギルドとしては今回の問題は放置できない」
治癒魔法によって既に傷は癒されているが、暴行があったのは事実である。司法院に申し立てをしても相手が貴族であれば揉み消されるのが関の山であったが、今回は多くの目撃者とエバンスの証言がある。
貴族を管轄する貴族院に申し立てをしても十分に審議される内容であるため揉み消しは既に不可能である。
自警団は領主の管轄ではあるが組織しているのは各村や街である。領地の防衛の問題は領主の頭を悩ませる頭痛の種であり、自警団員の人間は貴族の間で融通しあっている経緯がある。
自分の領民に対しての暴行は一種の裁量権と認識されるが他領民の場合は勝手が異なる。
領民も領主からしてみれば資産の一つでありお互いの領分を侵略しないのは貴族同士の暗黙の了解である。貴族が任命した騎士は私兵であり正式な騎士爵を持った貴族とは異なる為に命令しても問題はない。
貴族が貴族に命令する事は貴族を任命する王家の任命権に対する反逆行為として御家取り潰しになるケースもある。
領主派・法衣派・中立派と貴族も宮廷では派閥に分かれて権力闘争をしており貴族には寄り親・寄り子と上位の貴族が下位の貴族を守り派閥を形成することは認められている。
寄り親の要請に対して寄り子は断る事ができない事態もあるがあくまでも要請であって命令ではない。
「そうですか。貴族社会には関わりがないので分からないのですがどうなるか分かりますか」
「君に暴行をした貴族の男は廃嫡となり身分は平民となるだろう。そして職権濫用で一年の強制労働と言ったところだな」
廃嫡どころか首が物理的に離れる可能性もある件だが、辺境伯も貴族の付き合いとしてどうしても断り切れなかったのだろう。
辺境伯が男爵家の当主に働きかければ当然の処置で辺境伯と冒険者ギルドの関係を悪化させるともなればそれは一貴族の問題ではなくなる。
ギルドとしても貴族に対する牽制なのだ。国が冒険者を使い捨てにするのであれば、ギルドは国から出て行くという意思表示をすることで冒険者を守る事になるのだ。
「まあ話はこのぐらいでよいだろう。君の身柄はギルドで保護する事になるため、訓練所には出ても良いがギルドの建物からは極力でない様にしてくれ。伯爵家から沙汰があり次第連絡する。ギルドの建物なら立ち入り禁止区画以外ならどこでも入って良いぞ」
エバンスに礼を言って執務室を後にした。依頼者が冒険者ギルドに立ち入る為に受付で発行されるゲストパスを首に掛けているため目立ってしょうがない。
目立っている理由は別にあるのだが気にしたら負けだと思う。隣に立っているのは三十代前半の筋肉ダルマである。ギルド専属の冒険者である彼はBランクの中級盾士なのだが、今は盾を持ってはいない。
冒険者ギルド内では武器の携帯は認められているが抜剣はギルド内規違反で処罰の対象になる。高ランク冒険者はギルドの選抜試験に合格すれば下位の冒険者を取り締まることができる管理官資格を得る事がでる。
そして、ギルド専属となる事も出来る。バスターはギルドに所属する冒険者にとっては害のない人間だが、ギルド内規に反した冒険者を捕縛する権限があるため脛に傷を持つ冒険者にとっては恐怖の存在である。
現実世界でも何も悪い事をしていなくても警察車両が横を通り過ぎれば何故かびっくりしてしまうのと同じ心理状態だろう。賑やかだった冒険者達が俺たちが入ってきたことで静まり返ったのが証拠だ。
見た目でバスターだと分かったのは彼が首にさげているギルドプレートがシルバーで剣と盾の意匠があるからだった。
オリハルコン(SSS)→アダマンタイト(SS)→ミスリル(S)→ゴールド(A)→シルバー(B)→ブロンズ(C)→ホワイトアイアン(D)→ブラックアイアン(E)→アイアン(F)とランクが分かる様になっている。
