2人でマリアにお別れを言いに行きます
翌日、私は黒いワンピースを着て、ニッチェル伯爵家へ向かった。既に準備を終えていたリリーも、私と同じく黒いワンピースを着ている。私たちの腕には、マリアからもらったブレスレットも付いている。
そう、今日はマリアが眠るお墓へ行くのだ。本来罪人は集団の墓地にまとめて葬られるのだが、元侯爵令嬢ということで、個別のお墓が作られたらしい。きっとカルロ様やエイドリアンが私に配慮してくれたのだろう。
私たちは無言で馬車に揺られ、お墓まで向かった。お墓は王都の外れにある。途中、お墓に供えるための花を買うため花屋に寄った。
「マリア様ってどんなお花が好きだったかしら?」
リリーがお花を前に考え込む。そう言えば、私もマリアが何の花が好きなのか知らない。私たち1年近くも友達だったのに、マリアの事何にも知らなかったのね。
そう思うと、なんだか胸が締め付けられた。とりあえず、お店の人にお墓に供えるのにおすすめのお花をいくつか見繕ってもらった。
「私たちってマリアの事何にも知らなかったのね…」
馬車に揺られながら、私がつぶやく。
「本当ね。ずっと友達だと思っていたけれど、マリア様のこと何にも知らないわ。マリア様って、どちらかと言えば聞き役で自分の話をあんまりしない人だったものね」
そう、マリアはいつもニコニコと私たちの話を聞いてくれていた。でも裏を返せば、自分の話を私たちにしたくなかったってことなのよね。
「もし、もっとマリアの話を聞いていたら、あんな事件は起こらなかったのかしら…」
私の問いかけにすぐにリリーが答えた。
「それはないと思うわ。フェルナンド様も言っていたけれど、侯爵様は何が何でもマリア様を王妃にしたかったようよ。もし今回の事が失敗に終わっても、きっと別の方法を考えていたと思うの」
確かにリリーの言う通りだ。きっと侯爵は今回失敗に終わったとしても、また新たな方法を考えて来ただろう…
「フェルナンド様が言っていたんだけれどね。すべてを話し終えた後のマリア様、なんだかとても穏やかな顔をしていたみたいよ。ずっと侯爵様に支配されていたのが、あんな形ではあったけれど、やっと解放されたのだからね」
そうか、フェルナンド様はリリーに色々な話をしているのね。
「リリーは強いわね」
「私が?」
目を丸くするリリー。
「だってそうでしょ。私はカルロ様やエイドリアンから、マリアの様子はほとんど教えてもらえなかったわ。それだけ私が精神的に弱いから、きっと言えなかったのよ。」
そう、私がもう少し強ければ、きっとカルロ様やエイドリアンもマリアの最後の様子を話してくれたかもしれない。
「リリー、マリアの様子を教えてくれてありがとう!事件後マリアがどうしていたのか、ずっと気になっていたの」
「エイリーン様…私だって強くなんてないわ!マリア様がなぜあんなことをしたのか、私にも何か出来ることがあったんじゃないかって、すごく悩んだのよ。でもね、フェルナンド様が、
“リリーは人の心が読めるのかい?俺は相手が自分に対しどう思っているかわかるんだ。そんな俺でも、ベネフィーラ嬢の悪意を感じ取ることが出来なかった。だから、リリーが気づくのは無理だよ”
って、言ってくれて。確かにそうだなって思ったら、気持ちが楽になったのよね」
ん?今なんて言った?フェルナンド殿下は相手の悪意を感じることが出来るの?そんな設定、漫画にあったかしら?それもそんな重大な秘密、今リリーさらっと言ったわよね。
今のバラしちゃっていいのかしら?まあ、とりあえず聞かなかったことにしておこう。
「だからね、エイリーン様も、もうマリア様の事は気にしないようにしましょう。考えてもどうしようもならないのだから!」
