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俺の周りに天使の輪  作者: 立川好哉
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第98話 九月一日

 今日は始業式。半ドンだ。自殺者が続出するとかなんとか朝のニュースで言われていたが、そんなこととは無縁な賢と遥は元気に登校して柏たちと夏休みのことを話した。彼のほうも楽しい休みを過ごしたようで、とても満足している様子が伝わってきた。宿題を提出し終えると全校集会で校長の私的な話を聞き、大掃除をしてから解散となった。折角半ドンなのだからレストランに行こうと誘われた賢と遥はそれなら家の人たちも呼ぶと言って留守番をしている葵にメッセージを送った。向こうは昼食を作っている途中だったが、それを四姉妹と裏二傑で食べることにして葵と光がこちらに来ることになった。柏は栄弟と高松を連れていたので七人だ。葵に子供用の椅子を用意してもらい、一番奥のテーブルを囲った。

「いやぁ、お前らほど充実してねぇけど、こっちもそこそこ楽しかったんだぜ?ばあちゃんの家に行ったら森の奥に洞窟があって、その一番奥に宝箱があったんよ」

「それって近所のガキが置いたやつじゃないの?」

「それがね、違うんだよ」

「マジか!」

 柏が見つけたのは村の伝承に関係する書物を入れた箱で、彼の祖母が子供の頃から洞窟の奥にあるという。それを開いてしまった柏は祖母に怒られたが、中を見ることができたという。

「村を発展させる技術が書かれてたんだ。もはや技術者の常識で誰も悪用しないだろうから村の裁きは受けなかったけど、さすがに焦ったよね。祖母ちゃんが鬼の形相で怒るんだもん。それだけ村にとって大切なものなんだろうね」

 治水や災害対策について少しだけ詳しくなったが、それを活用する気は全くないという。それよりも大自然の中で走り回ったことや、祖母の手料理を食べられたことが幸せだったと語った。そんな柏だが、運ばれてきた料理にも垂涎するのだった。彼は好き嫌いが少ない。

「葵ちゃん、それで足りるの?」

「あおいはまだ小さいからねー」

 柏は幼少の子供の面倒見も良く、葵を気遣っている。葵のほうも柏のことを好青年だと思っているようで、気兼ねなく接している。そんな態度に柏が思うのは、賢の負担のことである。

「オマエさぁ、大丈夫なの?」

「何が?」

「遥だけじゃなくていっぱいいるわけじゃん、葵ちゃんもそうだけど、増えるんだろ?」

 賢は大したことではないと言った。柏は賢が戦闘を経て天使を仲間にしていることを知らない。知ってしまったなら賢を常人だと思えなくなりそうで、賢のほうからは言わないでいた。

「なんかね、家を建てることになったよ。父さんが俺のために金を貯めてくれてたらしくて、家を建てるくらいの金はあるんだって。ほら、星乃ヶ丘って都心じゃないから地価が安いじゃん?予算内に収まりそうなんだって。まあ俺らも高望みをするわけじゃないからな」

「かぁー、羨ましいな。うちなんて中古のボロ屋だぞ?俺の部屋なんて壁が剥がれてきて、ノリではっつけてるところだってのに」

「ヨッシーも遊びに来ればいいよ。ゲームとかしたいでしょ?」

 遥はすっかり柏と馴染んで”ヨッシー”の愛称で呼んでいる。彼はその誘いを快諾して近いうちに遊びに行くと宣言した。葵は学校に行けばこのような楽しいことが起きて楽しい友人を得るのだと思い、小学校に行ってみたいと言い出した。遥は勝への申し訳なさを募らせて学費のことを言ったが、賢はそのことを気にせず彼女の興味の赴くままにするのが良いとした。

