世界図書館の管理人2
パタリ、と本が閉じる音がした。
その瞬間ロベリア・フォン・チェッガードは己の蒙昧さと世界の理を理解した。
唐突に詰め込まれた大量の情報に眩暈をおこしそうだ。
「……チェッ……聞い……かっ!」
先程までの分厚い本を読み終わったあとの満足感と達成感も吹き飛んでしまった。実に残念だ。
「ロべリア・フォン・チェッガード!」
名を呼ばれて今自分が置かれている状況を思い出す。おそらく、呆けていたのは数秒だ。
その事がバレないようにゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「恐れながら、殿下。それは陛下と我が家の当主も承知していることでしょうか?」
頬に手を添えて小首を傾げる。
ロべリアと王太子殿下である彼の人とは国が決めた婚約者同士である。そこに本人の意思はない。
「当然だ。貴女がフローラ嬢の嫌がらせに精を出している間に承認いただいた。惚けていないで自分の非を認めるんだ」
「そう申されましても……わたくしには覚えがごさいません。フローラ様と対面致しましたのも3回だけですわ。あ、現在のこれを含めれば4回ですわね」
「殿下……」
「何も心配はいらないよ、フローラ」
そう言いながら彼の人はフローラの肩を抱く手を強くする。
小柄で可愛らしい外見は庇護欲をそそる。対するロベリアは冷たい印象の顔立ちに女性にしては背も高い。
「フローラの制服を汚す、私物を壊す。きつい言葉をかける等幾つも報告はあがっているんだ」
どれも記憶はない。が、一応婚約者の立場としての義務で物申した事はある。3回。
「婚約者の居る殿方に過度な接触は如何なものか」と。
それがきつい言葉に当てはまるなら確かに言った。先の2つは全く記憶がないけれど。
大方フローラの事が気に入らない誰かがロべリアの名を利用して行ったのだろう。
ロベリアに命令された、とでも言えばそれでいいのだ。
貴族の子女が通うこの学園は将来有望で成績の優秀な庶民も通っている。
在学中は身分を問わない、などと唱っていはいるがそんな事あるわけがない。
学園は貴族社会の縮小版である。これは暗黙のルールだ。
王太子殿下の婚約者であるロべリアは女生徒の最上位にあたる。そのロベリアに命令されて断れなかった、と言えば例え本人に記憶がなくても命令したことになってしまうのだ。
まあ、見ず知らずの生徒より婚約者の言を信じるべきだと思わないでもないけれど。
それだけの信頼関係がなかっただけのことだ。
ロベリアは無関心だった。貴族の娘として生まれた以上、義務は果たすけれどそれ以外に対しては無関心だったのだ。
強いて言うのならそれがロべリアの罪だろう。何もしなかった事。彼、彼女等を御しきれなかった事。
数秒前のロべリアには理解出来なかったけれど、つい今しがた世界の全ての知識が保管されていると言われる世界図書館の管理人となったロべリアにはそれが理解できた。
己の蒙昧さとこれからの対応が。先程まで過去の似た事例を読み学んできたのだ。
(さて、冤罪を着せられたままでは終われませんわ)
ロべリアは艶然と微笑んだ。
ごめんなさい、続きません。
さて、本当に非があるのは誰なのでしょう、というお話になるのでしょうか? ちょっと落とし所が分からなくなってしまいました。
以下、本編に入れられなかった事とその後の事です。
・この後、ロべリアは冤罪を晴らし「わたくしとても傷つきましたの」と嘯いて自領に引っ込みます。
・彼女の実家はとても貴族らしい貴族です。家族愛というものが薄いです。修道院に入れられたり、絶縁されなかっただけよかったなというのがロべリアの感想。
だってゆったりアカシックレコードに貯蔵されている本を読みたいし。
・その知識を使って領地改革はちょっとしたかもしれないです。
情報伝達技術が未熟なので、まだ広まっていない知識とか広まる前に途絶えてしまった知識とかもあるので。
・転生、転移、憑依とかではないです。ちょっと、乙女ゲームとか悪役令嬢とかの要素はあるかもです。
ざまぁ、はないです。あってもいいかなとは思いますけど。
・ロベリアの花言葉は「謙虚」「悪意」