二話
ポートロイヤルを出る際には門兵による検問はないが、入る時には必ず身分証が必要になる。
不審人物を街に入れない処置であり、軽犯罪を犯したオレンジプレイヤーも罰金を払わない限り街に入る事は出来なくなる。
ばれないで街に潜入できれば良いが成功してもNPCなのに鍛えられているせいか精強な兵士に追いかけ回され捕縛されることになるらしい。
盗賊ギルドなる物も存在しているらしいが全うなプレイヤーには関係ない存在だった。
少数しかベータテスターとして稼働していなかったため犯罪ギルドは無かったがロールプレイを楽しむゲームで街中でのPKもスキル次第では可能となる。
何れはプレイヤー同士で対立し、殺伐とした世界となる事をゲーム会社は容認している。
巻き込まれる前に自衛手段を持つのはプレイヤーでなくても当たり前の行為だ。
一人で自給自足の生活が出来るのであれば問題は少ないが現代社会の利便性に慣れてしまった現代人がそんな生活が出来るわけがない。
他者と助け合って生きなくてはならないのだ。その為の第一歩を踏み出すために草原に来ていた。先ずは手に入れた短剣を腰に着けた鞘から直ぐに抜ける状態にする。
始まりの街からそう遠くはないが、魔物に襲われる事もあるし、魔物より厄介な人に襲われる事もあるからだ。
鑑定スキルは商人や武器・防具の職人には必須能力ではあるが、SPを消費するか色々な商品を実際に手に取り五感を通じて得るしかないのでクエストを終えたらポートロイヤルにある市や個人商店を見回り獲得する予定である。
十分ほど歩いた所で少し拓けた草原へとやってきた。ここにスモールラビットは生息しており、雑草にしか見えないが、薬草の類いもこの辺りに生えている。
この世界には当然の様に魔法袋があるが駆け出しの冒険者が購入できる物ではなく、スモールラビットの皮を鞣した小型バックを背負っている。
魔物との戦闘時には直ぐに地面へと下ろせる様に改造されたバックは安価ではあるが実用性に優れている。疲労システムが取り入れられているので動き回れば疲れるし、空腹システムも実装されているため、食事を摂らなければ疲労度が回復しない。
最悪の場合は餓死する。ファンタジーの世界に妙に現実臭い所があるが生きている以上は腹も減れば疲れもするということなのだろう。
ちなみに現実世界では視力が低下して眼鏡が欠かせない俺だが、この世界では眼鏡は不要だ。オシャレアイテムとして眼鏡はあるがファンタジーな世界において希少品となるため価格はそれ相応な物になる。
運動が苦手な者でもこの世界では現実以上に動き回る事は可能だが、現実世界で武道をやっている者ほど動きは良い。
中学時代には陸上部に所属し走る事は嫌いではなかったが大人になると運動する機会は激減する。だがこの世界では不可能を可能にするのだ。
小さい頃から柔道を習っていた俺はベータ時代に人型のゴブリン相手に無双をしていたのは黒歴史だ。
短剣を眺めているだけでも鑑定スキルが獲得できる可能性があるため、余所見をしながら歩いていたら足下で何かを蹴った様な感触があった。
草原で寝て居たスモールラビットを蹴り飛ばしてしまったらしい。
興奮状態となったスモールラビットは角を此方の下腹部に向けて突進してきた。的が小さい為に攻撃を当てるのは難しいが余程の事がないと最弱の魔物であるスモールラビットに負ける事はない。
ステータス画面を見れば残りのHPとMPを確認できるが確認する為には魔物から目を離さなければならず戦闘中に余所見できるのは彼我に実力差がない限りは自殺行為となる。
スモールラビットは殴って良し蹴って良しの魔物との戦闘に慣れる様に運営が用意した魔物だ。戦闘系スキルを得る為に相手にするのも良いがスキル上げには向かない。
スキルを得る為には特定の行動を繰り返す必要があるが、スキル上げは相手によって取得経験値が変動するらしいので相手が弱すぎても駄目なのだ。
かといって鑑定スキルは段階を得ないと表示されるデータは少なく本や人に聞くなどして知識を蓄積しなければ、意味をなさない。
得られる経験値は多くはなるそうだが、公式に発表されている物でないため真偽は定かではない。
何故スキルの話をしたかというとスモールラビットを蹴りまくっているからである。
