恋の終わりと、始まり 5
「話は以上ですよ。
そのまま電車に乗って帰りましたもん」
「なによそれ。つまんないの」
「あのですね……。
昨日、彼氏に浮気されたばっかりで、乙女の心が傷ついてるんですけど。
つまらないって、酷くないですか」
「どこに乙女がいるっていうのよ。
アタシの目にはブスしか映ってないわよ」
ぬぬぬ……。おのれー。
ああ言えば、こう言う、アキラ先生の辛口は今に始まったことじゃない。アシスタントを雇っても、この毒舌に堪えきれず、皆さん逃げ出す始末。
だからここ数年、アキラ先生はたった一人で漫画を書いている。
もちろん、簡単な背景などは、私もお手伝いすることはあるけれど。
アシスタント3人は必要だと思う。
忙しいんだからもっと協調性を身につければいいのに……。
担当編集者である私に対しても毒舌の例外はなく、ここへ来る度アキラ先生は私へ意地悪なことを平気な顔して言ってくるんだ。
「そんなに私ってブスですかね?」
「あらやだ。アナタ自覚ないの?」
クスクス笑ってる先生の目はマジだ。口に手を当てて、いちいち女っぽい。
くそう。質問に質問返しかよ。
昨日は相当なダメージを食い、今日は罵倒。何が可笑しいんだか、ちっとも笑えないよ。
でも私はここでは泣かない。なぜなら、アキラ先生の担当になった初日に "どんなことがあっても絶対に涙は見せないこと" と固く女同士の約束をしてるから。
まぁ、この歳になったら滅多なことじゃ泣かないけどね。昨日も泣いてないしね。
そりゃね、とびきり美人ってわけでもないけどね、ブスってわけでもないと思うんだ。うん。
せめて今日ぐらい、慰めてくれてもバチなんて当たらないんじゃないの? と思うのは私だけ?
話は終わり、とばかりに椅子を回転させ、デスクへ向き直ったアキラ先生の後ろ姿に目を細める。
あの後頭部にGペン刺してやりたい。そうしたらスカッとするだろうなぁ。
そんなことを思っていると同時に、私のバッグの中ではスマホがブルブルと震えだした。
絶対に、蓮だ。
昨日から鳴りっぱなしのスマホを思い出し、小さく溜息を吐き出しながらスマホを取り出した。
既に100件は優に超える、ライン攻めに軽く目眩がする。
最初は言い訳から始まった蓮からのラインの最新を指で辿った。
「ちょっと、えっ?」
既読をつけるとどんどん送られてくるメッセージに読みが追いつかない。仕事中のはずなのに、この打つ速度の速さ。達人か?!
蓮の言いたかったことはこうだ。
"15時に来て" と自分で打っておきながら、奴の頭の中では16時のつもりだったらしい。
いわゆる、誤字。
私と別れるつもりも、当てつけでもなく、ただ単純に。
16時までに浮気相手を帰して、私を出迎えるつもりだったみたい。
そんな言い訳を何通にも分けて送信してくるもんだから未読は増えるし、充電は無くなるし、ウザいことこの上ない。
玄関のドアを開けっ放しにしたことや、合鍵の件について、何も言ってこないところをみると、反省はしてるのだと思うけど……。