第81話 日本ふたたび
ジブラルタルでの楽しい日々は終わってみると一瞬のようで、もっとここにいたい気持ちをこれから日本で過ごす夏へと切り替えるのは簡単なことではなかった。向こうの空港で両親と別れた賢は美少女たちを連れて飛行機に乗り込み、無事に日本に戻ってきた。日本の夏はやはり暑く、空港を出るとすぐに汗が噴き出した。締め切った家は熱気が籠っていたのですぐにエアコンをつけ、ようやく旅の疲れをとるに至った。賢を待っていたのは夏休みの宿題であり、遥と一緒にリビングで潰しにかかっているが、一日ですべて終わらせるほどの勢いは今の彼らにはなかった。
宿題という見慣れぬ存在を見た女子高生くらいの年齢の4姉妹は、苦悩する2人の中に小さな楽しみを見出したようで、自分たちも学校に行ってみたいと言い出した。
「あのな、学校に行くには金が要るんだ。俺と遥のぶんは親が払ってくれてるからいいが、これ以上はたぶん無理だ」
「え~、世の中では女子中高生が人気なんでしょ?ネットで見たよ」
希が偏向した情報に流されているので正しておいたが、彼女の女子中高生に対する憧れを消すには至らなかった。遥の提案で制服を着てもらったが、余計に学校に行きたい欲を増長させてしまった。その流れに乗って薊、翠、棗も控えめながら欲を出してきたので、賢はお咎め覚悟で彼女らを学校に連れて行くことを決心した。
「えーっと、服はどうしよう」
生徒はここの生徒か他校のかにかかわらず、制服か部活のジャージでしか学校に入ってはいけない校則がある。人数分の制服かジャージを確保するのは漫画同好会の会長である賢にとっては大して難しいことではなく、多少の面倒を受け入れられるのであれば実現は可能だ。ただ、希と翠は校則に引っかかる髪色をしている。
「冬だったらジャージの下にパーカー着こんで頭隠せば校門通過は余裕なんだけどな...夏はどうしようもないかな...麦わら帽子じゃ隠しきれないし...」
2人は自分の髪色を気に入っていたが、目的のために髪を黒染めすることを決めた。濃い紫の薊の隣にもともと黒髪の棗、その隣に染めた希と翠が並ぶ。こうしてみると違和感が強いが、決して似合わないわけではなかった。
「明日集まることにしておいたからその時借りるね。そうだ、きつすぎて着脱の時に破れるといけないからざっくりとサイズ測らせて」
「私たちでやるよ。ちょっと部屋行ってて」
「いや、服の上からでいいんだけど」
「そう?じゃあ巻き尺ちょうだい」
4人のデータを持って賢は学校に行き、女子から制服を借りて戻ってきた。賢はこの任務のことだけを考えていたので漫画については疎かだった。最近賢の漫画を見ていない仲間たちは今日も彼の作品を見ることができず、不満が募った。
「わー!私たちも女子中学生だ!」
「うん、いい感じ。たぶんバレない」
「じゃあ早速登校といこうか」
賢は4人を連れて家を出た。傍から見るとモテモテの男のような賢が先頭に立ち、女子たちはガールズトークで盛り上がりながらその後をついてゆく。制服姿で仲間と話をするのも貴重な体験で、4人の高揚感は一時も鎮まることなく持続した。休み中は登下校の時間が人によってバラバラであるため教師の監視がなく、校門を抜ける緊張感が一切なかった。途中で先生とすれ違うこともなく、一行は同好会の部屋まで辿り着いた。賢にとっては要人を護送するような気分だったが、ここに来て楽になった。
「おお、来たね」
「おじゃましまーす!」
活発な翠が会員たちの様子を窺ったり奥のペンタブに近づいたりして動き回ると、おとなしめの棗が咎めてとなりにくっつかせた。
「部活ってのは中高生っぽいな!」
「大学でもあるけどね」
「制服で、ってのがいいんだよ」
仲間が気を利かせて4人のための席を用意してくれたので、薊たちは漫画同好会の活動を体験してみることにした。とはいえまったくの素人の彼女らが気のままに描く漫画は支離滅裂だったり単に絵が下手だったりと散々で、早々に飽きが来てしまった。
「学校の探検がしたい!」
そもそも一つの部屋に留まるために学校に来たのではなく、教室の椅子に座ったり部活動の様子を見ることが目的である。職員室と教室や準備室とを行き来する教師の目を掻い潜ってあらゆる場所に移動しなければならず、これ以上は賢の責任とすることができない。彼は今まで疎かにしがちだった分懸命に活動に励む必要があり、4人とは別行動となった。彼女らがいかに高い期待を持ってここに来たかを賢は知っているが、自分より年上でしかも規律を重んじる天界にいた4人が非常識で人に迷惑をかけることはないだろうと放っておいた。
賢が活動を終えて4人を探しに行くと、彼女らはグラウンドから引き上げた運動部員たちに混じって昇降口に来ていた。丁度良かったのでそのまま校門を抜け、今度は行きと違って賢も入ってのトークをしながら家に帰った。
「結局、中学生っぽいことはあんまりできなかったねー」
「やっぱり本物の中学生にならないとその気分にはなれないってことなのかね?」
「でも服の着心地はよかったわ」
「わりと満足...」
僅かでも賢と同じ気分になれたのだったら、彼の苦労も報われるだろう。




