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四話

 朝市が開かれるのは冒険者ギルドからそう離れてはいないところで行われる。冒険者が得られるのは魔石や素材ばかりではない。


 危険が多いこの世界では畜産が出来る土地は限られており、魔物の肉は人々にとって重要な淡白質の元になっている。


 障気が元で変質した魔物の肉は加工をしないと食べる事は出来ないが、魔物を一番手に入れやすいのは必然的に冒険者ギルドとなるため搬入がしやすい様に商人ギルドも近くに支部を置いているからである。


 露店を出すためには、商人ギルドの許可を得る必要はないが、どの街も貴族によって治められている。


 伝手のない人間が許可を得るためには金と時間が必要になるし、場所代と税金も高い。


 商人ギルドに所属していれば大概の場合、物流を活性化させる為に優遇措置が取られているので、資金力のない人間でも店を構える事が出来るのだ。


「お兄さん。ちょっと見ていかないかい。家の野菜は今朝とれたばかりのものばかりだよ」


 話掛けてきたのは如何にも農家ですといった感じのおばちゃんだ。


「冷やかしになるかもしれないですけど。大丈夫ですか」


「今は客もいないし大丈夫だよ」


 目の前にあった林檎を手に取る。赤くて現実であれば林檎だがここはファンタジーな世界だ。見た目が同じでも物が同じとは限らない。


「これは何という果物なんですか」


「これはこの辺りでは良く食べられるリコの実だよ」


 リコの実?聞いた事のない名前だ。朝市にはベータテスター時代も顔を出していたが、この街の宿でも食べた事はない。


「お兄さんは異国の人かい。この時期に熟したリコの実はそのまま食べて良し。ジャムにして良し。タルトにしても良しの万能な果物だよ」


 ベータ期間は冬だったからだろうか。果物が美味しいのは秋と相場が決まっているので、見たことがなかったのにも納得がいく。


「これを三つ下さい」


「はいよ。三百コルだよ」


 銅貨三枚をおばちゃんに渡して支払いを済ませる。野菜などは庶民の食生活の根幹を握っており、貴族だろうが平民だろうが、生きる為に食べることは欠かす事が出来ない。


 貨幣価値だが銅貨一つで百コルで銅貨百枚で銀貨、銀貨百枚で金貨となる。


 金貨の上には白金貨があるが大商会の決済用や貴族ぐらいしか使う機会がないので覚える必要はないだろう。


 補助硬貨として銅貨なら大銅貨があるが各硬貨の十枚分の価値がある。銅貨の下に銭貨もあったが大体の商品の価値は百コル以上なので使われる事はまずない。


 小さな農村であれば物々交換が基本となり、村以上の大きさであれば銅貨以上の硬貨を使用するからだ。


 王国がまだ今ほど栄えていなかった時代にはたとえ一コルでも無駄に出来ない事情があったため使用されていたが今は骨董品としての価値ぐらいしかない。


 大銀貨五枚あれば田舎の三人家族が一年間過ごせるので、安定した収入のある者にはリコの実はそれほど高級な果物ではないのだろう。


 それでも最低一月に銀貨八枚は稼がなければならないので平民にとっては贅沢品になるのだろうか。


 この世界の死亡率は高い。大人でさえ簡単に死ぬのでそれより弱い子供が大人(十五歳)になる率は日本に比べたら低い。


 そういう背景があるため子供が一人というのは余裕のない家庭か、中級階級以上の者で生活にゆとりがある者に限られる。


 平民の場合、体調が悪いからといって簡単に治癒師に治療を頼める環境にない。


 治癒師がそもそもいない村もある。そういう村では薬師が治癒師の代わりとなっている場合があるが、回復ポーションの効能は統一化されていないため効果はまちまちだ。


 知識のない者なら森に入れば簡単にとれるグリーンリーフを体に貼ったり食べたりするが、グリーンリーフ自体の回復力は微々たる物なので傷口が化膿して切断する事になったりする。


 高熱にうなされて体力を奪われそのまま死亡することは各地で見られる現象なのだ。だから子供は三人くらいが一般的で子供は年長者が年下の子供の面倒を見て小さな頃から労働力として扱われる。


 金のない平民は教会専属の治癒師に回復魔法を掛けて貰うことになるのだがその際に寄付する事が求めらる。

 暗黙の了解として最低、銀貨一枚を寄付することになっている。他の治癒師にかかれば大銀貨を要求される事も良くある話なのだが、銀貨だって日々の生活を切り詰めて送っている者にとっては大金なのだ。


 教会は教えを広める為に低価格となっているが大概の場合、寄付金額によって担当する治癒師のランクが異なる。


 銀貨一枚の場合、経験の浅い治癒師が担当する事になる。教会を運営するのには金が掛かる。信者から得た寄付を慈善事業に使う教会もあれば、懐に入れて私腹を肥やす者もいる。