「ほら、同年代の子っていないじゃん。だから学校って貴重な場だと思うんだよ。俺らだと世代が合わなくてつまんないと思うことがあるんじゃない?」

「みんな同い年だったらいいのにねー」

 葵がそんなことを言ってハンバーグの旗を外したので栄弟と高松が笑った。

「葵ちゃんは家でやりたいことってあるの?」

「うーん、いつもお留守番で、たまに料理するくらいかな。あとは寝たり漫画読んだり」

 彼女は学校に行けば家でゴロゴロできなくなることをまだ分かっていないようだ。それでも葵の無垢な理想を否定したくないので、栄弟と高松は同調した。


 すっかり料理を食べ終えた一行はデザートを頼もうとしてふと気づいた。

「お金持ってきてなくねぇ?」

 一同に戦慄走る…かに思われたが、光が財布を持ってきていた。

「焦るな焦るな。ちゃーんと持ってきたよ。外に出るときは必ず持っていく習慣がよかったね」

「ナイス!」

 光は遠くへは行かないため、外出してもあまり金を使わない。そのため財布の中には一万円が残っていて、全員分を奢ることができた。

「助かったよ。君がいなかったらどうなっていたことか…」

 光を称えた栄弟は店を出ると賢たちとは違う方向へ歩き出した。

「俺こっちだから、また明日ね!葵ちゃんと光ちゃんと近いうちに!」

 手を振り返した葵と光は帰路の途中で柏とも別れ、賢と遥とともに家に戻ってきた。


 家では皐と栞が昼食に使った食器を片付けていた。買い物に行くのが面倒だったので明日が賞味期限のソース焼きそばを具無しで食べたらしい。それだけでは物足りなさそうな顔をしていたので、賢は今日のおやつの分も合わせて買いに行くことにした。

「一緒に行こうか?」

「荷物持ちになるけどいい?」

 皐と一緒に近くのスーパーに行くと、秋の商品が沢山並んでいた。夏の終わりのなんとも言えない寂しさがこみ上げた賢だが、皐のほうは何も感じていないようだった。

「日本は野菜がいっぱいあっていいねぇ」

「そうかい?」

「あっちじゃ肉ばっかりだったよ」

 人間の成長に欠かせないのがタンパク質で、肉にはそれが多く含まれている。肉を好むと太ると言われがちだが、食べないと背が高くならない。皐はそれを証明している気がする。

「好きなの入れな。財布はちゃんと持ってきたから」

「っていうかスーパーって広いね」

 この年齢の人間がする話ではないのですれ違った主婦っぽい女性がこちらを見たが、皐はそのことを気にせず話を続けた。

「夕飯何にしようか」

「遥たちに訊いてみよっか」

 皐は賢のズボンのポケットに手を突っ込んでスマホを取り出し、慣れた操作で遥にメッセージを送った。遥はリビングで昼のワイドショーを見ていたため、すぐに返信をくれた。「八宝菜がいいって」

「八宝菜か…昼の番組で見たのかな。八宝菜って何が八つの宝なんだっけ…」

 賢はスマホを取り出して検索しようとしたが、そのスマホは皐が先程自分のショートパンツのポケットに入れていた。

「あれ、スマホがない」

「私が持ってるじゃん」

「しれっと私物化するなや」

 ショートパンツのポケットはさほど深くなくて大きなスマホであれば何かの拍子に出てしまいそうだ。賢は皐からスマホを受け取って調べた。

「なんかねー、8個の具材じゃなくていっぱい入ってるのを八宝菜って言うらしいよ。だから好きなのでいいんだって」

「へー、ってか八宝菜って何?」

 天界にはなかったものなので、皐は見たことがない。画像を見せてもらうと、美味しそうだと垂涎した。調味料メーカーの公式サイトに載っているレシピ通りにしようと思い、そこに書いてある食材を集めた。

「買い忘れはない?」

「お菓子も買いに来たんじゃないの?」

「あ、そうだ」

 買い忘れを防ぐことができるのが二人で買い物をすることの利点だ。賢は思い出させてくれたお礼に皐にだけ何かを買うと一つを選ばせた。皐が選んだのは女児向けアニメのチョコレート菓子だった。

「見たことないけどすごく可愛いね、これ」

「朝9時にやってるやつ」

 賢が知っていることを教えると、皐はそれなら葵が気に入るだろうと言ってもう一つをかごに入れた。葵はこれまでそのような好みを見せてはいないが、きっと気に入るだろう。「他には?」

「うーん、知らないもんばっかり売ってるから何がいいのかわかんないや。そういうのって調べたほうがいいんだろうねー」

 何を売っているかをある程度把握してくれたなら一人で買い物に行かせても困らないだろうから、賢は皐にいろいろなことを調べてほしいと思った。スマホを買い与える余裕はないが、パソコンなら共用のお古がある。


 割引商品が多かったおかげで大した額にはならず、節約できた満足感まで持ち帰ることができた。葵に菓子を渡すと付属のキラキラカードをコレクションしたいと言うので、賢は前に集めていたカード用のファイルをあげた。

「全8種類…すぐに集まりそうだね」

「かぶったらどうしよう」

「俺が貰うよ」

 熱狂的なファンのおじさんたちは何枚でも欲しがるかもしれないから、大切に保管してくれる人ならタダで譲れば無駄にならない。葵はウエハースを一瞬で食べ終えると食材を冷蔵庫や食料庫に入れ、カードをファイルにしまった。彼女のプライベートスペースの棚にはゆっくりではあるが本などのお気に入りが増えていて、ファイルもそこに並んだ。もっと他と隔てられたちゃんとした部屋を与えられたらよいと思っているが、本人から不満が出ないからこのままになっている。もしかしたら不要なのかもしれない。尋ねてみると、こう返ってきた。

