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俺の周りに天使の輪  作者: 立川好哉
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第90話 情熱の裏切り

 これだけ多くの元天使がいることは天界からの新たな使者にとって充分な脅威だ。使者としてきたら死者になったと嗤われないよう、確実に成功する策を慎重に考えねばならないのだが、いくら手を尽くそうとも勝てる気がしないという雰囲気が天界に流れている。八傑が一・ハヤテはもはや賢たちと戦う気をなくしており、他のメンバーに同調して下位の天使を動かすことを意見した。それを受けた下位天使は気乗りしないとして違う任務を受けて位を上げようとしているため、賢のところへ天使が送られない状況が続いていた。「おかしいですもん。送られた天使が悉く寝返ってるんですから」

「我々の知らない方法を用いているのは間違いない。それを突き止めれば解決しそうなものだが…ハヤテ、接触したお前は何か知らないのか」

「さっき言った通り最善の攻略法は話し合いですよ。僕は血を流すことには反対なんで、戦うなら僕を動員しないでほしい」

「しかしお前は有数の上位天使…」

「僕は確かに多くの人を殺したけど、それは皆が怖れてばかりで話そうとしないからです。怖気づかれるとイライラするんですよ。賢はそうじゃなかったから気に入った。人間の可能性とか云々を言うつもりはないけど、あいつだけは生かしておいてもいい」

 ハヤテはうんざりした様子でその場を去った。その後彼が向かったのはお気に入りの場所、天界の居住区を見下ろせる塔だ。そこには鐘撞きが一人いるので、その人と話す。

「僕はあいつの暮らしに憧れてるんだよ。モデルとなる奴を殺したら僕が目指すものがなくなるだろ?」

「そうですね。しかしこのままでは貴方ですら手を焼く存在になりかねません」

「僕は報酬が何であれ、奴を殺さないよ。仲間の女の子もね」

「では誰が行くのです?」

 ハヤテは両手を左右に開いて首を横に振った。

「さあ、誰でもいいよ。誰だって奴には勝てないんだから」

「そこまで敵を持ち上げますか」

「誰だって羨ましいと思うはずだよ?好きな人と一緒に過ごすことのどこに罪があるのか分からないし、幸せならそれでいいじゃないか」

「ハヤテ様、それ以上は天界への不敬に…」

「僕はいつ人間側に寝返ってもいいんだ。ただまだ準備が整ってない…視察と称して奴のところに行って鍛えることにした」

「そうやって敵を使うとは…ですがそのときに天使が送られたら?」

「そのとき考えるさ。どっちが魅力的かの勝負の後に…それより、それだけで足りるの?」

 ハヤテは鐘撞きの背後にある籠の中のサンドイッチに目を向けて言った。鐘撞きは肯定したが、ハヤテは幼馴染みの健康を気遣った。

「僕の権限ってことで。だいぶ位に差がついたけど、僕としては対等な関係でいたいんだ。遥と賢は幼馴染みで、天使と人間って僕らからしたら明確な差があるのを全く感じさせないくらい対等な関係になってたし。これもモデルよ」

 そんな気遣いに鐘撞きが心打たれたとき、ハヤテが蹲って呻き始めた。

「うっぐ…刻印が僕の忠誠を疑い始めた…!」

「ハヤテっ…!」

「悪いがのんびりしている時間はないみたいだ。僕は仮にも忠誠心を見せて地上に降りるよ…!」

 ハヤテが去った後には静寂が訪れ、鐘撞きはサンドイッチを食んだ。

「好きな人と一緒に過ごす幸せ…か」

 正午の鐘が少しだけ遅れた。


 賢たちは昼食を終えて片付けをしていた。賢渾身のソース焼きそばは魂まで感動する美味しさで、他の誰にも作れない特別なものだった。本人はそうは思っていないようだが、天性のセンスがなせる業だとか料理の神に愛されている子とかいろいろ褒められると悪い気はしない。このまま夕飯まで作らせようとするうまい口車だとしても、それに揺られたままなのも良いと思えた。