魔道具の一種であるギルドプレートの素材となっている金属からくる俗称でオリハルコンとアダマンタイトは現存している物は既に武器や防具に使用され加工技術も文献の中しかないため実質はSランクが最高位となっている。王権の象徴となっている王冠はオリハルコン製だという噂はあるが真偽は定かでない。
「マルコさん。悪目立ちするので隣に立つのは止めてもらえませんか」
「ギルドマスターのエバンスからの護衛依頼だ。護衛対象を護る為に隣にいるのは当たり前だ」
人選ミスですよエバンスさん。と心の中で呟くが、他の冒険者から見ればバスターと捕まった冒険者にしか見えないんだろうなと思い溜め息しかでない。
マルコは悪い人ではないが少し短慮であった。冒険者の殆んどがその日暮らしで体を鍛える時間はあっても勉強する時間はない。
商人が当たり前の様に出来る計算も様々な知識がないと駄目な魔法師でもない限りは出来ないのが普通だ。下位の冒険者が商人と取引をしないのも狡猾な商人に騙される事を嫌っているからであり、商人は需要のある素材しか買取りを基本的に受付ないからでもある。
特に駄目とはエバンスに言われなかったので素材買取りカウンターに来ている。このあたりだと討伐したスモールラビットの肉は冒険者ギルドを通して商人ギルドに流れその後、各商店に流通するのが一般的である。
素人が解体すると商品価値が落ちるので俺も最低限の血抜きだけして後は一匹丸ごと冒険者ギルドに売却している。
将来的には肉は食堂に角は薬品工房に皮はなめし屋に卸したいと構想してはいるが先ずは数の確保と販売経路の開拓をしなくてはならない。
肉は問題なく売れるだろうが角の需要は微妙である。ベータ期間中に薬師をやっていたプレーヤーに聞いた話なのだが、スモールラビットの角の粉末を入れても回復量は誤差の範囲くらいでしか増加しないらしいのだ。
実際にポーションを作れば実感すると言われて【製薬】をとって作ってみたが言われた通り手間とコストには合わない出来だった。
皮もなめして革に出来れば価値は上がるが数枚繋げないとバックは出来ないし、継ぎ接ぎがあれば脆くなる。心臓等を守る防具としては防御力がなく無いよりはあった方がましというレベルなので防具には適さない。その代わり鞄の素材としての需要は尽きないみたいだが。
後は魔物から必ず取れ需要が無くなる事がない魔石だ。魔法師であれば同種の魔石であれば結合出来る。
人工魔石は自然発生した同一サイズの魔石に比べると価値は落ちるが、小さな村等ではお金の代わりに物々交換に使用されることもあり価値は内包された魔力によって変動する。
大規模の魔道具を起動するのに必要な飛竜の魔石は最低価格が大銀貨五枚程度で傷のない完全な物だと金貨一枚以上の価値がある。
魔石の使い道がないため換金しているが、夜に野営をするようになったら光の魔道具が必要になるし発火の魔道具も冒険者にとっては必需品になる。
水は必ず自前で用意する必要がある。魔石や魔法で生み出した水は人に害を与える。少量を飲んだくらいではなんともないが、一定以上を飲むと魔力酔いと呼ばれる症状を罹患する。
ライフポーションやマナポーションを短時間に服用したことで起こる魔力酔いと同様に状態異常【気絶】や【毒】を受けるのが理由だった。
見たこともない魔物の素材が来れば良いが基本的にはDランク以下の冒険者が拠点にする街であるため珍しい素材が搬入されてくる事は無かった。
申し訳ない程度に港が設置されているポートロイヤルには大型船が停泊する事は稀なので無理もない。この辺りで大きな港街と言えばアンカーセブンで大陸中の珍品が集まる街があるが、相応の魔物が出現するためボブゴブリンを瞬殺できるくらいの実力は欲しかった。
