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六話

 威圧を貴族である男に向けながらエバンスは近くにいた門兵に質問をする。


「たまたま居合わせた冒険者の報告で急行してみればこの状態はどういう訳なのか説明して貰えるかね」


 質問された門兵の顔からは血の気がなくなり、言葉を発する事が出来ないようだった。この男は領主軍に所属する兵で自警団の隊長が冒険者ギルドに人を向かわせた事を知らなかった。


 尋問官が貴族であっても領民でもない冒険者に暴行を働くのは不味いと思って制止に入りどう揉み消すかを考えていたのだ。


 ギルド職員が冒険者の身柄を引き取りに来る前に治癒魔法を掛けて外傷さえ消してしまえば一冒険者が騒いだとしても問題にならない筈だった。


 だが相手がギルド職員ではなくポートロイヤルの冒険者ギルドを総括するエバンスだった場合、話は変わってくる。


 冒険者ギルドのトップである総帥は各国に拠点を置くギルドマスターから選出され今は別の国のギルドマスターだった男が務めている。


 問題なのはエバンスがポートロイヤルのギルドマスターと言うだけでなく今代の総帥と冒険者時代に先輩・後輩の関係で同じクランに所属していたの一点に尽きる。


 エバンスはただでさえランスカ王国では英雄視されている男だ。大暴走(スタンピード)が発生した際には他の冒険者を率いて奮戦した。その功績もあってSランク冒険者となったのだ。


 スタンピードを起こす魔物によって脅威度の判定は異なる。ゴブリンであれば、Cランクでも包囲される事に気を付けて行動すれば十分に対応できる。


 魔物にも等級があり一般級(コモン)隊長級(リーダー)希少級(レア)王級(キング)女王級(クイーン)影級(シャドウ)邪級(ダーク)→邪神級となる。


 最低でも大暴走(スタンピード)はレア級以上の魔物が統率し、レア以上となると例えゴブリンだとしても魔法を使用してくる事があるため魔法師が居なければ対処が難しい。Cランク以上の魔物は殆んどが魔法を扱ってくる。


 属性は魔物の種類によって異なるが、シャドウ以上の魔物が扱う闇魔法は人類の脅威となり得る。大陸の歴史にはシャドウ級によって滅ぼされた国も文献として残っている。


 エバンスが対応したスタンピードでは鬼族の中で高い能力を持つ大鬼(オーガ)であった。しかも群れを率いて居たのは王級、普通に考えれば街一つが陥落していても不思議ではないが、城塞都市であり魔の森に近い人類領域の最前線だったため生き残れたとも言える。


 オーガは総じて頭の良い生物ではない。俗に言う脳筋の代表格の様な魔物だが、強靭な肉体を持つということは物理攻撃に対して高い耐性を持つということでもある。


 武器を持たないオーガだが素手でも十分に厄介だった。Cランク以上の冒険者に対して強制指名依頼が出たが普通であれば一体のオーガに対して複数のBランク冒険者で対応するものである。


 常駐していた兵士は対人戦に特化しており魔物を狩る事はあるがオーガの群れを討伐した経験はない。本来なら都市を護るべく討伐に向かうのが兵士の役目であったが、大暴走(スタンピード)でこれまで育ててきた私兵を失うのを貴族が嫌がり、金にものを言わせて冒険者ギルドにオーガ討伐依頼を出した。


 冒険者ギルドとしてはこの存亡の危機に対して冒険者に命を懸けて戦って貰うしか方法はなかった。王国軍を呼ぶにしても距離的な問題と戦闘準備に時間がかかり最低でも一週間は独力で持ちこたえなければ増援が来ることはない。


 諦めた表情をする冒険者が多い中でエバンスだけは諦めてなかった。エバンスは槍を極める為に武者修業の旅に出ていた。


 冒険者になったのも生活費を稼ぐためでもあったし研鑽を行うには自己のレベルに合わせて装備の更新を行う必要があったからだ。


 貴族が嫌いなのも当時の城塞都市を治めていた領主は住民を一方的に切り捨てる判断をして領主軍を残したものの増援を出さなかった事にある。


 大暴走(スタンピード)は通常であれば軍で対応する事態であり、冒険者は軍が討ち漏らした魔物を討伐するのが役目である。生き残りを賭けた初戦でのエバンスの戦果はオーガ五体。


 一人の冒険者が討伐したとなれば大した成果ではあるが、大暴走(スタンピード)で発生した魔物の群れは通常であれば最低でも百以上となる。


 魔石の大きさと込められた魔力から見てもコモン級でありオーガの群れの先遣隊にしか過ぎないだろう。魔石を取ったオーガは魔法によって燃やされていく。


 他のオーガに発見されない為と他の魔物の食料にさせないためだ。魔物は上位存在の魔物の肉を食べることで【存在進化】することがある。


 鬼系統であればゴブリンがボブゴブリンに。更にボブゴブリンがオーガへと存在進化(ランクアップ)する。人間であれば魔物を倒す事でレベルが上がり、上位職となることで更なる力をつけるが魔物が存在進化した場合の力は桁違いになることが多い。


