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Case 冨永英

2040年5月9日、八王子福祉執行所。


 初めの面会者。


「私は特別なの……。勉強とか将来とか、どうでもいい。放っておいてよ」


 東京都立神代高校、3年C組、出席番号14、佐原里香(さはらりか)。一月前、定期身体検査にてパラチルド化していることが発覚。いつから兆しがあったのか、両親や教師への聴取を行うも不明とのこと。家庭でも言葉少なく、クラスにも友人は少なかったらしい。彼女の行動履歴を調査すると、自宅近くの多摩川河川敷で動物を殺害していたことが判明。児童相談所による手術誘致を拒否。福祉執行士への要請へ至った。


「何か悩みがあるのかい?」


「放っておいてよ」と俯いた彼女。恭士は問いかけた。


「特別というのは……」


「…………」佐原里香は何も答えない。


 外部からの話を遮断して、自身の力が生活の中心になる。河川敷での動物殺害行為は、元からあった猟奇的な趣向が発現したわけではない。要するに彼女は()()()()()()()のだ。周りとは違うという全能感。特別な存在であるという高揚感。それが彼女の精神を、生活を乱した。


 パラチルド化した子供は確かに大人より強い。特別なのは事実。


 けれど、その夢から覚めない限り──。


「わかった……」


 恭士はゆっくりと問いかけた。


「手術を拒否する権利は当然ある。元の人間に戻ってほしいというのは、命令じゃなくてお願いなんだ。その方が、君の未来が続くから。でもそれを拒むなら──」


「……!」


 佐原は疑いの目で恭士を見た。身体は強張り、今にもとびかかってきそうな手負いの獣のようだった。


「両親と話し合ってほしい」


「──え」


「君は愛されている。心配されている。生きてほしいと願われている。けれど、君は手術を受けたくない。君の人生は君が決めて良い。だから、僕が君にお勧めする選択肢はこう」


 恭士は一指し指を立てて、笑った。


「先延ばし。ゆっくり話し合うといい。ただし、自分はおかしい人間だと思うのは「逃げ」だってことは覚えておいてほしい」



        ◆


 二人目の面会者。


「傷害罪ってわけわかんない! なんでわたしが悪いことになってんのよ! ユウトが別れようっていうから…………」と言って、少女は泣き出した。


 神奈川県立川崎高校、二年D組、出席番号25、三木(みき)あやか。一月前、交際していた男子、三浦優斗と自宅でテスト勉強中に口論になり、別れ話に発展。三木あやかが激情し、三浦優斗へ暴行。彼は胸骨5本骨折、顎脱臼、背部打撲し緊急搬送。全治半年の大けがを負った。その後三木あやかは警察に保護され、パラチルド検査を受けて、エーテル陽性が確認された。児童カウンセリングを受けたのちに、手術を拒絶していることが判明。児童相談所は福祉執行を要請した。


「君は裁判で、思いの丈を話してほしい。彼を怪我させた事実は消えない。だけど──」


 三木あやかは、両手で顔を覆いながら嗚咽を漏らしている。


「きちんと彼に謝ればいい。なにより僕は──君が、もう人を愛さないと決めてしまうことが一番悲しいんだ」


 恭士は少女の頭を撫でた。


 三木あやかは手術を承諾。2040年12月10日に裁判を迎える予定となった。



        ◆


 三人目の面会者。


「もう一度母さんに会いたい……。でも、手術を受けたら……」


 そう言って少年は俯いた。


 八王子市立第二中学、二年A組、出席番号3、井上大地(いのうえだいち)。二か月前、自宅にて母親から暴行されているところを近隣住民が通報。児童相談所の介入により、井上大地は保護され、母親と別居。その後、通常の身体検査でパラチルドであることが発覚。手術を受けるよう勧められたところ、少年はこれを拒否。児童相談所から福祉執行士へ要請があった。


