俺にも大切な人ができました~フェルナンド視点~
月日は流れ、14歳になった俺は、貴族学院へ入学することとなった。
ちなみに、12歳の時にエイリーン嬢と話して以来、一度も彼女に会っていない。
入学式当日、さらに美しく成長したエイリーン嬢は、相変わらず綺麗だ。
そして相変わらず第一王子が彼女の隣にいる。
まあ、2人は婚約者だから当然と言えば当然だ。
俺は2人と同じクラスだ。正直2人がイチャイチャする姿を見るのは辛い…
そう思っていたのだが、入学式早々、男爵令嬢のリリー・ニッチェルがあろうことか、エイリーン嬢に友達になって欲しいという、前代未聞の出来事が起こった。
心優しいエイリーン嬢は、それを快く承諾し、2人は親友となった。それを快く思っていないのが、第一王子だ。この2人、エイリーン嬢を巡ってしょっちゅう喧嘩をしている。
一国の王太子相手に、男爵令嬢のリリー・ニッチェルは物怖じすることなく、王太子に文句を言う姿、正直面白い。
あの女も随分変わっているようだ!
ちなみに俺は、やはりクラスに馴染むことなく、1人でいることが多い。というより、厄介者の第二王子に誰も近づこうとはしないため、必然的に1人でいると言った方があっている。
それに、クラスの大多数が俺に良くない感情を抱いているため、1人でいた方が気楽なのだ。
そんな中でも、時々エイリーン嬢が気を使って話しかけようとしてくれる。ただ、ものすごく嫉妬深い第一王子に阻まれ、中々俺の側には近寄れないようだ。
あの男、欲しいものは全て手に入れているはずなのに、正直器が小さい。よくリリー・ニッチェルが“王太子様は器が小さい”と言っているが、まさにその通りの男だ。
そんなある日、放課後の教室に1人でいた時のことだ。
「ガタ」と何かが落ちる音が聞こえ、ふいに振り向くと、そこにはリリー・ニッチェルが立っていた。
なぜか俺を見つめている。その瞳には今まで感じた事のない感情が見て取れる。
何とも言えない空気に、俺はその場を後にした。それからというもの、リリー・ニッチェルは毎日の様に、俺の後を付けてはこっそり見つめるという謎な行動をとり始めた。
一体あの女は何を考えているのだろう?
そんな日々が続いたある日。
いつものように、裏庭のベンチに1人で座っていると、リリー・ニッチェルが話しかけてきた。
サンドウィッチを作ったから、一緒に食べようと言うと、隣に座りバスケットからサンドウィッチを取り出す。
「ニッチェル嬢だよね。俺に関わってもいいことないよ!それに、どこの誰が作ったかわからないものは食べられない、毒が入っていたら嫌だからね」
俺はつい、嫌味を言ってしまった。
その瞬間、ムッとした顔をしたリリー・ニッチェルだったが、急に何かを思いついたように「毒なんて入っていません」と言うと、すごい勢いでサンドウィッチを食べ始めた。
結構な量があるサンドウィッチが次々に彼女の胃袋に収まっていく。おい、そんなに食べて大丈夫か?俺のそんな心配をよそに、彼女はぺろりと平らげてしまった。
でも、さすがに食べ過ぎたのか
「ゲプ」
と、ゲップをする。女性にあるまじき姿を晒してしまったと思ったのか、顔を真っ赤にしてうつむくリリー・ニッチェル。
その姿に、俺はつい笑ってしまった。
明日もここに来てもいいかという彼女に、俺は「好きにすればいい」というと、とても嬉しそうな顔で笑った。
本当に、変わった女だ。
それからというもの、毎日お昼になると必ず昼ごはんを片手に、俺の元にやってくる。
それはそれは嬉しそうな顔をして。
最初は彼女の作った食事に手を付けなかったが、あまりにもしつこいので、つい食べてしまった。その時の彼女の嬉しそうな顔。
「私の事、リリーって呼んでください」
と、鼻息荒く迫られ、つい名前で呼ぶようになった。
リリー嬢は、毎日毎日、エイリーン嬢のこと、第一王子とのやり取り、家族のことなど、楽しそうに話す。
俺はほとんど話さないが、彼女がそれはそれは楽しそうに話すので、俺まで楽しい気持ちになってくる。
いつの間にか俺は、お昼になるのを心待ちにするようになっていた。
そんな日々が1ヶ月ほど続いたある日、とある3人の令嬢たちが噂話をしているのを目撃した。
「ねえ、あの図々しい男爵令嬢、今度はフェルナンド殿下を追い回しているそうよ」
「そうらしいわね。エイリーン様の次はフェルナンド殿下だなんて、身分の高い人ばかりを狙って、何考えているのかしら?」
「フェルナンド殿下なら落とせるとか思ってるんじゃないの?あの女なら誰にでもちょっかいかけそうだもんね。ヤダヤダ、汚らわしいわ。周りでもあの男爵令嬢が売女だってもっぱらの噂よ」
「「ヤダ~」」
3人は笑いながらリリー嬢の悪口を言っている。
リリー嬢は俺と一緒に居るせいで、あんなひどい噂を流されているなんて!
リリー嬢は本当にいい子だ。俺なんかと一緒に居てはいけないんだ!
彼女の為にも、もう一緒に居ない方がいい。
そう思った俺は、いつものようにお昼ご飯を食べようとやって来たリリー嬢に向かって、暴言を吐く。
「リリー嬢、今まで我慢していたが、俺は1人が好きなんだ。なのに毎日毎日押しかけてきて。はっきり言って迷惑だ!もうここには来ないで欲しい」
リリー嬢は、「ごめんなさい」と一言言うと、その場を立ち去ってしまった。
これでいい…
これでいいんだ!
