一話
昔、書き溜めしていたものを再投稿したものです。もしかしたら途中で改稿する可能性があります。【不定期更新】
宙人は新作であるマジック・ワールド・オンライン【MWO】を購入しに都内にある巨大家電量販店に来ていた。
ゲーム雑誌によると魔法職以外にも様々な職業が選択でき、冒険者としてプレイするだけではなく町人として生産活動に勤しむことも出来るとの事だった。
予約本数は少なく二千本しかない。VRゲームが他のゲームを駆逐し世界中のプレイヤーが遊ぶ様になった現代で日本のプレイヤーに割り当てられたのは五百のみである。
予約できたとしても取り扱いは主要都市だけで行われ、一番近かったのがこの店舗であった。
たかがゲームとはいえソフトは税込で五万円を越える。開発費に莫大な資金が投入されることはVRゲームにとっては珍しくない。
仮想現実とはいえもう一つの世界を創造するのだからプレイヤーはそのゲームが余程の糞ゲーではない限りは未来に対する投資だと割り切っている。
俺がこのゲームを手に入れる事が出来たのも友人がたまたま開発部に所属していて、テスターになってくれないかと誘われたからである。
GGOを紹介してくれた友人はゲーム会社に転職していた。金も確かに生きる為に必要だが人生を豊かにしてくれるものは気心知れた友人だろう。
ベータテスターを引き受けた百名には優先購入権が与えられ廃神と称される事に誇りすら感じてしまっている社会不適合者は全員が権利を行使した筈だ。
ベータテスターは無償であるがRMTを認められているゲームにおいて一般公開に先駆けてプレイが出来るというのは大きなアドバンテージである。
一時、GGOから得られる収入が減少して三食袋ラーメン生活を行っていたが、スロットで負けた時も同じ様に過ごしていたので苦しい生活ではあるが自業自得なので仕方がない。
多くのVRゲームと同じ様に登録したアバターは他のゲームでも使用できるため今回もPNは【ソラ】にした。
他のゲームの人間関係を新しいゲームに持ち込む事を嫌うプレイヤーもいるが俺は細かい事は気にしない。敵対するプレイヤーは合法的にボコボコにして逆らう意思を持てなくすれば良いだけである。
購入日は本日ではあるが、地方出身者と対等な条件で開始できる様に正式サービスの開始は明日の十時だ。こんなことがなければ遠出することもないので秋葉原に行く事にした。
高価なゲームを持って盗まれるかもしれないと思う者もいるかもしれないが、ソフト自体は小型化が進みポケットにも入る大きさである。
ホールコンピュータシステムは街の防犯カメラにも使用され個人特定を容易にしたため犯罪行為はほぼ百パーセント露見するため、堂々と街中で犯行に及ぶのは余程の馬鹿か食い詰めた浮浪者ぐらいのものである。
このホールコンピュータシステムは政府が国民を監視する物だとして批判を浴びることが導入当初は頻発した。
導入によって凶悪事件の被疑者が逮捕されたり、自首する事が度々あった為に防犯として国民に受け入れられる様になった。
確かに監視されているとなると不快に思う人がいることは確かだ。だがそれを上回る利益があるとしたら人は受け入れるものなのだ。
犯罪発生件数も減少して警察官の仕事を奪うとも言われるシステムだったが、国民からしてみれば火事がなくなれば消防官が必要なくなるように犯罪がなくなれば警察官も必要なくなる。
無論、いざという時の為に完全に無くす事はできないだろうが、彼らが税金泥棒と言われている間は平和な証拠である。逆に彼らが給料以上の仕事をしなければならなくなった時は世の中は混乱していることだろう。
買い物を済ませ自宅に帰った時には既に十七時を過ぎていたが、暇だったのでパチンコを打つ事にした。一パチだったが連チャンして一万二千円、勝つ事が出来た幸先が良かったのでスーパーで寿司と昼食用のカップラーメンを購入して帰路に着いた。
八時には起床して入浴・朝食・洗濯を済まして何時でも起動できる様に既にスタンバイ済みである。説明書を読まなくても内容は理解しているのでテレビを見ながら今は携帯小説を読んでいる。
GGOでもあったが高度に発展した科学文明と突如として発生した異能者が出てくるその小説はありきたりではあったが、暇を潰すには丁度よかった。時計が十時を指すのと同時に俺はMWOの世界にダイブした。