 純粋に神の教えに従って生活する神官やシスターが多く信徒も慎ましい生活をしているのだが、神を信仰を金儲けの道具としか考えていない不届き者がいるのは仕方がないことかも知れなかった。


 他の野菜も見ていくが料理は時間があるときにしかしないのでリコの実を買っただけで露店を後にする。


 朝市は果物や野菜等の食品区画、武器や防具などの区画、雑貨品を販売している区画と大雑把に分けられている。


 リコの実を歩きながら食べたが、林檎と桃が一つになったような味だった。


 軽食としては気に入ったので今度また行く事にして武器を見に行く事にした。はっきり言って俺に武器の良し悪しなど分かるわけがない。


 高い物ならそれなりに良い物なんだろうと思うぐらいだ。


「あんたは冒険者なのか」


 突然、話掛けて来たのは体つきが良く熊なら素手で簡単に仕留められそうな男だった。表示されたカーソルを見て相手がプレーヤーである事を知った。


「貴方は鍛冶師ですか」


「そうだ。俺の名前はタイラーだ」


「武器を見せて貰っても良いですか」


「構わんぞ」


 武器を見に来たのだ。鞘に入れられた短剣を手に取ると鞘から引き抜く。ギルド公認店で買った物よりも明らかに切れ味が良さそうだった。


「かなり切れ味が良さそうですね」


「大した事はない。片手間に作った物で短剣+一でしかないから等級は普通品(コモン)だからな」


 武器や道具は普通(コモン)高級(ハイクオリティ)希少(レア)固有(ユニーク)伝説(レジェンド)神級(ゴット)となり街で売られている物の殆んどは普通品または高級品である。


 希少品に至ってはボスクラスが低確率でドロップする事があり、固有以上に至ってはベータ時代には確認されていない。


「物品鑑定を持っているんですか早いですね」


「ジョブを鍛冶師にしたからな。武器や防具に関しては簡易鑑定が出来る」


 鍛冶師はスキル【鍛冶】を取得しないとなる事が出来ない。道具を買い揃えて素材さえあれば誰でも鍛冶師になる事が出来るが武器や道具を作成する際にはマニュアルとオートがある。


 マニュアルは一から手順に従って作成しなければ出来るのはただのゴミとなる。オートは簡易的に作る事が出来る代わりにマニュアルに比べて完成した物の価値が低い。


 余程の凝り性な人間か本職の人間でもない限り、短剣を作成する事は出来ない。


 現実の刀鍛冶は法律によって一年で打てる刀の数が限定されており、VR環境で腕を鈍らせない為に刀を打つことがあると聞いた事があった。


 それなら目の前に鍛冶師がいても可笑しくないし、オートで作るプレーヤーであっても鍛冶師と知り合いになっておくことは損ではない。


「この短剣は幾ら何ですか」


「千五百コルだ。数打ちとはいえ、材料費がそれなりに掛かるからな」


 刃は黒く耐久度もありそうだった。暗闇で襲い掛かる暗殺者(アサシン)が持っていそうな武器に魅了されてしまった。


 何時もより余分にスモールラビットを狩れば良いと考えて即決する。


「分かりました。買います」


 大銅貨一枚と銅貨五枚を渡す。トレード画面でも操作する事は出来るが商売相手が常にプレーヤーとは限らないため、硬貨で支払う事にしている。


「メンテナンスが必要になったら連絡をくれ」


 SM

『プレーヤー【タイラー】からフレンド要請がありました。承認いたしますか。【Yes】or【No】』


 問題ないためYesを選択する。ベータ期間中にも何人かとフレンド登録をしたが、ベータ期間と正式サービス時に同じ名前を使用しているとは限らない。その為タイラーはフレンド第一号となった。


「メンテナンス以外にもインゴットや鉱石の買取りはやっている。何かあったら気軽に連絡をくれ」


 礼を言ってタイラーと別れる。他の区画も回ってみたかったが、短剣を買ったおかげで金にゆとりがない。歩いてスモールラビットを狩るために移動する。


 平日の午前中ということもあってプレーヤーは殆んど見掛けない。一人のプレーヤーが狩場を長時間、占領するのはマナー違反なので人がいないのは都合が良かった。


 早速現れたスモールラビットを蹴りだけで倒す事にした。村人が履く様な普通の靴だとスモールラビットを倒すには到らないが、冒険者の靴には先に鉄芯が入っている。


 下半身に対しての攻撃には対応できる行動が限られてしまうため、原始的であり単純な蹴りを魔物に行うのである。


 強い魔物出なければ十分であり、この辺りにはそこまで強い魔物は出ない。蹴りで倒すのには時間が掛かりかなりスタミナを消費してしまった。


 なのでまたリコの実を食べる事にする。蹴りで仕留めたスモールラビットは既に血抜きを終えている。心臓付近にある魔石を取り出す為に自分で解体する冒険者もいるが解体は技術が必要になる。