 生物としての階梯を上げるのには素質が必要となるが、野生のオーガと迷宮(ダンジョン)のオーガを比べると野生のオーガの方が強い。


 両者と戦った事のあるエバンスだからこそ言える事だが、そう頻繁に存在進化という現象が起これば人類がここまで繁栄できる筈がないため間違ってはいないだろう。


 上級槍士となって活躍していたエバンスだがこれを切っ掛けに更なる槍の境地へと至る事になる。ジョブは初級→中級→上級→王級→聖級→神級となるのだ。


 神級の使い手は記録に残っている限りだと建国王アレキサンダーぐらいだがその仲間達も聖級の実力者であったと言うのだから武の真理はまだまだ遠い所にあると悟ったのは懐かしい思い出だった。


 二日目・三日目と日が経つにつれて冒険者達は傷ついていく。命を落とした者は二桁以上になり、討伐数は三十に届くかどうかといった所だ。


 人も死ねば心臓付近に魂石が出来るので死体を持ち帰る余裕がなかった冒険者達は仲間の死を悼みつつも戦闘を継続していた。


 エバンスが討伐したオーガから魔石を回収していたのは金になるという事もあったが防衛用に設置された魔道具を扱う為に必要になるからである。


 魔法師の数が限られている以上は攻撃用の魔導具である魔砲を発射できる数は限られている。魔石を核とした魔法弾を使用すれば通常の大砲でも魔砲と同様の効果が発揮できる。

 肉体が強靭なオーガでも範囲攻撃の全てを避ける事は不可能なのである程度の打撃を群れに与える事が出来る。


 今の戦いは前哨戦ではあるが怠ければ苦戦するのは自分達である。自分達の命が惜しいのは冒険者も同じであったが、力を持ってしまった者の義務であるし、自分に大切な人が居るように城塞都市に住む者にも大切な者がいるのだ。


 冒険者は職業柄、無法者だと勘違いされる事が多い。戦闘力が人より優れている為に大柄だが無口な者も多い。他の職業につける才能があれば冒険者を初めからしていない。


 そんな彼ら冒険者を城塞都市に住む住人は受け入れた。軍に所属する者の家族が多く住む土地であり、未知の素材を求める商人や職人が集まる街でもある為に冒険者の事を受け入れる下地が出来ていたのだ。


 流石の冒険者も嫌な奴の為に命は落としたくない。護りたい者の為に戦い死んで行くなら仕方がない様に思えていた。


 それに彼等にはエバンスがいた。冒険者としてソロでAランクになる事は並大抵の事ではない。単純な攻撃力もそうだが、自分がミスをした時にフォローをしてくれる仲間がいないのは致命的であるからだ。


 防御力に優れた盾役(タンカー)が魔物の攻撃を防ぎ攻撃に優れた攻撃役(ダメージディーラー)がその隙に魔物を殲滅する。役割分担をする事は死傷率を下げるために当然の様に行われており、エバンスが異常なだけであって普通の冒険者はパーティ又はクランを結成して仲間と共に活動するのが常識だった。


 五日が過ぎた頃にはエバンスが単独で討伐したオーガは三十を上回っていた。これは全討伐数の半分近い数であり、しかしまだオーガの群れは健在だった。


 冒険者の死者はCランクの者が一番多く、Bランク冒険者も数名の死者を出している。中には死なないまでも片腕を失った者や片足を失った者もいる。


 教会に所属する神官は必死の思いで治癒魔法を掛けて行くが失った手足を再生させる程の力をもった聖職者はここにはいなかった。


 駐屯地に立てこもり出てこない領主軍に対して住民の怒りが爆発したのもこの日だった。確かに城塞都市の住民は戦う事の出来ない者の集まりだった。


 だがその事実は何もしなくても良いと言うことではない。宿屋を経営するものは無料で食事と寝る場所を冒険者に提供した。


 職人達は武器の修繕や装備の修繕を無料で行った。薬師は在庫としてあった薬草で回復ポーションを冒険者の為に徹夜で作り無償で提供していた。


 直接、戦える者もそうでない者も大暴走(スタンピード)から生き残る為に必死でいた。それなのにも関わらず領主軍はなにもしない。冒険者だってオーガを幾ら討伐しても自分が死んでしまっては意味がない。


 城塞都市に拠点を置いていたAランククランは領主である貴族と問題を起こして出ていってしまった矢先の大暴走(スタンピード)だった。なので主戦力はBランク十数パーティとCランクの冒険者になる。