----
始まりの街
見慣れた風景では有るが、VRゲームをしない者にとっては引き込まれる世界がそこにはあった。チュートリアルをこなすことで手に入るアイテムと通貨【コル】は大したことはない。
初心者用の防具と武器が手に入るのでやるに越したことはない。ベータテスター達は街中のマップを見る事もなく、一つの建物へと入っていく。
その建物には剣と盾が描かれており冒険者ギルドであった。ギルドの受付にはギルド嬢でベータテスターに人気のあったハーフエルフのアリシアがいたが、アリシアは人気もあるため列には時間待ちをしてでもアリシアと話をしたい厳つい男の列が出来ていた。
ベータテスターにも彼女に心酔する者は居たが、ベータテスターというのは自己顕示欲の塊とも言える存在であり、他者より優位に立つためにこんなところで時間を潰す訳にはいかない。
男のギルド職員の列に並んでいるのはそんなベータテスターばかりであったが、金を稼ぐ事が目的であって他者より優れた武器やアイテムを所持する事にあまり意味を見い出せない俺はアリシアの列に並んだ。こんな所に来てまでむさ苦しい男の相手などしたくないからだった。
「お次にお待ちの方。大変お待たせしました。こちらへお越し下さい」
十五分ほど待たされたが大したロスでもない。ベータテスターの中で噂になっていたのだが、NPC(大地人)の特定のキャラには好感度システムが実装されているらしく冒険者ギルドではアリシアだけがそれに該当するらしい。
確証は無いが心当たりはある。NPC相手だからと言って横柄な態度をとっていたプレイヤーが店を出禁にされた事があった。
薬草などを扱っていた道具屋を利用できなくなったプレイヤーは自然とベータテストに参加する事がなくなり辞めてしまったという噂だ。
その街の道具屋だけ使用不可能になるならまだしも他の街の道具屋も使用不可能になったらしい。
商人ギルドも存在し、商人同士の横の繋がりもあるからだが、信憑性は高いと思っている。プレイヤーの全てが冒険者として行動する訳ではない。
俺も冒険者ギルドに所属していたがランクもFのままだった。冒険者ギルドでは薬草を集めるクエストが発行されるが利益の一部はギルドが回収するため思ったほど儲からない。
複数のギルドに登録することは可能な為に商人ギルドにも在籍していたのだが、その時にプレイヤーにまつわる噂を先輩商人から聞いたのである。
自力で集めた薬草を需要の高い街で販売することで利益を得ていた。街とは違って行商としか物流手段を持たない村は多い。
危険の割には利益がないため中級層の商人には嫌われるが商人として新米だった俺には仕事を選ぶことなど出来る訳もなく、軍資金を貯めるために奔走した。
アリシアと会話をしながら登録を済ませる。冒険者は身分証となるギルドプレートが与えられる。これには必要最低限の情報が記憶されており、街に入る時には必ず必要になる。
「登録は以上で完了しました。記載事項に間違いがないか確認をお願いします」
「ステータスオープン」
Name_ソラ
Rank_F
Levle_一
Job_冒険者
問題なく情報は記入されている様だった。ジョブが冒険者となっているのは冒険者ギルドに登録したからであり、称号みたいなものでジョブレベルが上がる事は一切ない。
商人であれば派生ジョブもあり、レベルも上がるがジョブレベルは対応した行動を取る事でしかレベル上げが出来ない。
剣士であれば初級剣士→中級剣士→上級剣士→王級剣士→聖級剣士→神級剣士となるが基本職だけであって派生職もあるため単純に級が高いからと言って強い訳ではない。
テスト期間が短かった為に中級以上の基本職以外は発見されていなかったが、それは正式サービス開始時に公開されれば良いだけだ。
ベータ期間に解析が終了してしまってはゲームに先が無いためにプレイヤーはいち速く条件を満たして派生ジョブに就く事を競い合うことになるだろう。
「問題ないです」
「ありがとうございます。初めて登録された方にはこのクエストをお奨めしていますが、如何致しますか」
SM
『アリシアよりクエスト【スモールラビット討伐】が提示されました』
スモールラビットは最弱の魔物であるゴブリンにも捕食される存在ではあるが魔物に分類されている。倒すと手に入る角はポーションの材料になる様だが効果は高くないらしい。