「一人きりで何かしたいってのがないから部屋はまだいらないかな。周りに誰かがいるほうが安心するし」

 確かに葵はこのスペースの中で過ごすことが滅多になく、専ら物置となっている。今の彼女の生活スタイルを見れば隔壁すら不要だというのがわかるから、賢はそれを取っ払う許可を得た。

「もともとはあおいのためのスペースがないのがダメだと思ってたから作ってくれたんでしょ?」

「遥には部屋を与えたのに葵にないのは不公平だと思ったからね。まあ、ここまで増えるとキリがないんだけど」

「そうだねー。ずっとこのままだったのはもしかしたらジャマでしかなかったかもね。でもあおいのために作ってくれたから、あおいからは言わないの」

 気を遣ってくれていたことに気付かされた賢は葵の頭を撫でて感謝し、自作の隔壁を解体してリビングを広くした。だいぶ印象が変わるもので、翠がそこを有効活用しようとラグマットを敷いた。

「こっちは寝室で、こっちは高いテーブル。和室みたいにしたかったけどこれでいいでしょ。賢、押し入れにローテーブルなかったっけ」

「あるよ」

 賢が前に使っていたローテーブルを展開して置くと、四姉妹がそれを囲った。

「うん、私は床に座るのが好きなんだ」

「天界じゃそうしてたからね!」

 薊と棗も嬉しさが表情からわかる。四人は小さな器に茶請けを盛り付け、紅茶を淹れて優雅なティータイムを始めた。

「さて、俺は宿題をやるかな。そんなムズくないっぽいしすぐ終わるだろ」

 部屋の机で宿題を始めた賢だが、傍らにあるスマホにメッセージが届いてからはそちらにばかり手を着けるようになってしまった。なにせ急に好感度の上がった父からの連絡だから、返信までに長い時間をかけるわけにはいかない。着々と進行しているようで、賢たちは何も心配しなくてよいとのことだった。契約に関わることで子供が介入できるところは少ないから、万事を勝が引き受ける。

「父さんには苦労をかけるねぇ」

「できちゃうからスゴいわよね。世のお父さんがみんなそうとは思えないわ」

 遥は父のことを思い出すと酒を飲んでぐうたらしている場面しか浮かんでこないという。天使だから完璧を志すのだが、人の監視から離れたところではそれを忘れることもあるらしい。ハヤテはそこに人からの解脱が難しいことを見た。

「どんな家になるんだろうねー」

「みんなでいれば居心地が良いはずだよ。一人の時は広すぎて寂しくなるかもしれないけど、その時はこことか霞のところに来ればいいだけ」

 賢の責任は不安を取り除いて新しい環境に馴染む手伝いをすることなので、提供できるものは何でも差し出す覚悟がある。中学生だから大人に比べて暇があるし、インターネットを使い慣れている彼なら知らないこともすぐに知ることができる。足りないのは技術くらいだろう。それに関しては元天使たちも同意見だ。

「落ち着いたら仕事のこと考えないと」

 勝への感謝を示すのは言葉だけでは足りず、当然働いて得た金の一部を払うことで漸く成立するものだと思っているから、皐と栞はその意志を示して賢に頷いてもらった。

「どんな仕事がいいかなぁ、全部難しそうに見えるなぁ」

 サービス産業が年々高度化しているせいで新しく仕事を始めんとする人材に要求する技術や知識、忍耐力なんかも大きくなっている。似通う部分こそあれ異なった文化で育ってきた人にとって厳しい試練となりそうだ。働いたことのない賢にそこのケアは難しいと思われるので、彼は既に働いている渚と紬に助言を求めた。


 夕立のせいで服が濡れた二人は仕事から帰るとすぐに着替えて賢からのメッセージを受け取った。今日はここではなく桐矢家で全員で食べるから、使えそうな具材を持ってきてくれとのことだ。二人はエコバッグに野菜を詰めて桐矢家に向かい、支度をしていた葵たちを手伝った。夕方のニュースでは子供たちが始業式を迎えたところを映しており、夏が終わって秋が始まったのを人々に意識させていた。

「防災の日だねぇ」

 大昔の話だが今でも続いている。賢は当然ながら関東大震災の日に生きていないが、これまで複数回の中規模地震を経験している。天使たちにその経験はないから、いざという時には彼が冷静であらねばならない。賢はそのことを話題にあげ、災害に関する基礎知識を片手間に語った。

「だいぶ前から緊急速報ってのがあって、地震の波を感知したらすぐに警報が出るようになってるんだよ。まだ一回も見てないね」

「そんな技術があるんだね。でも間に合うの?」

 P波プライマリーウェーブが来てからS波セカンダリーウェーブが来ることを知った葵たちだが、二つの波の伝達速度が同じであれば初期微動からすぐに主要動が来ることを指摘した。

