シュメリー王国へ行くことになりました
マリアの刑が執行された次の日。私を心配したリリーがフェルナンド殿下とカルロ様と一緒に、公爵家へやって来た。
さすがに自室で対応する訳にもいかず、応接室へと案内された3人。私が応接室へ入ると、すぐにリリーが飛んできた。
「エイリーン様、お久しぶりです。体調が悪いと聞いたのですが、大丈夫ですか?」
久しぶりに見るリリーは、とても元気そうでホッとした。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと食欲がないだけだから」
リリーの後ろではフェルナンド殿下も心配そうな顔をしてる。
「エイリーン様、顔色が悪いです。とにかく座って」
リリーはそう言うと、私をソファに座らせ治癒魔法をかけてくれた。
さすが聖女の治癒魔法、温かくて気持ちいいわ。
「ありがとう、リリー」
「お礼を言うのは私の方です!あの時エイリーン様が、すぐに私に治癒魔法をかけてくれたから助かったんです!もしエイリーン様がいなかったら、きっと今私はいませんわ!」
すごい勢いで話すリリー。ほんの1週間程度会っていないだけなのに、なんだかとても懐かしい感じがする。
「ニッチェル嬢の勢いに、エイリーンがびっくりしているじゃないか!ほら、フェルナンドの隣が空いているから君はそっちに座ってくれ」
カルロ様は、リリーを軽くあしらい私の隣に腰を下ろす。
「ちょっと、今日は私がエイリーン様の隣に座ろうとしたのに!本当に空気の読めない人ね!」
「空気が読めないのは君だろ!」
いつもの喧嘩が始まった。
「いい加減にしろ、2人とも!とにかくリリーは俺の隣でもいいだろ、座れ」
フェルナンド殿下に怒られた2人はシュンとしている。その姿がおかしくて、私はいつの間にか声をあげて笑っていた。
「エイリーンの笑った顔、久しぶりに見たよ」
カルロ様が嬉しそうに言う。そうか、私最近全然笑っていなかったものね…
リリーも座り、アンナが入れてくれた紅茶を一口飲む。
「それにしても、マリア様があんな人だなんて思わなかったわ!まさかエイリーン様に罪を擦り付けるなんて。私だって一歩間違っていたら死んでいたのよ」
リリーがプリプリ怒っている。
「だからエイリーン様も、マリア様の事はあまり気にしないで!」
リリーは不安そうに私を見つめる。そうか、きっとリリーは私がマリアの事で思い詰めていると思って言ってくれているのね。
「ありがとう、リリー」
でもリリーはそう言ってくれても、マリアに何か出来ることがあったのではないかという思いは消えない。
私が一瞬暗い顔をしたからか、リリーも黙り込んでしまった。いけない、せっかく来てくれたのに、何か話題を変えないと。
「そう言えばリリー、あなた王宮で暮らしているんですって?王宮での暮らしは慣れた?」
私の問いに嬉しそうに答えるリリー。やはり王宮の生活は慣れず、明日ニッチェル伯爵家に帰るらしい。そんなたわいもない話をしている間も、私の心が晴れることはなかった。
「今日は来てくれてありがとう。またいつでも遊びに来て」
私の言葉に、リリーは嬉しそうにうなずく。
「エイリーン様、次はうちにも遊びに来て。引っ越してから一度も遊びに来ていないでしょ。昔の家よりずっと立派になったのよ」
得意そうに話すリリー。
「ありがとう、ぜひ遊びに行くわ」
私がそう言うと、嬉しそうにうなずき、馬車へと乗り込んでいった。
リリーたちが帰った後、やはり考えるのはマリアの事。
リリーやフェルナンド殿下にまで心配をかけているのね。でもどうしても考えてしまうの…
リリーたちの訪問から2日後、私は相変わらず食欲のない日々を過ごしていた。
そんな時だった。
「コンコン、お嬢様、お坊ちゃまがお呼びです」
エイドリアンが?急にどうしたのかしら?
私はエイドリアンが待つ居間へと向かう。
「エイリーン、急に呼び出してごめんね。俺が部屋まで行けばよかったんだけれど、父上たちにも話を聞いてほしくてね」
エイドリアンが言った通り、居間にはお父様とお母様もいる。一体どうしたのかしら?