 片付けを終えて戸棚を閉めたとき、勢いよく玄関が開いて廊下をわざとうるさく駆ける音がした直後、少年が転がり込んできた。

「お邪魔します!」

 八傑の一人・ハヤテだ。彼に戦意がないことを確かめた賢は全く警戒していないが、ソファに転がって心を遊ばせていた葵と光は構えた。

「携帯ってものを持ってない故アポなしで訪れてすまないね。ちょっとのっぴきならないことが起きたもんで」

 やはりハヤテには戦意がなく、むしろ協力を依頼してきた。菓子折も持たないで来た彼を追い返そうと数人が立ち上がったが、友好的な賢は彼を留めた。

「失礼には失礼で返すけど、お前は女じゃないよな?」

「正真正銘男だが?脱げば確かめられるか」

「脱ぐな!男なら俺の影武者として使える。そうするなら話を聞いてやるってんだ」

 賢は損得で考えたが、本当の善人である遥はそれを抜きにして聞いてやれと言った。カーペットの上で正座をしたハヤテは上位天使特有の悩みを打ち明け、下位天使に秘密を伝えた。

「…ってわけで僕は天界に帰りたくないんだ」

「じゃあその幼馴染みを連れて一緒に地球で暮らせばいいじゃん」

「まあ急くな。僕はどうやって金を稼ぐんだい。戦うことしか能がないのに」

「確かに…かと言って俺らで支援するわけにもいかんしなぁ」

「いやいや、誰でも出来る仕事がいくらでもありますよ。派遣とか行けばいいっすよ」

 仕事をいろいろと調べてから今の仕事を始めた紬と渚がハヤテにアドバイスを送った。しかし彼は乗り気でない。

「しばらく彼女には耐えてもらう。僕が一人で暮らすぶんには雨風しのげる場所があればいいんだ。この家の玄関でも、共用廊下でもいい。影武者ってのにも乗ってやろう。それより僕は強くならなきゃいけない。なにせ天界を裏切るってことは、ゆくゆくは七傑を相手にするってことだからね」

 ハヤテは八傑を抜けるつもりだ。賢は他に裏切り者はいないのかと尋ねた。

「莫大な報酬を得るまでに長い時間を費やした奴ばかりだ。僕のように恋心に背中を押されて行動する奴はいない。失われることのない名声や一族の繁栄を目指す人たちだから、報酬がすべてなんだ」

「でもハヤテみたいにたった一人のために生きるのってステキよね」

 純情を支持する声は多い。始めは使命に忠実だった遥たちも、賢と出会ってからそう思うようになったという。彼には地位も名声も必要なく、使命から離れた場所で好きな人と二人で幸せに過ごしたいという願望だけがある。それを叶えるのは天からの報酬ではない。「僕はなによりもそれを望むようになった。臆することなく僕と接した賢、お前の生き方に憧れたんだ。生まれながらに使命を持つ天使だとしても、使命より感情を優先したくなる欠陥があるってことだ」

「本物の恋なんだな」

「ああ。間違いない。僕はそのために何でもすると決めた。だが今の僕ではそれを叶えられない。だから地上最強のお前に頼むんだ」

 ハヤテは何か勘違いをしているようだが、賢はまっすぐな熱意に応えないわけにはいかないと思った。幸福のために尽くそうとする人を全力で支援をすることに一片も躊躇はない。

「前にお前は戦いたいって言ったな。それは高め合いたいってことだよな」

「その通りだ。力は僕のほうが圧倒的に上だが、お前は僕にない強さがある。僕の綻びとなる場所を埋めれば天界に勝てる」

「ハヤテ、あんたは一人で戦うみたいなことを言ってるけど、私たちも計算に入れていいのよ?」

「なに…?」

「当たり前だろう。我々全員が相手こそ違えどお前と同じ志で賢のところにいる。同志にどうして協力を惜しむ?」

 ダジャレが混じったが誰も笑わなかった。真剣な話だからだ。

「僕は孤独な戦いをせずに済むんだな」

「うん、なんか他人事に思えないや」

「賢が前に言ってたように、誰にだって自由に幸せを追求する権利がある。私たちはこっちの人が正しいと思う。話して分かる相手じゃないなら、殴ってでも分からせるよ」

 天界に異を唱える人たちは団結して反旗を立てようとしていた。ハヤテが恋人と一緒に過ごすためだけのものだが、思うより長く苦しい戦いになる予感がしている。それでも一度火の点いた心を消沈させることは誰にもできそうにない。

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