恋の終わりと、始まり 8
なんとなく……、嫌な予感しかしないよ。女の直感がそう伝えている。
「あの、先生? どちらへ?」
「ナイショ」
どんどん先を急ぐ後ろ姿を必死で追いかける。
話しかければ止まる法則は、オネエには通用しないらしい。歩幅が倍ぐらい違うから、ついて行くのがやっとだ。
数歩下がった位置から声かける。
「先生も外に出ることあるんですね」
「当たり前じゃない。アタシを何だと思ってるの?」
「だったら、他の先生のように打ち合わせは編集室まで来れますよね?」
エレベーターホールの手前で、アキラ先生の足がピタッと止まった。
やっと追いついた。
「嫌よ。あそこは汚いから」
出たー! ざ・潔癖!!
汚いものを見るような目が私に突き刺さる。
基本、作品の打ち合わせなどは編集室にてやり取りするのが通例。
けれど、この我儘オネエは私を一方的に呼びつけるものだから、一度も編集室へ来たことがないんだ。
「酷っ。
綺麗な編集室なんて逆に落ち着かなくて仕事できませんよ」
そりゃね、汚いですよ。ええ、おっしゃる通りですよ。
私のデスクの上なんて、崩れそうな紙の山が3つ 4つありますよ。もちろん、他の社員のデスクの上にもね。
だいたい編集の仕事場なんてそんなもんでしょう。積み上げてる山にだってルールがあって、どこに何があるか把握してりゃそれでいいでしょうが。
心の中で毒づいていると美麗なお顔が近づいてきた。
「酷いのはどっちよ。
あそこへ行くと体中が痒くなるのよ。
アナタそれでもいいの?アタシが描けなくなってもいいの?」
「それは……」
アキラ先生が編集室へ来てくれると、少しは仕事が楽になると踏んだ、私の思惑は崩れ去った。
痛いところを突かれてがっくり肩を落とす。
でも? いや、待てよ。
「どうして編集室が汚いって知ってるんですか?」
「そんなの行ったことあるからに決まってるでしょ。
ほら前の担当……。なんて言ったかしら。可愛い感じの女の子」
「村田さんですか?」
「そうそう村田ちゃん。
あの子、なかなか来てくれなかったから、しょうがなくアタシが行ってたのよ」
もうなんか、色々とツッコみたい。
私の前任の村田さんは、5年前に定年退職した、言ってみればおばさんだ。
可愛い? あの人が? 女の子だぁ?
彼女の送別会は私も行ったのだけど。
"仕事を辞めるとメタボに磨きがかかるわ〜" なんて。自分のお腹を叩きながらガハガハ笑ってた。
それぐらい太ってる。デブ。顔もそれなり。
で? 村田さんが可愛くて、私がブス。なの?
「村田さんって可愛いですかね?」
「ええ、もちろん。下間ちゃんよりは。
丸くて可愛いじゃない、あの子」
はいはい。そうですか。
懐かしそうに少し上を向いたオネエの笑顔にグーパンチを入れたい。それぐらいムカついてる。
あの子ってねぇ……。あなたの倍は生きてる人ですよ?
まぁ、いいよ。うん、いいよ。好みなんて人それぞれだしね。
彼女は既婚者だったから、少なくとも旦那さんは村田さんのことを好きなわけだし。
よく考えてみれば、別にオネエに好かれようとも思ってないしね。