「そうね、私ね。今日マリアにきちんとお別れを言おうと思って来たの。事件以降結局マリアには会えなかったでしょ。だから、マリアの眠るお墓で、きちんとお別れがしたいなって思って…」
シュメリー王国では海に向かって、マリアへの気持ちを叫んだが、きちんとお別れが出来たわけではない。だから、今日リリーと一緒にマリアが眠るお墓に来て、しっかり別れをしようと思ったのだ。
もちろん、自己満足でしかない。でも自分へのけじめとして、そして前へ向かって進むため、どうしてもお墓に来たかった。
「私もマリア様ときちんとお別れをしていないから、今日誘ってもらえてうれしいわ。2人でマリア様にしっかりお別れをしましょう」
リリーも笑顔で話す。
しばらくすると、丘の上にたくさんの墓地が目に付いた。この一角にマリアが眠るお墓もある。アレクサンドル王国のお墓は、基本的に土葬だ。どちらかというと、欧米の様に芝生の様な場所に墓石が置いてある感じだ。
「リリー、今侍従がマリアのお墓の場所を確認しに行っているから、少し待ちましょう」
私はリリーに伝える。実はマリアのお墓がどこにあるのか、はっきり知らない。そのため、先に侍従がお墓を管理している事務所に行き、場所を聞いて来てくれているのだ。
「お嬢様、お待たせいたしました。こちらです」
マリアのお墓の場所を聞いた侍従が戻ってきた。私たちは侍従の後を付いていく。結構奥の方なのか、しばらく歩く。
「こちらでございます」
侍従が教えてくれた場所には、確かに小さな墓石が立っていた。
墓石には「マリア・ベネフィーラ」と書かれている。
「マリア、来るのが遅くなってごめんね」
私は墓石に話しかける。そして、来る前に買って来た花を供えた。
「お嬢様、こちらも」
メイドのアンナに渡された、もう1つの花束も一緒に供えた。
「エイリーン様、それって虹色に光るバラですか?こんな美しいバラ、私初めて見ましたわ。一体どこで手に入れましたの?」
「これはシュメリー王国にしか咲かないバラなの。私がこのバラを気にいったから、譲ってくれたのよ」
実は帰国前に、ライリー様がたくさん虹色のバラをお土産に持たせてくれたのだ。“エイリーンが気に入っていたから”と言って。
この虹色のバラ、たとえ切ってしまってもきちんと水につけておけば1ヶ月は咲き続けるとのこと。今回、マリアにもお供えしたくて少し持ってきたのだ。
「そうだったんですね。それにしても本当に美しいわ。きっとマリア様も喜んでくれてるわね」
そうね、そうだと嬉しいわ。
お花を供え終えると、私とリリーはお墓に向かって手を合わせる。ねえ、マリア、聞いている?私本当にショックだったのよ。でもみんなのおかげで何とか立ち直ることが出来たわ。
今日はね、あなたにお別れを言いに来たのよ。もちろん、これからも定期的にここに来るわ。でもね、生前あなたとお別れも言えなかったでしょ。だから、今きちんとお別れしたいと思ったの。
マリア、私と友達になってくれてありがとう。そして、さようなら!私があの世に行くことになった時は、絶対会いましょうね。約束よ!
私は心の中でマリアにお別れを言った。リリーもマリアに語り掛けているのか、ずっと祈り続けている。
どれくらいそうしてただろう。しばらくすると、リリーも顔をあげた。
「リリー、マリアとお別れは出来た?」
「ええ、エイリーン様は?」
「私もちゃんとお別れできたわ。それじゃあ、帰りましょうか?」
私はリリーの手を取って馬車が止まっている方向へと歩き出す。
きちんとマリアともお別れが出来た。もう後ろを向くのは止めよう!これからは前だけを向いて歩いていこう。そう心に決めたエイリーンであった。
次回からまた学院編です。よろしくお願いしますm(__)m