心がついていきません
シリアスな話が続きますm(__)m
エイドリアンとカルロ様が王宮に戻るのを見送ると、私は自室に戻る。あまりにも衝撃的な事実に、頭の中が混乱する。
マリアは一体どんな気持ちで侯爵の言うことを聞いていたんだろう。どんな気持ちで私たちと一緒に過ごしていたんだろう…
ずっと友達だと思っていたマリア、私は一体マリアの何を見ていたんだろう。考えれば考えるほど、わからない!
「お嬢様、夕食のお時間ですよ」
私はアンナの言葉にハッとする。どれくらいの時間考えていたのだろう。アンナが入ってきたことも気づかなかったようだ。
「わかったわ、すぐに行くわ」
慌てて食堂へと向かう。既に王宮から戻ったお父様やエイドリアンもいる。家族4人で食卓を囲むのは、1週間ぶりだ。
「今日は久しぶりに家族が揃ったな。じゃあ頂こうか」
お父様の言葉で食事を始めるが…
あれ?食べられない。食べ物を口に運ぼうとするが、なぜか口を開くことが出来ない。それどころか、なんだか気持ち悪い。
私はその場から席を立ち、トイレへと駆け込む。そう、吐いてしまったのだ。
ダメだ…ご飯が食べられない!
トイレの前には心配そうなアンナが立っていた。アンナに「体調があまり良くないから部屋で休む」と伝えると、部屋まで付いて来てくれた。
今日は色々な事実を知って、疲れているのかもしれない。とにかくもう寝よう。そう思い、ベッドに入った。
でも、中々寝られない。気が付くとマリアの事ばかり考えてしまう。もし私がもっとマリアに気を回していれば。もし私がマリアをもっと気遣っていれば、もしかしたらこんなことは起きなかったのかもしれない。
それに、漫画通りなら、本来断罪されるのは私。でも私が漫画のストーリー通り動かなかったから、代わりにマリアが断罪されたのかもしれない…
そもそもマリアは漫画には出てこなかったわ。だとしたら、私の身代わりになった可能性もある…
そんなことはきっとあり得ない。あり得ないと頭では理解していても、考えずにはいられない。
マリア、あなたは今どんな気持ちでいるの?私の事を恨んでいるかしら?
私は布団の中で声を殺して泣いた。
コンコン
「お嬢様、体調はいかがですか?」
アンナは心配そうに声をかけて来た。
私、いつの間にか眠っていたのね。
「アンナ、大丈夫よ。ありがとう」
「お嬢様、顔色が良くありません。今日はお部屋でゆっくり過ごしてください。食事もお部屋に運びますね」
私、顔色が悪いの?体調は特に悪くないんだけれどな。
しばらくすると、アンナが食事をもってやって来た。
「昨日の夜も食事を召し上がらなかったので、料理長と相談して食べやすく消化の良いスープをお持ちしました。お嬢様、食べられますか?」
「ありがとうアンナ、料理長にも後でお礼を言わないとね」
早速スープを飲もうとスプーンですくう。でも、ダメだ。食べられない。
「ごめんなさい、アンナ。食欲が無くて。後で頂くわ」
私がそう言うと、アンナは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔になり
「わかりました。また食べられそうになったらおっしゃってくださいね」と言うと、スープを下げてくれた。
私本当にダメね。
しばらくすると、お父様とお母様、エイドリアンが部屋を訪ねて来た。
「エイリーン、食事が摂れないんですって。大丈夫?今医者を呼んだからもう少し待ってね」
お母様が私の手を握りながら、泣きそうな顔をしている。その後ろには、心配そうなお父様とエイドリアンもいた。
「エイリーン、ごめん。俺がベネフィーラ嬢の話をしたからだね。エイリーンにとってベネフィーラ嬢は大切な友達だったのに…」
悔しそうに唇を噛むエイドリアン。
「違うわ、エイドリアンのせいじゃないわ!きっと事実を知らないまま過ごす方がずっと辛かったと思う。エイドリアンも辛いのに、全てを話してくれてありがとう」
私は出来るだけ笑顔で答えた。
「エイリーン、私とエイドリアンは王宮に行かなければいけないけれど、無理せずゆっくり休んでいるんだよ。学院も休みに入ったし。ゆっくり休みなさい」