それよりは装飾用に加工した方が高く売れるそうだが加工する技術を持たなければ二束三文で売るしかない。
皮も加工すればそれなりの強度を持つが縫い合わせるには裁縫のスキルが必要でこちらも需要は高いが買取り価格は最低の初心者向けのクエストだった。
「分かりました。武器がないのですがどうすれば良いのでしょうか」
「ギルド公認店であればギルドプレートを提示すれば割引価格で購入する事が出来ます」
「分かりました。ありがとうございます」
初期資金は三千コル。武器や薬草などの回復アイテムを購入すれば手元には幾らも残らない。
初心者用の武器と防具はギルド登録をしていないと二千コルだが登録をしたあとだと千五百コルとなる。得られる武器も鉄の短剣と革の胸あてと脛あてぐらいだ。
だが、素手で魔物と戦おうとするのは愚か過ぎるので購入しておいて損はない。武器・防具には耐久度が設定されており、最大耐久度は修理する度に減少していく。
一定以上の希少度を持つ鉱石を使用した武器であれば最大耐久度の減少幅は少なくなるそうだが、職人の腕も影響する為、信頼できる職人を探すのもプレイヤーの目的の一つである。
冒険者ギルドを出たソラだったが、情報を得ていたベータテスターの姿は既になく、あるのはゲームに慣れていない初心者の列だった。
商人プレイをすることを決めて購入した為、将来が有望そうなプレイヤーと仲良くなる必要はあったが、駄目なら販路を拡大して薄利多売路線に変更すれば良いだけだ。
冒険者の力はステータスや武器・防具にあるが商人の武器はコネと現ナマである。投資できる金額が大きい程、利益は大きくなるがリスクも大きくなる。
それは神を引けるかどうかで運命が変わるスロット台で学んだ。投資が嵩んでも神さえ引ければプラス収支になることは多い。
最近の神は千五百枚役と言われる事も多いが、連チャンすれば一日で十万円以上を得られることもあるのだ熱くもなる。
話が逸れてしまったが、コネは重要だ。ベータ時代に良く訪れていた村は人口こそ少ないが、これから発展しそうな雰囲気を持つ村だ。
村長のカイトも騎士爵の称号を持つ貴族だというのに平民に対して横柄な態度を一切取らない。妻フーカは魔術師で昔は有名なクランに居たそうだが、カイトとの結婚を機に脱退したそうだ。
怪我人が良く出るクルト村では薬草やポーションの需要は無くなる事がない。フーカは回復魔法の使い手だが魔力は有限で薬に頼らなくてはならないことも多い。
一代で貴族となったカイトは剣の達人だった。好意に甘えて一泊した時に朝の鍛練を見る機会があったが、その剣筋を見極める事はできなかった。
商人プレイをやるプレイヤーは少ないと考えてはいるが敵は少ない方が良い。始まりの街【ポートロイヤル】はクライン辺境伯が治めている土地でこの大陸でも発展した街だが、魔物の脅威に晒されている。
ランスカ王国の中でも辺境に位置するこの土地はポートロイヤル周辺は辺境伯軍によって魔物の脅威は定期的に排除されているが弱肉強食な世界であるため商人といえど自衛手段を持つ必要がある。
護衛費をけちったばかりに魔物に喰われた商人や盗賊に襲撃された商人は後を絶たない。プレイヤーは死亡判定を受けると所持金の消失と複数のランダムドロップとデスペナルティとしてはレベルが上がるまでの取得経験値の半減と治療を終えるまでのステータスの減少がある。
商人としては所持金の消失は痛いがギルド金庫に預けたお金は対象外となるのが唯一の救いである。
ランダムドロップも運が良ければの話で相手が人であった場合は根こそぎ持っていかれる仕様となっているが防具・武器は剥ぎ取れない救済措置がとられている。
アイテムは死亡時点で所有権が放棄された状態で放置されるが、一定時間、回収されなければプレイヤーの手元に戻るが高価な品物だろうが紛失する時は容赦なく無くなるのが現実に則した部分である。
開発陣は死に戻りを一切認めない鬼畜仕様にしようとしたらしいが、デスゲームでも何でもないコンシューマゲームでそこまでしたらプレイヤー離れが加速すると予測されて却下されたのを友人から聞いた。
天才と馬鹿は紙一重だと良く言ったものだ。
クエストを達成する準備を終えてポートロイヤルを後にするソラであった。