魔物を解体させてくれないかなと見ていたが、買取りカウンターのギルド職員は【物品鑑定】か【解体】を最低限は所持していないと採用されない。
受付嬢も容姿端麗が採用条件かと思っていたが【人物鑑定】もしくは【交渉】スキル持ちが最低限は求められているらしい。暇そうにしていた素材買取りカウンターの職員と会話して得た情報なので間違いは無さそうだ。
俺もギルドに保護されている立場なので暇でしょうがない。ギルドに置いてある図鑑は大概の事は暗記しているが初級薬草学入門書とサバイバルの為の入門書は役に立つ本なので明日はエバンスとの訓練後はギルド図書館に入り浸る予定である。
今、訓練所に行くとマルコのおっちゃんとの強制イベントが始まりそうで嫌なんだよな。筋肉で語り合おうみたいなノリになりそうで怖い。
かといってギルド宿舎に用意された部屋に行けばもれなくおっさんと密室で二人きりになるのである。尻がキュンとなりそうだ。だから無難に各カウンターを行ったり来たりして暇を潰している。
「なぁソラ。暇なら訓練所に行かないか。今ならもれなくBランク冒険者による特訓つきだぜ」
マルコも護衛対象の私生活の妨げにならない様にしていたらしいが暇だったらしい。まさかの強制イベントの発生でした。
「分かりました。勉強させて貰います」
暇なのは事実で断れそうに無かったため訓練所に向かって歩き始めた。
「ソラの戦闘スタイルはどんな感じなんだ」
「基本的には短剣による牽制と近接格闘です」
「じゃあ魔闘術は使えるのか」
マルコの説明によると【魔闘術】とは魔力を身に纏い闘う術らしい。近接戦闘が得意ではない魔法師が編み出した戦術で武術の達人が使う【気闘術】に代わる闘術として冒険者は何れかを修得して戦わないと駄目らしい。魔物と人類の違いは身体能力に現れる。
普通の村人が魔物に対抗できないのもそれが理由だ。人相手の剣術は同じ人型の魔物であればある程度は通用するがそれ以上の存在に対しては無力である。竜やオーガに単独で挑みのは自殺志願者か己の武術に余程の自信がある者だけだ。
人間が扱う気と竜人が扱う竜気は異なるが呼び方が違うだけで基本的には扱い方は変わらないらしい。エバンスはソラにはまだ早いとして教えていなかった。
知識として知ってしまったら基本を疎かにしてまで修得しそうな気配がソラにはあったからだ。
地盤が弛い土地の上に家を建てても少しの切っ掛けで崩壊するだけである。それに自己に釣り合わない力ほど危険なものはない。
万能感に支配された新人に有りがちだが失敗して覚えるのも一つの手段だが冒険者のミスは命に直結するため過信させない様にいつもエバンスは教え子達に注意をしながら自身の技を伝えてきたのだ。
「まだエバンスさんとは無手の戦闘しか教わっていません。魔闘術は初めて聞きました」
「ソラ。お前は豪槍のエバンスから直接教えてもらっているのか」
「はい。昨日たまたま訓練所であって今朝、訓練に付き合って貰いました」
頭を抱えるマルコ。エバンスはこの街のみならずランスカ王国で冒険者を営む者なら誰でも教えを請いたい人物であり憧れである。
「でもエバンスさんがギルドマスターっていうのはさっき初めて知ったんですよね」
マルコはその暢気な言葉でソラが稀人である事を知った。東方の民族である大和国の人間に外見は似ていたが冒険者をしていればエバンスの事は知っていて当たり前である。
大和国の人間は黒目・黒髪が特徴で閉鎖的な国民が多く鎖国という状態らしい。舟で数ヵ月かかり魔導船でも一月以上掛かるとされる国からやってきたと思っていたがどうやら違ったらしい。
「そうか。ならお前は藁人形を相手にしていろ。気闘術くらいは見せてやるが師匠がいるなら下手に他の者に習うのは良くない事だからな」
そうしてソラとマルコは汗をかいて、ギルド宿舎へと戻って行くのであった。