 食用と皮が取れるスモールラビットで試すのではなく、大した使い道のないゴブリンで試すのがベータテスターでの常識となっていた。


 冒険者の収入はギルドの依頼を達成する事による成功報酬と魔物を倒す事で手に入れる事が出来る魔石と素材を売却することで得る事が出来る。


 魔石は大きさで価値が異なりスモールラビットやゴブリンの魔石は大した価値を持たないが小型の魔道具を動かす為の燃料となり、需要がなくなることはない。


 魔道具は魔石を使って使用する道具の総称で魔導具とは分けて考えられる。


 魔導具は使用者の魔力を消費し、動かす道具の総称であり、火を起こす道具なら殆んどの者が使用する事が出来る。


 防壁を張る魔導具など魔力消費の大きい魔導具は扱う事が出来ない者もいるため代用品としての需要があるのだ。


 タイラーから購入した鉄の剣+一をメイン武器にし、以前に購入した鉄の短剣は投擲用にする。資金的に使い捨てにすることが出来ないために仕留めた後には回収する必要があるがスキル上げに必要になるため苦労を惜しむ積もりはなかった。


 順調に三匹目のスモールラビットを投擲で仕留めようとした時に乱入してくる者がいた。


「グギャ。ギャギャ」


 緑色の皮膚をしており手には木の棍棒を持っている。ファンタジーの代表格であり女性冒険者から毛嫌いされているゴブリンの姿がそこにはあった。


 森からは離れているが、スモールラビットを狩る為に平原まで出てくる個体がいる。


 乱入して来たのが一体で助かった。まだ多対一の戦闘は正式サービスが開始されてから未体験で手に武器を持っている相手に戦闘をしたことがなかったからだ。


 このゲームは一応、十五歳以上を対象としているため、魔物も血を流すしプレーヤーである稀人にも状態異常【出血】がある。


 先ずは、体術ではなく、短剣で戦う事に決めて鞘から引き抜いた短剣を投擲する。


「グギャーー」


 肩に命中した事で叫ぶゴブリンだが、早くしないと更なるゴブリンを引き寄せてしまう可能性があったためもう一本の短剣で斬り掛かる。


 浅く入った斬撃は、ゴブリンの顔を掠めるが致命傷ではない。反撃といわんばかりに振り回した棍棒が脇腹に当たり、HPの減少と共に軽い衝撃を受けた。


 スモールラビットの攻撃を受けHPが減る事もあったが体重の軽い生物からの体当たりと異なりゴブリンは中学生くらいの腕力はあるらしい。


 ノックバックが発生したが、【硬直】の状態異常は付与されなかったので短剣を振り回すことで牽制する。


 攻撃が大振りになったところでゴブリンの棍棒を持つ手に短剣を突き刺して、棍棒を手放させる事に成功した。


 短剣を引き抜く事は出来なさそうなので足払いを仕掛けて、転ばせた。後はマウントポジションをとって殴り倒す事に成功したのであった。


 先ずは死亡を確認するためステータスを確認する。


「ステータスオープン」


 魔物でもステータスを確認する事は出来るがゲームの様に残存HPは表示されないため隙を晒す事になる。絞め技を使って拘束しているのなら安全に確認できるが、通常は余程の実力差がない限りは不可能だ。


 Name_

 Race_小鬼族

 Levle_*

 Skill_*

 HP_0/*


 確認できたのは確実に死亡しているという事実と種族だけだった。スキル【魔物鑑定】を持っていれば詳細なデータを得ることが出来るであろうが今は必要ない。


 追々、取得したいスキルである事は間違いないが。


 SM

『プレーヤー【ソラ】の経験値が規定値を上回った為、レベルアップしました。BP(ボーナスポイント)SP(スキルポイント)がそれぞれ一付与されました。』


 もうそろそろレベルアップすると思っていたが、ゴブリンを倒した事で無事に出来たらしい。


 BPはHPに振りSPはとって置くことにした。やることが済んだので後はゴブリンから魔石を回収する。

 それが済んだらポートロイヤルに一度、帰還する頃合いだろう。


 ゴブリンから魔石を回収するのに四苦八苦して作業が終わったのは戦闘後、十分後の事だった。

https://ncode.syosetu.com/n2750gw/


ローファンタジー物です。宜しければこちらも読んでみて下さい。

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