 戦線を支えているのは間違いなくエバンスであり、たまたま居合わせる事になった偶然に城塞都市に住む者、全てが神に感謝した。


 本格的に籠城するのには十分な魔石を手に入れていた。防壁を守る為に起動した魔道具で既にいくつかは消費してしまったがそれでも一週間は持つだろう。


 それだけの時間があれば王国軍が来なくても既に召集した冒険者がこちらに向かって来るには十分な時間だ。籠城するためには冒険者の力も必要になるが遠距離攻撃の手段を持たないエバンスに出来る事は殆んどない。


 住民も防壁が突破され市街地戦になったら待っているのは緩やかな死のみである事を理解している。エバンスが仕留めたオーガの中にはリーダー級はいても群れを率いている筈のレア級以上のオーガは確認されていなかった。


 魔の森から出てくるオーガは数を数えるのが面倒になる程多く、住民に絶望を与えた。


 住民は既に領主軍を空気の様に扱っている。領主軍は貴族をトップとする私軍なので当然、領主の意向を無視する事は出来ない。


 直接的に戦う事で損耗を避けたかった領主だが、籠城戦となれば野戦に比べて被害は少なく、領主軍が活躍する場でありスタンピードから街を護りきれば問題ないと考えていたのである。


 既に住民の信頼は離れており今更、活躍しても信頼回復には多くの時間が必要になるだろう。冒険者の多くは生まれ育った国で活動する事が殆んどで高ランクでもない限りは、他国に赴くこともない。


 平民の間では貴族の噂は絶えることがない。自分達の生活に直結することなのだ。身を守る為には情報は必要不可欠だった。


 籠城戦でも死者を出し、援軍によって反攻作戦に出る事が出来たがこの地を治める領主が積極的に軍で討伐する事を決断していれば死者の数はもっと少なかった筈であり、エバンスが英雄として扱われる事もなかったはずだった。


 群れを率いていたのは王級でエバンスが槍で仕留める事になったが、足止めの為に戦友となった冒険者は帰らぬ人となった。


 身体的な傷は時が経てば治ったが貴族に対する不信感は拭う事ができなかった。王はエバンスを王城に招待しようとしたがその時には既にエバンスは姿を消していた。


 捜索隊を出して英雄から無用の恨みを買う位なら何もしない方が良いと悟った王は重用を諦め、大暴走(スタンピード)が起きた土地を治めていた貴族の領地の一部を今回の不始末を理由に取り上げ転封した。


 英雄と敵対する意思はないという王からの意思表示であった。


 エバンスの英雄譚は地竜の単独討伐や飛竜の討伐など数えたらきりがないが、それと同時に貴族嫌いでも有名になっていた。


 あのときたまたま街に身を寄せた事を後悔はしていないが自己の力を過信せずにパーティを組んで冒険をしていれば被害はもっと少ないものであったと考えている。


 その後にSランククランに加入する事になったのだがその思いは強くなるばかりであった。だからこそ目の前の貴族の横暴を許す事はできなかった。


 こんな奴がいるから平民の暮らしは豊かにならないのだ。国を越えて活動する商人は大規模商会を束ねる者ほど外国へと資本を移動させていると聞く。ランスカ王国で冒険者になるものはここ数年で増加傾向にある。


 冒険者を守るのはギルドマスターである自身の職責であり、ギルドマスターはそれが例え平民であっても貴族に意見する事が出来る存在なのだ。


 老いたとはいえエバンスは聖級の槍の使い手だ。当代の【槍聖】としてその武を力なき者の為に振るう事に躊躇いはない。


「返答次第では冒険者ギルドはランスカ王国への支援を打ち切る可能性もある心して答えよ」


 怒気に当てられた貴族の男は既に白目を剥いて失神していた。部下である門兵はここで答える権限を有してはいない。


「申し訳ございませんが、私には返答をする権限がございません。辺境伯に使者を出しますので暫しお待ち戴ければ幸いです」


「分かった。冒険者ギルドマスターとして辺境伯に抗議の手紙を出させて頂く。当事者となった冒険者の身柄はギルドで預からせて貰うが問題はないな」


 辺境伯の人柄は多くの人に知られており、武の達人でもある。領地経営は弟に任せて魔の森から出る脅威を自らが先頭に立って露払いをしているのだ。


 エバンスに通じる所があり、辺境伯の元部下には【剣聖】もいた。同じ流派を学ぶ先輩後輩だったらしいのだが、今では騎士爵として村を治めている。


 爵位の違いはあっても同じ王に仕える貴族である事には変わりがない。同流の誼で色々と便宜を図っているらしい。


「はい。問題ありません」


 エバンスは詰所からソラを引き連れて冒険者ギルドに移動する。


「ギルドに着いたら治癒師に診させる。それまでは我慢してくれ」


 ソラはエバンスが冒険者ギルドで要職の立場にいることを初めて知った。


 案内されたのはエバンスの執務室ギルドマスターの執務室であったからだ。説明してくれと心の中で叫ぶソラがそこにはいた。

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