お父様はそう言うと、エイドリアンと一緒に私の部屋を出ていく。部屋を出ていく時のエイドリアンの辛そうな顔を見ていたら、なんだか申し訳ない気持ちになった。
エイドリアンもきっと辛いはず…なのに必死で後処理を行っている。それなのに私は…本当に自分が嫌になるわ。
その後医師がやってきて診察を受けたが、身体的異常は見つからず、やはり精神面からくる体調不良とのこと。
その日のお昼もほとんど食事をとることが出来ず、ただぼんやりと自室で過ごしていた。
こんな事が無ければ、今頃ベネフィーラ家の領地に遊びに行っていたはずなのに…
その時、ドアをノックする音と共に、アンナが入ってきた。
「お嬢様、カルロ殿下がいらっしゃっていました」
アンナの言葉の後、すぐにカルロ様が入ってきた。
「エイリーン、エイドリアンから聞いたよ。食欲がなく体調がすぐれないんだってね」
カルロ様は心配そうに私の髪を撫でてくれる。
「カルロ様、心配かけてごめんなさい。ちょっと食欲がないだけだから大丈夫よ。それより、リリーは元気にしているかしら?」
あまりカルロ様に心配をかけたくなくて、わざと話題をそらせた。
「ニッチェル嬢は元気だよ。エイリーンにも会いたがっていたよ」
リリー、私も会いたいわ。あなたに会えば、少しはこの胸の苦しみは和らぐかしら…
その後少しだけ世間話をし、カルロ様は帰って行った。きっとまだ忙しいのだろう。そんな中でも、私に会いに来てくれるカルロ様。
そもそも私はカルロ様を幸せにするため、今まで頑張ってきた。それなのに、こんなところでくじけていてはいけないわね。頭では分っているが、心がついていかない…
私はその日、夕食も食べずに眠ることにした。
そして次の日。朝早く起きると、アンナが起しに来る前に着替えを済まし外出の準備をする。
そうこうしているうちに、アンナが起しに来た。
「お嬢様、おはようございますって、その恰好…」
アンナが驚くのも無理はない。私は真っ黒なワンピースを着ているのだから。
「アンナ、私は今から教会に行ってきます。馬車の手配をお願い」
「こんなに朝早くにですか?」
「ええ、そうよ。出来るだけ早く行きたいの。手配をお願い」
「わかりました。すぐに手配をいたします」
そう言うと、アンナは急いで部屋から出て行った。
私が教会へ行くと知った両親とエイドリアンが止めに入るが、私はそれを突っぱね馬車へと乗りこむ。
教会に着くと、私はお祈りの部屋へと向かう。神父様も私がフィーサー家の娘とわかると、個室のお祈り部屋を準備してくれた。
そう、今日はマリアの刑が執行される日。私は少しでもマリアが苦しまずに旅立てるよう、旅立った後も穏やかに過ごせるよう祈ることにした。
今の私にはきっと祈ることしかできないから…
それに祈っている間は、私の心も穏やかでいられる、そんな気がした。
私はとにかく祈り続けた。マリアからもらったブレスレットを握りしめながら…
気が付くと窓からは夕日が差し込んでいた。さすがにこれ以上ここに居ては迷惑ね。そろそろ帰らないと…
そう思ってお祈りの部屋を出た時、そこにはカルロ様がいた。
きっと私を心配して、教会まで迎えに来てくれたのだろう。
カルロ様は何も言わず私の手を取ると、黙って馬車へと誘導してくれる。
温かくて大きな手、いつもならとても幸せな時間。でも今の私は、その温もりですら、罪悪感を感じる…
マリアの事を考えると、罪悪感や自分への嫌悪感で押しつぶされそうになる。いつかこの気持ちが和らぐ日は来るのだろうか…
公爵令嬢として育ったエイリーンは、人に裏切られるという経験がありませんでした。また前世でも比較的穏やかな生活を送っていたこともあり、精神面はそこまで強くありません。
そのため、エイリーンにとって今回の事件はかなり衝撃が大きかった様です。
ちなみにどうでもいいのですが、筆者も追い込まれると食事が取れなくなるタイプです。
本当に食べなくても平気で、食べようとすると気持ち悪くなります。
とてもネガティブ志向なのですが、忘れっぽいので3日程度食欲が落ちた後、大体どうでもよくなって普通の生活に戻ります。
ある意味物凄く図太い性格なのかもしれません。




