恋の終わりと、始まり 2
くっ…、くそう…。腹が立つ。
悲しいという感情よりも、苛立ちが先走って頭の血管がキレそうだ。
なんでこんな回りくどいやり方しかできないのだろうか。
別れたいのならハッキリそう言えばいいじゃないか。
手に持っていたこの部屋の合鍵を、見慣れない黒いハイヒールの中へ上から落とした。
「こんなもん、くれてやるー!」
何も知らずに靴を履いた泥棒ネコが、踏んづけて怪我すればいいんだ。
「あっ、そうだ」
大音量で喘ぎに喘ぎまくってる女の声を、どうせだったらご近所さんに聞かせてあげようか。
盛り上がってる彼等は、2ラウンド目を開始したようだし。
手に持っていたエコバックを押えに、玄関のドアを全開にしてやった。
「これでよし。っと。
たっぷり声、出しなさいよ!」
ここへ来る前にスーパーへ寄ってきたんだ。
"凪沙のカレーが食べたい。15時に来て" そう蓮からラインが来たのは今日の午前中。
だから、カレーの材料がエコバックの中に入ってる。
あとは、蓮の好きなビールと私の好きなハイボールも。6缶パックずつ。
この重量なら、台風でもこない限りドアが閉まることはないはず。
念の為スマホで天気を調べてみる。
本日の天気。曇り。降水確率10%。
「よしっ」
我ながらナイスな仕返しを思いついたことに自分で自分を褒めてあげたい。
フフフ。ざまーみろ。
天罰よくだれ。
蓮とは大学からの付き合い。
かれこれ8年になる。
公務員の蓮は土日がお休みだけれど、私の場合は不規則。
担当してる漫画家先生の進み具合に合わせて、休みを取らなければならないから。
たとえ休日でも、急な呼び出しには即駆け付ける臨戦態勢。
先生がスランプに陥ったら一緒に、悩み、考え、二人三脚でいいものを作っていく、パートナー的存在。
編集者という立場は、担当してる漫画家先生のことを常に考え、片時も気は抜けないのだ。
徹夜なんてしょっちゅうだし、会社へ泊まり込みだって月に何度も。
おかげで最後に蓮と会ったのは2ヶ月前だっけ。彼氏よりも仕事を優先してたことは認めよう。
私のせいでたまにしか会えなかったけれど、それでも固く心で繋がってると思ってた。
"愛してるよ、凪沙"
"私もだよ"
どんなに忙しくてもそんな電話やラインのやり取りはマメに交わしていたんだから。