リリー嬢にはエイリーン嬢やベネフィーラ嬢もいる。俺がいなくても、彼女は平気なはずだ!
なのに、何でこんなに胸が苦しいんだろう…
目から涙が込み上げてくる!
今までこんなに苦しい経験をしたことがあっただろうか…
そんなことを考えていると、少し遠くの方から女の子たちの言い争っている声が聞こえる。
気になって行ってみると、そこにはリリー嬢と面白可笑しく噂をしていた3人の令嬢が言い争いをしていた。
「ちょっとあなたたち、黙って聞いてれば好き勝手言って。フェルナンド殿下が誰からも必要とされてないですって!そんなことないわよ、今すぐその言葉撤回して!」
リリー嬢がものすごい勢いで怒っている。どうやら“俺のことを誰からも必要とされていない”と令嬢たちが言ったことに対し怒っているようだ。
まあ、確かに俺は誰にも必要とされていない。令嬢の意見はもっともだ。そんな令嬢に対し、リリー嬢は「そんなことない」と反論している。
ついに令嬢が「じゃあ誰に必要とされているのよ」とリリー嬢に聞いた。
その瞬間、リリー嬢は間髪入れず
「少なくとも私は、フェルナンド殿下が大切で必要としているわ」
そう令嬢たちに言い放ったのだ。
その言葉を聞いた瞬間、俺の凍り付いた心がゆっくり溶かされていくような、温かい気持ちが生まれた。
でもそれと同時に、大切な彼女をこんな目に合わせてしまった罪悪感がわく。やはりこれ以上彼女に関わるのは止めよう。好きなら尚更、諦めるべきだ。俺はそう思った。
とにかく今はこの状況を鎮めなければ。そう思い、俺は4人の前に現れる。俺が少し睨みつけただけで、逃げていく令嬢たち。
一体あいつらは何なんだ…
令嬢たちがいなくなり、2人きりになると、リリー嬢が俺に礼を言う。
そんな彼女に。「俺といるとロクなことが無いから、もう関わらない方がいい」と言おうと思ったのだが…
「私、フェルナンド殿下が好きです。一緒にいて落ち着くし、笑った顔も素敵だし!できればずっと一緒にいたいです。私、男爵令嬢だから身分も低いしこんな性格だけれど、フェルナンド殿下を好きな気持ちは誰にも負けません。だから、ずっと一緒にいてください」
彼女からの渾身の告白を受けた。嘘偽りの無いまっすぐな言葉と真剣な眼差し、俺はやっぱり彼女を手放すことなんて出来ない。
彼女をこれからも傷つけるかもしれない。でも、一緒に居たい。そんな思いから
「君って子は、本当に変わっているよ。こんな俺で本当にいいのかい?」
そう聞き返し、思いっきり抱きしめてしまった。もうこうなったら、自分の気持ちを抑えることなんて出来ない。
リリーも
「フェルナンド殿下が良いんです。抱きしめてくれたってことは、ずっと一緒にいてくれるってことですか?」
と聞きながら、抱きしめ返してくれる。初めて誰かを抱きしめる温かくやわらかな感触。
俺は「ああ、君が望むなら」なんてかっこいいセリフを言ってしまったが、きっとリリーに離してと言われても、もう離してやれないだろう。それくらい、彼女を愛してしまったのだから。
その後の話で、リリーの背中を押したのは、やはりエイリーン嬢だったようだ。
エイリーン嬢、君が言った通り、俺にも愛し愛される大切な存在の女性が現れたよ。そして、リリーの背中を押し、俺たちを恋人同士になる手助けをしてくれたエイリーン嬢。
君には感謝してもしきれないよ!
俺の初恋の人、エイリーン嬢、君がもし何かに困ったら、きっとリリーと2人で助けるから。
この気持ちはリリーには内緒にしておこう。
意外と嫉妬深いからね。
隣に座るリリーを見つめながら、俺はそう心に誓った。
フェルナンド殿下は実は寂しがり屋です。ずっと孤独の中に生きてきましたからね。
今更ですが、フェルナンド殿下の母親について!
(前回書くべきでしたね(;'∀'))
フェルナンド殿下の母親でもあるカレリアは、他国出身の女性です。噂によると、少数民族の長の娘で、親に決められた相手との結婚が嫌で逃げて来たとのこと
身元がはっきりしていないため、最初は雑用仕事を中心に行っていましたが、先代の国王(カルロの祖父)に気に入られ、王宮専属メイドになりました。
長い銀髪の美しい女性だったとのことです。非常に賢く、よく気の利く女性でしたが、陛下に手を付けられフェルナンド殿下を妊娠して以来、周りのメイドから酷いいじめを受けていたそうです。
何とかフェルナンド殿下を産んだものの、そのまま息をひきったとか…
フェルナンド殿下が産まれるまで、陛下は本当に自分の子供か?と疑っていたようです。ただ手を出したことは事実なので、一応離宮にカレリアの部屋を準備し、出産までそこで過ごさせていたとか。
フェルナンド殿下が産まれる前も後も、陛下はほとんど離宮には近づかなかったので、メイドたちからのイジメも知らなかったようです。
そして産まれたフェルナンド殿下は、王家に伝わる赤い瞳をしていたため、正式に王子と認められました。
ちなみにフェルナンド殿下の自分に対して相手がどう思っているか読み取れる力は、母親から受け継いだようです。
長くなりましたが、つまらん小話でしたm(__)m
後1話、フェルナンド視点が続きます。