「どういうことかな?」恭士はブツブツと何かを語る井上大地に問いかける。


「だって……俺は母さんが好きなんだ……、一緒にいたいんだよ。母さんは俺を殴るけど、それでも家族なんだ」


 要領を得ない説明でも、恭士は静かに話を聞いた。


──母親に会いたいこと、手術を受けないこと。


「母さんが俺を殴ってすっきりするなら、それでもいいんだ」


「……そうか、君は母親から暴力を振るわれても耐えられる身体が欲しいんだね」


「…………」井上大地はこくりと頷いた。


「パラチルドでなくなれば、身体は生身の人間になる。だから、母親の暴力を受け続けることができない。君は本当に家族を愛しているんだね」


「うん……」


「君は手術を受ける必要がある。けれど、違う。本当に治療されるべきは、君の母親だ」


「また一緒に暮らせる?」


「ああ、君のお母さんを、大人を信じてほしい」



        ◆




 今日の最後の面会者、冨永英(とみながすぐる)は快活に笑った。


「俺、二十歳で死んでもいいんだ!」


──!

 

 恭士はいきなり出鼻を挫かれた。


 手術を拒む子供たちは皆往々にして、力を手放せない事情と迫る寿命とを天秤にかけている。だから、児童相談所と福祉執行士のカウンセリングによってその秤を揺らすのだ。強くなることは難しい。けれど、強さを手放すことはもっと難しい。


「俺さ、結構真剣に考えたんだ。勉強はあんまりできないし、顔も良くない。運動もパラチルドになる前は全然ダメだったんだ。音楽とか絵も苦手でさ」


 冨永英は、他の子供とは少し違っていた。理解されないと決めつける諦めや、救いの手を振りほどく孤独を抱いているわけではなかった。


「だから、この力は少し惜しいんだ。俺がこんなになったのもきっと何かの意味があるんだって」


 彼は極めて真摯に、社会に対してその視線を向けていた。


 問いかけていた。どうして自分がパラチルドになったのか。


「少し待ってほしいんだ。すぐに答えは出ないかもしれないけど、この力を役立てる方法があると思うんだ」


「わかった──でも、ひとつ約束してほしい」恭士は、小さな勇者を前に目を閉じた。


「何?」

 

「死んでもいいなんて言わないでほしい。きっと親御さんは悲しむよ」


「それは謝る」



        ◆



 冨永英が面会室から出て、児童相談所の担当者と帰っていくのを見ながら、恭士は深く息を吸った。今日の仕事は終わりだ。子供一人ひとりに向き合うことはまだ慣れない。ただ話を聞くだけ、一見すればそんな仕事だろう。けれど、相手はパラチルド。恐怖を抱かずに接することは難しい。猛獣と同じ部屋に入れないと、血相を変える大人も少なくない。


 けれど、手術を拒むパラチルド相手に最もやってはいけないことが、恐怖の露呈だ。その怯えた表情が、「お前は怪物だ」と強く罵倒してしまう。ゆえに、福祉執行士は要請を求められる。


 パラチルドと共に過ごし、道を示す者として──。


「なあ、最後の奴、どうするんだ?」


 今日の恭士の仕事を、面会室の外から見学していたハインが訪ねた。


「冨永英くんのことか?」


「そう、あいつ、たぶん手術受けないぞ」


「彼は特別だ。ああいう子は別のルートがある」


「なにそれ」


 恭士はハインを指さした。


「補佐官さ」


「──!!」ハインは驚きながら笑った。


「あいつ、これから仲間になるのか!」


「まだわからないよ。こちらはあくまでお願いする立場だから、最後に決めるのは彼さ。でもきっと、向いている」


「へへ、なんだか笑っちまうな。俺記憶ないけど、友達には困らなそうだ」


「そうだね」


 恭士は帰り支度をして、ハインと一緒に帰った。途中のスーパーで食材を買って、これから夕食を作る。


 いいパートナーに恵まれた。恭士はそう思った。



        ◆



 2040年、5月12日。冨永英は児童相談所から脱走。行方を眩ませた。


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