「二つの波の速度は違う。ってことは震源から離れてるほど来るのに時間差があるってことで、離れた場所なら速報が来てから人が取りあえずの防災をするまで時間がある。けど震源に近ければ二つの波の時間差が短いから、初期微動からすぐに主要動が来て速報が間に合わない。だから速報ってのは完璧じゃないんだ。減災の手段だよ」

 技術の発展は完璧なソリューションのみを求めて進んだのではなく、被害や損失を減らすことも長く考えてきた。緊急地震速報は後者であり、これまで多くの人の役に立ってきた。優れたものだと言った賢だが、あの音だけは怖いという。

「ティロンティロン!ティロンティロン!っていうのがマジで怖い。一瞬で鳥肌」

「警戒させなきゃダメなんだから敢えて怖くしてるんでしょ?」

「もちろん。テレビ見ててアレに気付かない人はいないね。もうね、アレ聞いたらすぐに机の下に滑り込むように身体ができてるんだよ」

 賢は思い出すだけで怖くなり、近くにいた葵を抱きしめた。これほどに賢を怯えさせるもの、一度経験してみたいと渚たちは言ったが、賢は首を横に振った。

「地震なんて起きないほうが良いに決まってるよ。これまでどんだけの人が死んだか」

 記録されている大地震で有名なのは防災の日になった関東地震(1923・大正12年)、兵庫県南部地震(1995・平成7年)、そして東北地方太平洋沖地震(2011・平成23年)だ。これらは甚大な被害を齎し、人々に防災の意識と技術開発を促したため、教科書に載る規模であることに疑いはない。近年では日本の南海を震源とする巨大地震が起きるのではないかと懸念されており、研究が進められている。

「俺は東日本のときはまだ幼かったから憶えてないんだけど、それ以降も中規模は頻発してるから警戒しないとね。防災用品と備蓄は押し入れにあるけど、皆の分はないね。買わないとね」

 こうして気付かされることがあるから毎年この日に地震に関することを報道するのは効果的だと言える。賢はスーパーのチラシに防災用品の特集があるのを見て明日買いに行くことを決めた。

「災害の時は頑丈な靴も必要になるね。ハイヒールしか履いてないとかだと困るね」

 安くても厚底で頑丈な靴はたくさんあるため、備えを万全にしておくなら全員分買っておきたい。

「そんなに怖いのが日本にねぇ…」

「どんなんだろうね」

 彼女らがここに来てから気付くレベルの地震が起きていないのが奇跡に思えるが、これは賢にとって大きな不安である。溜め込まれると吐き出したときに大きなものとなって襲いかかるので、できれば弱いのが頻発してほしい。

「ここは頑丈なつくりの建物だから大丈夫だよ。東日本の時も6弱喰らいながらヒビ一つなかったし」

 阪神淡路大震災が起きてからから建てられたので耐震免震構造がしっかりしている。大地震の時に気にしないといけないのはインフラの封鎖と食糧不足のことだろう。

「管理会社が災害時に配給する物資を用意してくれてるみたいだけど届けられなかったら大変だからね。保存食を多めに買っておくべきかもね」

「なら荷運び手伝いますよ」

 薊が自分たちのために行動しようと決めた賢を支えるべく名乗りを上げた。これに関しては協力者が多いほうがよいので、手伝ってもらうことにした。

「暇なときにホームセンターで買ってくれ。お前らもついてってサイズ合うか試して」

「私らは土日かな」

「そうだね。でも混むかもしれない」

 防災意識を高めた人たちがホームセンターに大勢来店するかもしれないが、対策は早いほうが良い。混雑を覚悟して行くことを決めると、料理の完成を前にテレビの画面が急に変わった―あの音とともに。

「うわぁ火を消せ!」

「はぃぃ!」

 慌てて対応をしたが表示されているのはここから遠い震源と最大震度4の文字。程なくして微震が来たが、被害は全くなかった。

「焦った…」

「な?これが怖いんだよ」

「おしっこでちゃうかと思ったよぉ…」

 心臓が飛び出そうなくらい驚いたが、無事に夕飯が出来ると大した地震でなかったことが報道されて安心することができた。

「これがデカイやつだとボン!って来る。食器とか落ちるし棚が倒れる。そうすると危ないからうちはつっぱり棒置いてあるけど、棚からは離れてくれ。あとガラスね。カーテンしてるから多少は軽減されるけど刺さると面倒だからね」

「うん、絶対守る」

 経験することが何よりの学習なのだと知った。地震の怖さを少しだけ知っただけでも彼女らに防災を意識させるには至ったようで、遥たちは食事を終えるとすぐに部屋の配置にリスクがないか確かめるのだった。

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