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ハインの未来

 二メートルほどの背丈に彫りの深い顔。ティーシャツにジーンズとラフな装いだが、至るところが破けている。力任せに扉を破壊した豪快さを示しながらも、その口調は不愉快な慇懃無礼。ちぐはぐな在り様は、怪しさを加速させた。


「なんだお前は……!」


「アッアッアッアッ! そう怖い顔をしないで下さい。怯えてしまいます」


「俺と妹になんの用だ」


「ンフフ……。お誘いに来たのですよ。貴方たちなら、私たちの仲間になれると」


「仲間……?」


「私たちには今、空いた席が二つあります。カロンとヒドラです。神坂灯矢、あなたはカロンに。そして神坂弓、あなたはヒドラの席に着いてほしい。もちろん、無理強いはしません」


「意味がわからない。失せろ、不愉快だ」


「そうですか。ここから逃げるつもりがないのはわかっていました。なぜなら、私程度で壊せた扉を壊さなかった。元々力は備わっているのに、使おうとしていない。それが選択ならば、仕方がありません。しかし──」


「……」


「手術を受けた後に待っているのは、結局のところ裁判ですよ」


「…………」


「あなた達はパラチルドでなくなった瞬間に、ただの人になる。法の下、今までの犯罪が裁かれる。パラチルド犯罪者の道はそれだけです。ただ、連帯保証人の立候補があれば裁判は免れますが、あなた達に味方する大人などいません。詰みですよ。既に社会はあなた達を裁きたくて舌なめずりしている状態なのです。それでも……手術を受けますか?」


「それは……」


「そもそもとして、それほどまでに()()()()()()でもあるのですか?」


「裁判の後でも、死ぬわけじゃない」


「死にはしないでしょう。ですが、死ななかったとして、それは生きているのですか? アッアッアッアッ! 自身のエーテルに聞きなさい。あなたはどうしたいのか、その力に聞きなさい」


「俺は……」


 灯矢はステュクスに不安の種を刺激された。既に罪を犯しているパラチルドに待っているのは、社会からの復讐だ。妹を守るための選択──何が正しいのか、灯矢は必死に考えていた。


 その時、完全な部外者が声を上げた。


「ちょっと、のけ者にしないでくれよ」


 能天気な口調は変わらない。砕けた態度でハインは神坂兄妹の前に立った。


「スカウトするなら、俺に用はないの? この二人以外に友達いないんだよ」


「あなたは……? 一体」


 ステュクスはハインの顔を見て、何やら驚愕したようだった。


「俺はハイン。記憶がないから年もわからない。よろしくな」


「どこかで会いましたか……?」


「いんや。わからない」


「いえ……ンフフ……誰かに似ていたものですから。気にしないで下さい」


「そっか。ところで、灯矢と弓を連れ出しに来たんだろう?」


 ステュクスはハインの後ろに立つ二人を見やった。


「ええ、これから仲間になる二人です」


「俺も連れてってよ。初めての友達なんだ。寂しいじゃん」


「…………必要ありません。彼らにはカロンとヒドラの席についてもらいます。他に空席はありません。それとも、私たちに強さを示しますか? ケルベロスあたりなら応じるでしょう」


「よくわかんねえけど、連れてってくれるならなんでもいいぞ」


 そこで、ハインはステュクスの姿を見失った。


 気が付いた時には、壁に背を向けてへたり込んでいた。


──?? 


 ハインはわけがわからなかった。体中が痛い。息ができない。肺がうまく機能しない。喉から胃液が逆流してくるようだ。口の中が鉄臭い。


「おい! 大丈夫か、ハイン!」灯矢は叫んだ。


 ステュクスは拳を構えていた。つまるところ、ハインはステュクスに殴り飛ばされたのだ。


「アッアッアッアッ! 強さを示すことは不可能なようですね。私相手にこれだと全く力不足。ええ、そうでしょう? お二人、あなた達のエーテルならこの程度しのぎ切れた」


 ステュクスはハインを敵対種を睨むような瞳で、続けた。


「あなたは私たちの仲間にはなれません。なぜなら──怒りが足りないからです。この世界を丸々ひっくり返そうという、怒りです。人類そのものを滅ぼす気概が全くない。論外ですよ。何も知らない少年」


 ハインは意識を失った。



        ◆



 弓はステュクスの発言に驚いた。


 見抜かれていると、焦ったのだ。


──天使化の兆しがあるパラチルド。


 ステュクスは弓と灯矢に天使化の可能性があることを知っている。


 弓自身、兄にずっと隠していたことだった。


 今のステュクスの攻撃も、それほど速いものには見えなかった。弓は自身の強さに怯えていた。


 強くなるエーテル。自分が化け物に変わっていくのが怖かった。


 兄にも隠している力。神坂弓は兄を思うがゆえにエーテルを抑えていた。


 けれど、この時、ステュクスの隠しようもない暴力に充てられてしまった。


 エーテルによる肉体強化。何も知らない少年は車に撥ねられたように吹き飛ばされた。


──ああ、ダメ。抑えきれない。


 パラチルドはエーテルに敏感だ。ステュクスがハインの力を試したとき、弓は自身のエーテルが呼応するのを感じた。


 天使化したパラチルドには、エーテルを使った特殊能力が備わる場合がある。


 発現した能力。意図しない覚醒。兄に隠してきた本当の自分が産声を上げた。


 弓の能力は──。



        ◆



 夜。


 空に浮かぶ城。見上げると光を放ち、何かをため込んでいる。力。そう、光はエーテルそのものだ。


 それに立ち向かう。少年がいた。


 辺りはすでに崩壊している。大きな力を前に、一歩も引かない少年は、おそらく世界最強のパラチルドなのだろう。


 子供たちの希望を背負って、世界を救う(滅ぼす)


 神々しい敵に胸を張る。


 少年は、こちらに振り向いた。


「弓、行ってくるよ。プルートとして」


──!


 その顔はハインだった。


 子供たち全員が、世界に立ち向かうための器、プルート。


 ハインはプルートとなる。



        ◆



「────!」


──今のはなに?


 弓に宿った力は未来視だった。


 知らない経験が映像のように、目に焼き付いて離れない。


 弓はその場で膝をついた。


「おい! 弓も大丈夫か!」灯矢は妹に駆け寄る。


「ん──?」ステュクスは不思議そうに首をかしげている。


「お前、何をした!」


「いえ、なにも」


 弓は大粒の汗を額に浮かべながら、立ち上がった。


「弓……?」灯矢は顔を覗き込んだ。その表情は一つの決意に満ちていた。


「私、この人に付いて行く」


「な────」灯矢の驚愕。


「アッアッアッアッ!! いい子ですねえ」


 ステュクスは不愉快に笑った。


 弓は兄の横を歩き、大男の前に立った。


──きっと、未来に良くないことが起きる。ハインはきっと、()()になってしまう。


 そう、プルートと呼ばれた何か。


 ステュクスはプルートが待っていると言っていた。


 絶望の未来を回避する鍵はきっと、この男に付いて行けば、見つけられる。


 そう、信じていた。


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