俺の竜宮城はキミのところ with乙姫
ジュリエットさま、もとい月子さまとの恋はやはりバレてしまいまして、月子さまのパパさまや春宮さまのママさまでいらっしゃるヴィランズ(悪役)の権家、弘徽殿女御さまのお怒りを買うことになります。やれ朝廷への謀反だ、裏切り行為だのと大騒ぎでございます。
やれやれ困ったことになりましたわね。あ、おみかんでもいかが? 焦っても仕方がありませんわよ。おこたにもあたってくださいな。おこたにおみかん、テッパンでございましょう? さてと、今回はこのおこたやおみかんのようにほっこりするお話でございますの。少し昔のお話からいたしますわね。
これはお若い頃の光る君のお話でございます。
自宅の庭先で鳥を捕獲する罠がございました。
女房の子供か誰かが作ったのかもしれません。鳴き声の美しい杜鵑が捕らえられておりました。
「可哀想に。キミだって自由に空を飛びたいだろうに」
光る君はそっとその杜鵑を逃がしておやりになりました。
それからその杜鵑は幾度となく光る君を訪れるようになります。
美しい鳴き声はまるで歌うようでございます。
ある夜のことでございます。
(ワタシについてきてください)
誘うような杜鵑に連れ出されるように光る君は外出なさいます。
たどり着いたところは花の里でした。一面に香る橘の花。咲き乱れる初夏の花々。木から木へ、花から花へと杜鵑が飛び移るさまはさながらダンスを踊っているかのよう。美しい歌声はまるでアリアのようでございます。
そんなお屋敷でひとりのお姫さまと出会われました。
「まるで花の園だね。キミはこの花園のお姫さま?」
爽やかな香りを放ちながらも控えめに咲く橘の花のようなお姫さまを光る君は花子さまとお呼びすることにいたしました。常に微笑みをたたえておいでの、春の陽だまりのような雰囲気の素敵な女性でございます。
「わたしなんてフツーの女子のところになんかきちゃダメなのよ」
「光る君はステキすぎて、雲の上の人なんだもの」
「杜鵑が呼んだからって気にしなくていいのよ」
家柄のいい姫君なのにとても控えめで、思いやりにあふれる花子さまに若い光る君は恋をなさいました。
藤子さまとの恋に破れ、葵子さまとの結婚生活もうまくいっておらず、愛おしい夕子さまはある日忽然と姿を消されてしまわれました。オトナな六子さまとはなにやら呪術にかけられているかのようなお付き合いでございましたし、紫子さまや月子さまとはまだ出会う前でしたので、光る君はおおらかで優しい花子さまにさぞかし救われたことでしょう。
「フツーなんかじゃないよ。キミこそ俺の恋人にふさわしい」
「キミはなんて優しくて温かいんだろうね、一緒にいるとホッとするよ」
「どうしてここはこんなに居心地がいいんだろうな。ずっとここで暮らしたいよ」
お帰りになる光る君に花子さまはお土産をお渡しになられます。
玉手箱のようでございますね。
あら? 何をご心配になっていらっしゃいますの? 開けちゃダメだって?
光る君がおとなしく開けないでいらっしゃると思われますの?
玉手箱の中身は橘の実でございました。
甘酸っぱい香りがあたりに漂います。
うっすら立ちこめた白い煙。
あら。光の君の御髪に白いものが?
まあ大変。すぐにカラーリングしませんとね。
花子さまは染物がお得意でいらっしゃいますから御髪も染めてくださいますわね。
また花子さまの元を訪れませんとね。
そうそう、花子さまは可愛らしい魔法をときどきお使いになられます。花や鳥たちともお友達でございます。どなたかのおどろおどろしい呪いとは違い、魔法をかけられている光る君もおそらくは気づいていないかもしれませんわね。玉手箱の白い煙もそのような魔法かもしれません。
そんな緩やかで穏やかなお付き合いは長々と続くのでございます。
波乱万丈の激流下りのような、もしくはこいの滝登りのような恋の多い光る君にとって花子さまとの凪いだ内海のような恋は癒しそのものでございます。
月子さまとの一件以来、政治的に立場が悪くなった光る君に近づかなくなった人々は大勢おりました。男女関係なく。男性は保身のため、女性も女帝に睨まれてまで続ける関係とも思わなかったのでしょうね。
それにもかかわらず花子さまは以前と変わらぬ態度で光る君を癒して差し上げたのでございます。花子さまは心から光る君を信頼し、光る君のお気持ちを慮ってくださいます。あまりご自分の弱さをお見せにならない光る君ですが、花子さまはやはり特別のようでございます。花子さまの肩にずんっと頭をお預けになっていらっしゃいます。
「あなたへの誤解はきっと溶けるわ」
「こんなに大変なときだから、わたしのところに来てくれなくてもいいのよ」
「他の方とのお付き合いがバレちゃったからってわたしは大丈夫よ。気にしてないわ」
「あなたがそれぞれに誠実に向き合ってくださっているのはわかっているわ。少しね、お相手が多すぎる気がしないではないけれど」
「他にもお話しないといけない方がいらっしゃるんでしょう? わたしなんかのところにいていいの?」
「大丈夫なのよ。わたしは」
「気にしてないのよ。全然」
さほど頻繁に会いに行くというわけでもないのですが、それでも会えばいつでも優しく癒してくれる花子さまにやはり光る君はトキメクのでございます。
花降るお屋敷で光る君はスウェット姿でくつろいでいらっしゃいます。
「こんな俺でも変わらず接してくれるんだな」
「この花園が俺の竜宮城なんだ」
「この世界でふたりきりで過ごせたらどんなにいいだろうな」
花園に広げたピクニックシートで光る君は花子さまに膝まくらをしてもらっているご様子。デザートは花子さま手作りのおみかんゼリー、もちろん隠し味は少量の惚れ薬、でございます。寝転がった位置から見上げる花子さまの笑顔はまさにおひさまのようでございます。空にある本物よりも身近でなにより心を温めてくれる光る君のおひさま、でございます。
〜 優しくて 癒してくれる キミが好き
ずっと一緒に いて欲しいんだ 〜
光る君のご自宅である二条院には出仕の催促や事実確認、抗議の手紙などが日ごと増えてきております。
源ちゃんズも事情説明などマスコミ対応に追われているようでございます。音楽どころではありませんわね。それにしても源ちゃんズ、よくお働きになります。
『春宮さまのお妃さまにまで手を出すなんてフツーじゃない』
『オンナの敵!』
『イイ男だからって調子に乗ってんじゃないの?』
ちょっとした『炎上』でございますわね。
「花ちゃん……。キミはこんな風に思ってないよな」
陽ざしを浴びる橘の木になっている実を撫でて花子さまを想います。
今回ばかりはさすがの光る君もバッシングにしょげていらっしゃいます。
このおことばも大目に見てあげてくださいませね。
死ぬほど花子に恋してる
♬BGM
ある晴れた日に オペラ「蝶々夫人」より
Smile covered by MISIA
✨『げんこいっ!』トピックス
女子をときめかせる胸キュンシチュエーション
⑨膝まくら
⑩肩ズン
☆次回予告
王子の世界に行きたければお前のたいせつなものを差し出すがよい。
(なにかを引き換えにあなたの世界に行けるのなら……、わたしは何を差し出すかしら)