そう思いながらエイドリアンの隣に座った。
「実はメルシアから手紙が届いてね。今回の長期休みはぜひシュメリー王国に遊びに来て欲しい。その際、絶対にエイリーンも連れてくるように!と書いてあってね」
「メルシアお姉さまが?」
メルシアお姉さまと言えば、シュメリー王国の第二王女でエイドリアンの婚約者だ。
とても気さくで優しい姉御肌タイプのメルシアお姉さまは、私を本当の妹の様に可愛がってくれている。もちろん、私も姉の様に慕っている。
初めて会った時“あなたがエイリーンちゃんね!本当エイドリアンによく似ているわ!私はメルシアよ。私たち姉妹になるんだから、私の事はお姉ちゃんって呼んでね”そう言われて以来、私はずっとメルシアお姉さまと呼んでいる。
「エイリーンは今まで王妃教育があったから、シュメリー王国に行くことが出来なかっただろう。今は王妃教育もお休みしているし、この機会に何が何でもエイリーンを連れて来いってメルシアがうるさくてね。メルシアは一度言い出したら聞かないからさ。だからエイリーン、お願い!一緒にシュメリー王国に来て!」
エイドリアンはそう言うと、手を合わせお願いのポーズを取る。
「あそこは海もあるし、いい気分転換にもなるだろう。エイリーン、行って来たらどうだ?」
お父様も私の背中を押す。
確かにここに居ても、きっとマリアの事ばかり考えてしまうだろう。ならば、シュメリー王国に行くのもいいかもしれない。
「わかったわ。メルシアお姉さまにも会いたいし、私行くわ」
私の答えに、エイドリアンが心底安心した表情を見せた。
「準備もあるから、出発は3日後だ。エイリーン、シュメリー王国までは馬車で5日かかるから、しっかりご飯を食べて体力を付けておくんだよ」
馬車で5日か。結構かかるのね。一度シュメリー王国へ行けば、少なくとも2週間程度は滞在するだろう。そうなると、移動も含め1ヶ月程度留守にすることになる。
カルロ様ともしばらく会えなくなるから、明日王宮に行って挨拶しておかなくちゃ。
そう思ったのだが…
「そうそう、言い忘れたけれどカルロ殿下も今回同行することになったよ。最初はやんわり断ったんだけれど、どうしてもって聞かなくてね。
王太子の仕事もあるだろうから無理だと思ったんだけれど、あの人気合いである程度終わらせ、残りはフェルナンド殿下に押し付けたらしい…。まあ、陛下も王妃もフェルナンド殿下も納得しているようだから、これ以上とやかく言うことは出来なくてね」
エイドリアンはどこか遠い場所を見ている…きっと色々と大変だったんだろう…
「カルロ殿下は本当にエイリーンを大切にしてくれているのね」
お母様がクスクス笑いながらも、嬉しそうに言う。
カルロ様も一緒の旅か。リリーも付いて来ると言わなければいいんだけれど…
私は次の日、しばらくシュメリー王国に行くことをリリーに報告するため、ニッチェル伯爵家へ向かった。
リリーが言った通り、以前のニッチェル家とは比べ物にならないほど立派だ。案の定リリーも一緒に行きたいと言ったが、たまたま来ていたフェルナンド殿下に全力で止められ仕方なく諦めた様だ。
そもそもリリーは聖女だ。国から出ることは出来ない。
「聖女って損ね」
そう言ってイジけるリリー。お土産を買ってくることを約束し、ニッチェル家を後にした。
そして出発日当日、今回カルロ様も行くということもあり、王家と公爵家の馬車が待機していた。もちろん、護衛騎士たちに警護されながらシュメリー王国を目指す。
「お父様、お母様、行ってきます」
「ああ、気を付けて行っておいで」
お父様とお母様に挨拶をし、公爵家の馬車に乗り込もうとしたのだが…
「エイリーンはこっちだよ」
公爵家まで迎えに来ていたカルロ様によって、王家の馬車へと誘導された。
アレクサンドル王国を出るのは初めて。まだまだ心は重苦しいけれど、まだ見ぬシュメリー王国に少しだけ胸が弾むエイリーンであった。
~エイドリアンとメルシアの手紙のやり取り(一部抜粋)~
メルシア”今度の休みには絶対エイリーンも連れて来てね!”
エイドリアン”それがちょっとトラブルが起きてね。かくかくしかじかで、エイリーンは随分落ち込んでいるんだ。だから長旅は厳しいかもしれない”
メルシア”なら尚更こっちに連れて来て!いい!絶対よ!連れてこなかったら承知しないからね!”
エイドリアン”…わかった”
2歳上のメルシアに、完全に尻に敷かれているエイドリアン。
ちなみにメルシアはとても自由人です。思ったことを何でも言うし、思い立ったら即行動!その行動力で、エイドリアンに猛烈アタックをしたとか!王女でありながら、おごることもせず、誰にでも優しく、困っている人を見つけるとついお節介を焼いてしまいます。
エイドリアンもそんなメルシアに振り回されながらも、愛おしいと感じているようです。