直線的に向かってくるので少し距離を取れば丁度、蹴りやすい位置になるのだ。素材は損傷の少ない方が高値で取引されるがスモールラビットの皮の価格は高がしれている。
塵も積もればかなりの金額となるが後続プレイヤーが来れば狩場からスモールラビットは姿を消す事になるので今のうちに得られるスキルは取得する積もりだった。
三体ほど蹴り倒したところでシステムメッセージが流れた。
SM
『プレイヤー【ソラ】はスキル【蹴り】を取得しました』
食用になるスモールラビットの肉は血抜き処理をしてはいるが鮮度が命であるのでポートロイヤルに戻ることにした。
一度、戦闘中にスモールラビットを盗もうとしたプレイヤーが居たが地面に置いていても一定期間はプレイヤーに所有権が残る為に少額で犯罪者になるのは割に合わなすぎるために諦めた様子だった。
厳密には盗む事も可能だが大した価値もないスモールラビットを盗んでオレンジプレイヤーになる馬鹿はいないだけだ。ジョブ【盗賊】を取得するために犯罪に手を染めるプレイヤーもいるらしいが、リスクとリターンは全く釣り合っていない。
三匹の戦果を抱えているためこれ以上の戦闘は避ける事にする。薬草はある程度は採取できたので文句なしの成果だろう。
次はスモールラビット相手にスキル【殴打】を得ようかと考えている。
【蹴り】+【殴打】+【投げ】=【近接格闘】というスキルが手に入るのだ。各レベルが二十五以上になれば獲得できる合成スキルで人型相手にそれなりに使えるスキルなのだ。
初期装備である鉄の短剣を使い続ければスキル【短剣術】も得られるので死角を埋める事ができる。
更にスキル【投擲】を取得すれば近・中距離での死角を潰す事ができる。商人だって魔物や盗賊が当たり前の様にいる世界では自衛手段を持たなくてはならない。
商売敵の妨害も考えると戦えて得する事はあっても損する事はないのだ。一定以上の商人になれば護衛を雇う事になるがそこに至るまでは自分の身は自分で守る事が要求される。
何事もなく始まりの街ポートロイヤルに着く事が出来た。何かあったらそれはそれで大変なので何も無くてほっとした。
向かうのは冒険者ギルドである。討伐依頼は受けなくても討伐証明部位を提出すれば完了となるが、受けた場合は十日以内に報告しないと失敗扱いになりギルドポイントの減少と違約金が発生する。
達成したら忘れない内に報告するのがベストな選択である。クエストを受けた際にはログに残るが、思い立ったら直ぐにやらないと忘れるタイプなので注意が必要なのだ。
まあ単純にアリシアの好感度を上げておこうと言う思惑もある。小まめに会話するだけでも好感度は上がるのだから損はない。
「ようこそ。冒険者ギルドへ」
冒険者が仕事を終えて戻るには早い時間なので大して待たないで済んだ。
「クエストの達成報告をお願いします」
ギルドプレートと討伐証明部位である耳を提出する。片方でも良いが両方の耳で二匹とカウントされることはない。
ファンタジーな機能が搭載されているらしく不正はできない様になっているのだ。
「スモールラビット三体でギルドポイント十五と三百コルとなります。素材の買取りや解体も行っていますが、解体は有料となります」
ギルドポイントはギルドに対する貢献度を数値化したものでランクを上げる為に必要なポイントだ。
FランクからEランクになる時にはポイントだけで良いがDランクになる際には認定試験を受ける必要がある。
ゴブリンならEランク冒険者でも討伐可能だがそれ以上の魔物となると死傷率が上がる為の処置だとされている。
この時に先輩冒険者の監督下で野営やサバイバルについて最低限を学ぶ事になる。
面倒なのでランクを上げる事は無かったが高位冒険者と言うだけである程度の牽制となるので取得しても損はない。
Cランク以上の冒険者に対しては冒険者ギルドが強制指名依頼をすることがあるので敢えてDランクで止めている者も多い。
強制指名依頼を受けたにも関わらず逃亡すると冒険者ギルドの資格を剥奪されるのだ。
魔物は脅威なので冒険者は優遇されるがそれと同時に義務も背負う事になる。一定ランク以上でないと立ち入りを制限される迷宮もあるが、冒険者として生きるならともかく、商人として生きるつもりの俺にとってCランク以上は足枷としかならないだろう。
