世界図書館の管理人3
高い天井から魔法灯が煌々と部屋を照らす。
壁一面、部屋全体にところ狭しと並べられた本棚にはぎっしりと本が収められている。
これは一冊一冊が人の記憶である。全世界のあらゆる年代から選ばれた者が生きた記録を記した物だ。
彼らは管理人と呼ばれ、肉体はそのままに意識だけをこのアカシックレコードへ飛ばすことができる。
この図書館ではどれだけ長く時間を過ごしてもあちらでは瞬き一つ分、ほんの一瞬の出来事だ。
目の前に座っていた相手が突然知らないはずの知識を話し出して周りを驚かせる、なんて事もある。
管理人、と言っても特別何かをするわけではない。彼らはここに来て本を読み、知識と好奇心を満たして戻っていく。
ただ、誰かに読まれてこその本である。価値がある。飾られているだけ、仕舞われているだけの美術品ではないのだ。
彼らが亡くなるとその人生が本としてこの図書館に貯蔵される。
こうして、本は増えていく。
そうして、誰かの知識となる。
ゆったりと本棚と本棚の間を歩く。
「あら、ごきげんよう。館長様」
「こんにちは、ロべリア様」
声のした方へ体ごと向き直り、挨拶を返す。
肌触りのよいカウチに座り、本を読んでいた女性が声を掛けてきた。
「何かお探しの書物はございますか?」
「いいえ。今日は久しぶりの休日で息抜きにこちらに参りましたの。好きに読んでいますからお構い無く」
「左様ですか。では、ごゆっくり」
ロべリアと別れて再び歩き出す。
塵一つなく、汚れ一つない床は厚手の絨毯が敷き詰められていて靴の音が響かないよう工夫されている。 「管理人」はその時代、時代で一人だと思われているが、実は同時期に幾人の「管理人」が選ばれている。
でなければ、これ程までに多くの知識は集まらない。
同じ時代の違う場所、違う年齢、違う考えを持つ者が選ばれる傾向にある。
彼らは互いの存在を認識しない。
同じ時間に図書館を訪れていてもその視界には入らない。
故に「管理人」はただ一人だけが選ばれると思われている。
「あー、館長。良いところに来てくれた!」
「如何なさいましたか? セージ様」
広い机に山積みにされた本に囲まれて男性が情けない声をあげた。
「娘が、先日娘が生まれたのは知ってるだろ? その娘が夕方になると泣き出すんだ。ここ数日毎日泣いて、僕も妻も原因が分からないもんだから途方にくれているんだ」
よく見れば目の下には隈ができている。髪もボサボサで服もよれて、その苦労が垣間見える。
「だからここで調べようと思ったのだけれど、どう手をつけていいのか分からなくて。館長ならいい本を知っているんじゃないかと」
「そうですね……では、こちらの書物は如何でしょう?」
人差し指を小さく動かせば、呼び寄せられるようにして一冊の本が手元に来る。
「十人の子供を育てた女性の物語でございます」
「十人! それはすごい。早速読ませてもらうよ、ありがとう」
「どういたしまして」
小さく会釈をして静かにその場を後にする。
広い館内を時間をかけてゆっくりと見て周り、途中呼び止められればそれに応える。
ひととおり見てまわればまたここ戻ってくる。
図書館の奥には重厚な扉がある。
この扉よりこちらは新しい本が収められている。
向こうには失われた時代の記録が収められている。
管理人たちは単純にこちら側を新館、向こう側を旧館と呼び、扉の向こうには館長の居住区があると思っているが、あるのこちら側と同じ書物の山だ。
ここでどれ程過ごしても空腹を感じることも、睡魔に襲われることもないのだから。
一度この世界は滅びている。
発展し損ねた、けれど今の世界より進んだ技術を持つ旧時代の書物が収められている。
先程と同じようにゆっくりと本棚と本棚の間を歩く。
けれど、今度は誰に呼び止められることもなくただ静寂だけが鎮座する。
ここ、旧館にはただ一人。館長と呼ばれた彼だけ。
アカシックレコード、世界図書館のお話です。この世界でもお伽噺とか都市伝説とかに思われています。
以下、本編で生かせなかった館長の設定です。
・彼も管理人。但し、旧館のです。
旧世界が滅びる瞬間にたまたま図書館に居て、肉体は死んじゃったけど意識だけがこちらに残されて帰れなくなっちゃった人。皆と一緒に死に損ねたとも言います。
・一人取り残されちゃって、気づいたら館長と呼ばれてるし、司書みたいなことができるようになっちゃってるしでもう開き直ってます。本を呼び寄せるのは気づいたらできるようになってました。
・管理人に選ばれるのは知識欲が強い人で彼も例に漏れず。
新館に姿が見えない時は旧館にて読書中です。呼ばないでください。
・アカシックレコードを創ったのも、旧世界を壊して新世界を創ったのも神様とか想像主とか何かそんなすごい存在。設定は曖昧です。
おまけですが、赤ちゃんが夕方になると泣き出す現象。黄昏泣きと言うそうで、原因は不明だそうです。