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文学青年のやつ

作者: 十八番

放課後であるのに、部室棟は静かだった。

グラウンドのほうは運動部で騒がしいが、文化部ばかりを集めた部室棟はこんなものだ。

部室では、女の子が一人で本を読んでいた。

二人きりの文芸部員の片割れ、森茉莉。

肩を越す長い黒髪。日焼けしていない白い肌。化粧っ気はなく地味だけど、整った顔。

メガネこそかけていないが、いかにも文芸部員な女の子。

三夫「ちーす。お疲れ」

茉莉「……」

返事もしてくれなかった。

それどころか、最初、扉の方を向いていた体の向きを反対側に逸らす始末だ。

三夫「おーい。茉莉さん?」

三夫「もしもーし」

返事がない。

あれ? おかしいな?

キューッと胃を絞られるような感覚。

三夫「ううん。まあ、本、読んでる時はいつもこんなか」

邪魔をするのも悪いし、俺も何か読もう。

部室に備え付けられた本棚には歴代の文芸部員が持ちこんだ書物が大量に保管されている。

古典から、ライトノベルまで実に様々だ。

俺は本棚から、アニメ絵の表紙が付いた本を抜き取る。

三夫「……む。ラノベかと思ったら、なんだこれ? 太宰?」

まあ、いいや。これ読もう。

茉莉の対面の席に座り、読書を開始する。

…………。

ふむ。いまいち集中できない。

それは本との相性もあるのだが、それよりも……

俺は本から顔を上げる。

茉莉「……ッ」

三夫「ま……」

一瞬、茉莉と目があった。

それだけで霧が晴れたような気も気になるのだ……。

しかし、声をかける前に、茉莉は本に視線を戻した。

ま、まあ、いいよ。読書に戻ろう。

…………。

つむじの辺りにプレッシャーのようなもの。

茉莉「……ッ」

まただ。

茉莉がこっちを見ていたはずなのだが、こっちが顔を上げると全速力で視線をすらすのだった。

三夫「なんだよ?」

茉莉「……」

三夫「おーい」

返事がない。

視線を感じるので、嫌われてしまったわけではないだろうが……。

なんだか、不安になって来たぞ。

大人しく座っていられなくなったので、本を替えるという名目で立ち上がってみる。

本棚に向かっている最中も背中に視線を感じる。

茉莉「……ッ」

しかし、振り返れば、顔を逸らすのだった。

嫌われているというよりも、言いたいことがあるけど話しかけることができない、というように見える。

希望的観測化もしれないけど……。

こうなると、不安よりも、なんとか振り向かせたいと言う気持ちが湧いてくる。

話したいのはこっちも同じだ。

なにかしらのアピールをして、会話のきっかけを。

なんとか気を惹く方法を考えなくては。

その時、脳裏に昨日見たテレビ番組の映像がよぎった。

動物の変わった求愛行動の特集だ。

参考になるものは……。

人類には不可能なものを除くと、残るのは……。

よし。踊りでも踊るか。

俺は両腕を大きく振り回しながら、小刻みにステップを踏んだ。

有名なサッカー選手がゴールを決めた時に見せたダンスだ。

体を動かしたことで脈拍と体温が上がってくる。

息が上がって、ハイになってきた。

テ、テンションがあがる。

茉莉「ぷっ……」

はっ。

ダンスに夢中になって茉莉の反応を見るのを忘れていた。

茉莉はすでに顔を逸らしている。

顔を机に近づけて、本で顔を隠し授業中に内職をしているような姿勢になっている。

しまった。せっかくのチャンスだったのに。

だが、この路線であってるみたいだな。

三夫「奥義、逆コサック」

椅子の上で胡坐を組んで、肘を曲げ伸ばしする動きをした。

三夫「なんて、意味のない動きだ」

茉莉「ぷ、くくき、あはははは」

茉莉はお腹を抱えて、笑い転げた。

日頃から物静かで、滅多なことでは大きな声を上げない茉莉には珍しいことだ。

茉莉「――――ふぅ」

茉莉はひとしきり笑い終えると、制服の皺を整えた。

茉莉「もう。なんなのよ」

三夫「だって、無視されるし」

三夫「そういう態度を取られると泣きそうになってしまうのですよ」

茉莉「そ、それは、その……」

茉莉は視線を彷徨わせながら、本のページをぺらぺらやっている。

茉莉「だって、あなたが、昨日、その……」

三夫「うん。だから、その答えを聞きたい」

茉莉「……っ」

茉莉は机の下に隠れてしまった。

三夫「おーい」

反対側から覗き込んでみる。

茉莉はスカートで、しゃがみ姿勢。

ピンク色の三角形が見えた。

三夫「ダメならそう言ってくれ。このままの方がつらいよ」

茉莉「違うの」

茉莉は目を硬く閉じ、頬を真っ赤に染め、ぷるぷる震えていた。

茉莉「恥ずかしいじゃない」

三夫「え、あ、うん」

茉莉の顔を見ていられなくなってしまった。

それは実質的にOKということで。

ふ、不整脈が。

三夫「えっと、その、なんだ……」

茉莉「うん」

三夫「とにかく、えっと、あれだ」

茉莉「うん」

三夫「……とりあえず、今日は帰ろっか?」

茉莉「……うん」


茉莉と並んで、いつもの通学路を歩く。

お互いに、無言で、顔も合わせない。

茉莉はもともと口数が多い方ではないので、いつもこんなものだ。

それがお互いに不快じゃないのだから、やっぱり好きだなぁ、と思う。

だが、今日は茉莉の存在感をやたら大きく思える。

隣を歩いている足音と気配だけで、思考回路がヒートアップしてしまう。

やがて、分かれ道に到着する。

茉莉「じゃあ、私、こっちだから」

三夫「ああ。気を付けて」

茉莉「……うん」

茉莉が行ってしまう。

冷たい風が吹いた。

この冷たさはきっと不安だ。

側にいるときは平気だけど、離れると急に怖くなる。

側にいて、気配や態度を逐一感じられるときは『実質的に』で平気だ。

でも、離れるときには証になる言葉が欲しい。

三夫「茉莉、待っ……」

待ってと言う前に、茉莉が振り返った。

茉莉「あの……」

茉莉「これからよろしくね」

茉莉「…………」

茉莉「大好き」

スイッチ一つで沸騰するポット。今の俺。

三夫「こ、こちらこそ」

なんとか、それだけは返すことができた。


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