まだ時間が早いのでDランク以下の冒険者が無料で使用できるギルドに隣接された訓練所に行く事にする。
ここで安全に【投げ】と【投擲】を取得するのが目的だった。魔物を倒すのと違って入手できる経験値は微々たる物だがないよりかはましだった。
鞘から短剣を取り出して投擲→回収→投擲を繰り返す。三十分くらい繰り返した頃だろうかシステムメッセージが流れた。
SM
『プレイヤー【ソラ】は【投擲】を取得しました』
最初は闇雲に投げていただけだったが、高校時代に一時期はまったダーツの感覚で投げてみると案外、的である藁人形に命中する様になったのだ。
そこからは命中率が徐々に上がり取得するに至った訳だ。右利きで利き目が左なので左半身を前に出すようにすればある程度は当たる。
【投擲】を得てからは、投げる動作に入るとどの様な軌道で投げられるかを感覚的に分かる様になっていた。スキル様々である。
当初は街で色々な商品を見る積もりだったが熱中し過ぎて気付いた時にはとっくに辺りは薄暗くなっていた。その代わり【短剣術】と【殴打】は無事に取得していた。
「満足したのかな」
集中していたのもそうだが、例え集中していなくても気付く事が出来なそうな五十代半ば位の男性が傍に立っていた。
「警戒させてしまったかな。此方には敵意は無い」
掌を地面に対して垂直に見える様にして手を見せるのはこの世界でも敵意がないことを示す動作である。
見える範囲では傷は無いが、古木でありながらもその雄大さを失っていない姿に無意識の内に警戒していたみたいだ。
「突然だったのでびっくりしただけです。一度、集中してしまうと周りが見えなくなってしまうのは悪い癖です」
「そんなことないさ。君の集中力は中々のものだったよ。集中しながらも視野を拡げるのは経験だからね。君は中々の素質を持っているよ」
何故だが知らないが見知らぬご年配の方に道を歩いていて話しかけられることが多い。初めて行った土地で道案内を頼まれたことすらある。
「有り難うございます」
「君さえよければ訓練をつけてあげよう。儂は用事がなければ朝と夕にここで訓練している」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
柔道の有段者。しかも師範と呼ばれる領域に達した者だけが発する特有の雰囲気をこの老人は持っていた。それは願ってもないチャンスであるので暇があるときは稽古をつけて貰う事にする。
これは武の師匠となるエバンスとの初めての出会いであった。
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冒険者ギルド
「ギルドマスター。何か良いことでもあったんですか」
「ああ。訓練所に顔を出して見ればただひたすらに訓練する若者が居てな。年甲斐もなくはしゃいでしまったよ」
問いかけたギルド職員であったが、その若者に同情する。ギルドマスターのエバンスは若い時にはSランク冒険者として【豪槍のエバンス】と呼ばれていたのだ。
槍だけではなく、武芸一般に通じているエバンスの訓練は厳しい。耐えられれば相応の実力は身に付くが、そこまで至る道程は厳しい。
「将来有望な若者を潰さないで下さいよ。ギルドとしては損失は見逃す事はできませんよ」
この職員も元冒険者でランクBまでいったが、オーガとの戦闘で足の筋を断ち切られ、回復魔法で繋げる事に成功したものの従来のキレが戻らずに引退したのだ。
魔物と対峙するだけで緊張からか体を揺らすのを自分の意識で止められなくなった。ボブゴブリンぐらいなら問題無かったが、冒険者としては致命的だったのだ。
ギルド職員をしているのも師であるエバンスに勧誘されたからである。実際に冒険者として活躍していた者がギルド職員になることは珍しくない。
経験を次世代に引き継ぐのも重要な仕事だからだ。農家や商人に魔物と戦えというのは酷である。
出来るものがやらなくてはならないように世界はなっている。仕事が出来る人間に集中するのは自然の摂理だ。
今日、訓練所を使用していたのは登録したばかりの初心者だった筈だ。
訓練所の利用率は決して良くなく、冒険者になる者は魔物と戦いたがる。怪我や仲間を失う事で訓練の大切さを学ぶがそれでは遅すぎるのだ。
一目だけ見た青年に同情しつつも業務を行うギルド職員の姿があった。